第5話 準備
事件の日以来、彼女は目立たぬよう真相を調べ続けていた。GPI(生命遺伝子指数Genotypic Potential Index)が1000を超える彼女だからこそ、組織に怪しまれずに出来たことかもしれない。組織とPOPID(宇宙のハイテク機器全てを支配するマザーコンピューター)の関係性を疑っている痕跡を僅かでも残してしまうと、永遠に目標は達成できない。組織に疑問を持つだけで素行指数ランクの大幅な下落を生む世界だ。
素行指数ランクは、組織が支配する世界構造の発展に貢献することで上がる。心を改めたように見せ、組織に貢献することを誓い、周りには真面目にコツコツと研究を続けているように見せてきた。脳内チップにより日々の生活状況や思想すらも逸脱した面があると赤裸々に報告されてしまう。Mはそれを欺き続けて、バイオ食糧の研究に相当な成果を出しながら、蓮の死の真相を追っていた。今では第二種研究所の助手の筆頭となっていた。
ランク50を超えるとデータマップから調べられる要件や、課外での活動がかなり自由になる。Mが50を超えたのは数か月前で、その間にバイオ食糧の研究と称して様々な機関を調べることができた。そして、ある論文を見つけた。それは蓮という名の制作者によるものだった。
蓮はバイオ食糧関連で優秀な人物であった。今のMと同じ年齢で素行指数ランク100の”バケモノ”だったということは知っていた。Mはその論文に目を通し、偶然にも今している研究が彼の研究から多くを引き継いでいることに気づいた。いや……偶然などでは無い。まるで未来を予想するかのように3年後の今を言い当てていたのである。いや、言い当てるという言葉ですらない、ある事実を知って未来の最善を理解していたのだ。それなら、まさか……POPIDと組織が食糧危機の偽装を計っているとでもいうのだろうか……。
「Mさん、まだですか?」
声に驚いて時計を見ると、すでに時間が過ぎていた。特定の事に興味を示すとPOPIDに記録されるため、慎重に行動しなければならない。Mは論文をサッと見終え、電源を落とした。しかし、論文の文章にはまだなにか大きな闇が隠されているような違和感を感じた。
その後数日間、蓮の論文について一言一句思い出して、考え続けた。結局その違和感の原因を掴むことは出来なかった。
だが数ヶ月も経つと、論文に書かれていたことは食糧危機の隠蔽に、やはり辿り着くことが明白となる。
なぜ蓮はその事件に気がついたのか、それを知りたい。もしそれが現実なら、その内容の恐ろしさに戦慄さえ覚える。確認したい。蓮がどう考えてその答えに至ったのかを解明したい。
それからさらに半年かけて論文を紐解いていく。ようやく違和感の謎が究明できた。論文の一部が抜けている痕跡を見つけたのだ。その失ったデータを得ることが出来れば、組織がPOPIDに直接関与した証拠をつかむことができる。そして蓮の死の真相も理解することとなるだろう。どんな苦難があろうとも最後まで諦めず、チャンスを虎視眈々と狙う。
そのチャンスは案外早く、そして急に訪れた。データを盗むための違法なBrinkを購入できた翌日だった。まだ操作には慣れていなかったが、悠長なことは言っていられない。研究施設への立ち入りが許可され、さらに、教授と共にという条件付きではあるが宇宙食糧計画機構の本部での研究が認められたのだ。そこには闇に葬られた論文の断片が必ずある。そこまで調べはついている。Mは震える身体を抑え、本部へ向かう準備を念入りに行うのであった。真相を知り組織に逆襲するために……。
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