第6話 ジ エンド

 光の速さを少し超える空間エレベーターに、教授と肩を並べ立っていた。教授は何度かこの秘匿研究所に入ったことがあるらしく誇らしげに話をしている。私は相槌を欠かさなかったが頭の中に彼の話が入る隙間は無かった。エレベーターは止まり、研究所は目の前だった。


「どうしたんだ」


 少しソワソワしていたのかもしれない。だが、教授の顔を見ると不審な行動を感じ取ったというよりは、初めて見る研究所に気圧された私の緊張を解そうと話しかけてくれたのだと思った。


「こういう本格的な施設は初めてで、色々興味があります」


「ハハ、そうかそうか。それは仕方がない。私も最初は慣れなかったよ。でもな、勝手な行動はするなよ。セキュリティーが働いてすぐに捕まってしまう。それに、こういう機密研究が行われている所での勝手な行動はB級違反扱いだ。お前なら一生更生施設でP作業だろうよ」


「は、はは」


 曖昧に愛想笑いをし、多少は顔が強張っていたかもしれない。教授もその反応に少し怪訝な顔をして、前を向いて歩き出した。


 まさか、行動を読まれているのだろうか。そんな考えが脳裏をよぎったが、単なる冗談で怖がらせたかっただけなのでだろう。あまり気にしすぎると行動に支障が出る。Brinkに全ての手順とパスワードをインプットしてきた。この4年間の辛酸を報いる時だ。組織の陰謀を絶対に暴く! つい握る手に力が入る。


 研究施設に入る前、Brinkのチェックがあった。心臓が高鳴り手に汗をかく。チェックまでの5秒がこんなに長いとは思いもしなかった。ピッと音が鳴りグリーンと表示される。安堵の声が漏れそうになるのを堪えた。Brinkの特定の情報の隠蔽は今や様々な裏の機関で制作されているが、100%ではない。発覚すると永遠に懲学義塾から出られないだろう。この隠蔽型Brinkは西方群星連の制作物でかなり信用が高かった。


 方法は二つある。ある指定された部屋にこっそりと入る。そこは一見普通の部屋だ。その部屋に隠されたコンピューターに秘匿情報が無数に保存されている、情報集積ルームへとつながっている。パスコードなどは事前に取得済みだ。の方針違反とお金はかかったが……。


 どうしても顔が強張ってしまう。普段顔を合わせる教授でなくても異変を感じるだろう。さらに鼓動が高鳴る。必死に感情を抑えるが、足がもつれそうになる。頭がぼうっとしてきて、今にも泣き出したくなる。いっそこのまま計画が露呈して楽になりたいくらいだ。でも、そんなことではダメだ。絶対に暴いてやる、蓮の死の真相を! 自分に活を入れ、気持ちを強く持つ。


 ある廊下を曲がった時、ハッとする。なんと、向かう途中にその部屋があった。どうしよう……と悩みこむ。研究発表の講義の途中でなんとか時間を作って抜け出そうと思っていたが、今ならそのまま部屋に入れそうだ。ガイドと教授だけ。周りには人がいなさそうだ。


 POPIDで自分の残像を作る。この性能もかなり高い買い物だった。うまく誤魔化せているようで、すっと列を抜けた。だが、私がいないとわかるのは時間の問題だ。すぐにセキュリティーが働くだろう。焦る気持ちを抑えつつ、目的の部屋のドアを開る。思った通りセキュリティーはなかった。一般の職員にも怪しまれないようにするためだろうが、組織とPOPIDの関係を隠すにはあまりにも甘すぎる。罠かもしれない……そんな思考がさらに冷静さを失わせる。……もう実行するしかない。


パソコンを見つけるまで少し時間がかかったが、……見つけた。まだ警報は鳴っていない。


 パソコンとBrinkを繋げる。パスコード画面に何行もの列に文字や数字が打ち込まれる。まだか、まだか……。汗が流れる。体温が下がり身震いする。眩暈がしてくる。ダメだ、意識をしっかり持て。普段、緊張や極度のストレスを感じることがは少ないが、犯罪行為ばかりは慣れない作業だ。自ら打ち込む必要がなくて良かった。もしそうなら手が震えて満足に打てず、何倍も時間がかかったことだろう。ここまで大量の文字列を打ち込む自信はない。


 ピピ、という小さな音にビクッと肩を震わす。ロックが解除されたことを知り安堵する。


 安心するまもなく、ファイルをBrinkでコントロールし、膨大な情報フォルダーを検索する。高速でスクロールするファイルのタイトル。しばらくするとスクロールがとまり、そこには「蓮」という名前のファイルがでてくる。


「あった……」


 目的のファイルがそのままの名前で出てきたのは驚きを隠せない。それほど重要だったのだろうか。間を空けずに次へと行動する。感慨に浸る時間などない。あろうはずがない。すでに終わりの時間が刻一刻と迫っているのが、背中から胸にかけての心理的圧迫が教えてくれる。吐き気を催しそうになりながらもそれを保存しながら内容を読む。


 その時、とうとう警報が鳴った! ビービーと廊下から部屋中に音が鳴り響く。心臓が跳ね上がり視界が霞んでくる。深呼吸をして冷静さを保つ。教授たちも驚いているだろう。彼らにも刑罰が及ぶのだろうか。いつも優しくしてくれた教授の顔が浮かぶ。友達のLeもあの時から一度か二度しか会っていないが、迷惑を掛けなければいいけど。あと200年くらい懲罰作業をさせられる。でも、自分のこれから待ち受ける恐怖は意外と怖くなかった。生命装置にかけられるといつまで長生きさせられるのだろうか、と考えてしまう。今はそんな想像をしている暇はない。首を横に振り雑念を振り払う。集中しなくては!


 この部屋のドアにはすぐ開けられないように簡易的な外付けドアロックを用意していた。研究資材とともに隠し持っていたのだ。侵入の際に厳重に仕掛けておいた。


 ……。

 …………。

 あった……。シークレットレベルS。「蓮」のファイルの中に他の文字と違和感のある文を見つける。


 その記載された文字を読む。


 ――SCタユの子供。


 最初の一行で背中に電気が走り脳を駆け巡る。こ、子供、ナチュラル? ど、どういうこと? SCタユといえば、その名前を知らない人がいないくらいの、宇宙組織の大幹部だった。人類への貢献度は比類がなく、宇宙全体でも彼功績値と権力は最大に近く、さらには人類に有益な方針を幾つも発している人間。そんな人がなんで、こんなところに名前があるの?!


 ガンガン! ドアがこじ開けられそうになる。急がないと。


 Brinkへのコピーは終わっているが、捕まった後に閲覧するタイミングはない。


 蓮の一連の行動について書かれている。やはりハッキングをしていたらしい。そして、組織とPOPIDのあるやり取りのデータを大量に保管し、それを蓮自身の信用と能力を使い全世界に発信しようとしていた。


――POPIDと組織の最上位幹部は脳波の入れ替えをしており、POPIDが組織を直接動かしているという情報は最大のシークレットである。


 Mは手だけでなく体も震えてくる。


――ノールチタン消滅に際して宇宙人口群の食糧危機について、今の最低15倍の食糧生産効率が必要。


「なんてことなの!」


 思わず大きな声を出してしまう。

 だから、バイオ食糧関連がここまで急ピッチで研究されているのか。納得したと同時に、ノールチタンの消滅という言葉を見て意識が遠のく感覚、必死に頭を押さえ整理する。そこは宇宙最大の食糧基地で年間に200兆人以上の食糧の生産を行っている。まさに、何百兆人の生死に関わる問題が隠蔽されていた。


「蓮はこの事を宇宙に発信しようとしていたということなの?」


 ファイルにはまだ続きが記されていた。

 

――拘束してもその情報は蓮の記憶に残る。危険指数が最大値から下がることは難しく、能力から見て消去すべきと判定。2993年4月16日に実行に移す。


 その時、ドアが破られ、どっと人やセキュリティロボが入り込んでくる。何も抵抗できずに体を押さえつけられた。後ろで教授が悲しそうに見ている。何人ものセキュリティー班に囲まれて、Brinkも直ぐに没収された。でも、この頭に残った情報だけは没収できなかった。


 空間パソコンの画面はいつの間にか真っ黒に消えており、パソコン自体も消失していく。この情報を見た人はいるだろうか。誰かがこの情報を見て真相を探ることを期待したが、周りのセキュリティー班を見ても動揺しているような人はいない。下を向き、連行されるままに歩く。ここまで大きな情報を手に入れた。Brinkの保存データもすぐに発覚し、私の罪はただの重要施設での身勝手な行動から、機密情報を盗む大きな罪へと変わるだろう。でも、このBrinkの保存データを見て何かを感じる人がいるのではないか。だから裁判では戦おう。より罪が大きくなるかもしれないが、そう決意しながら前を向いて連行されていく。


 ……だが、裁判をされることはなく、B級違反者として更生施設に入れられた。全く想像していなかったことではないが、そのデータが多くの人の目に留まる期待は消えた。情報が残されたのは私の頭の中だけだった。


 永久作業者として個室に幽閉され、永遠の作業がここに待っていた。だが真相を知った。そこには悲観の顔はない。チャンスを待ち続け、報復を決意した強い女性がここにいる。


 


 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紀元2993年 スノスプ @createrT

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る