第4話 蓮の死の疑惑

 その部屋はやや乱雑で、一人暮らしには冗多な家具や用品が部屋の隅や壁際を埋めていた。そこから玄関までの短い距離に洗面室はあった。

 私は顔を洗い簡素な洗面台に備え付けの鏡を見る。滴る水が白いスリップの首元を濡らす。キリッとした口角は内なる覚悟を物語っていた。タオルで顔を拭き、髪を整える。耳元が現れた時、微かに光る金属が見えた。総合演算装置Brinkだ。

 外見は一般的な装置だが、軍事用にも劣らないほどの高性能のものだった。

 あれからLeとは連絡を取っていない。彼女もショックと恐怖に襲われているのは知っていた。だからわざわざ会いに行きどう声をかけたらいいか分からなかった。いや、私の方がそのショックから抜けられていないのだろう。心の傷は塞ぐどころか熟れたりんごがヒビを広げるように大きくなっていく。


 そして、4年が経ち私は大学院生になった。

 蓮の死、その事件が組織や方針への関心を一層奮い立たせた。

 組織の解明、蓮の死の真相。そして復讐。内に抑えてきた燃え盛るような怒りの感情は日々蓄積されて、いつしか心全てを覆う。その力は怠惰や無気力を消し去り、常に焦燥を感じ復仇の刃を研ぎ続け、いずれ来るであろう決行の日を待ち続けた。


 ――――――


 蓮のマンションに尋ねる機会を得たのは、事件の数日後だった。さすが素行指数100だけあり、その部屋は全面黒ガラス張りの4000階級マンション上層フロアにあった。実業家、投資家や著名人が住う裕福な区画、そんな場所の中心部に建てられている。

 私はあのS1の仲間に連れられてここにいる、この部屋の確認をさせてくれたら事件の事は全て忘れるという条件付きだった。S1自身も私たちに対して憐憫な感情を持っているようで、かなり無理な頼みを渋々了承してくれた。


 とても質素な内装と家具、不必要な用品はその都度全て排除しているのだろうか。蓮らしい……つい思い出し感傷に浸る。

 いくつかの部屋を周る。もちろんここにきた理由はノスタルジーにふけるためではない。なぜ死ななければならない理由があったのか、組織は彼の何に怖れていたのかを知るためだ。しかし、簡単に痕跡を残すはずがない。荒らされた形跡もなければ不審なところもなかった。だが……違和感があった。


 組織にとってクラブが核心に迫っていた? 殺された理由は何? なぜ蓮なの……。払拭しきれない違和感を探るため、細部に渡り部屋を覗く。蓮はその微かな痕跡を見つけて欲しいと思っているはず。証拠を……組織に消された形跡。導き出された解答、蓮は何かに気づいた? 一般人が触れてはいけない組織の禁忌に辿り着いたというのか。


 いつのまにか握りしめていた拳を緩める。蓮の悔恨を私が晴らす。不条理な死に、安らぎと闇に沈んだ顕彰を掬い上げ、それを手向けるために……

 

 Mは家に帰るとシャワーも浴びず、空色のボレロを床にするりと落としてそのままベットに倒れ込んだ、そして仰向けになり天井を見る。

 あの部屋は……そう、あの部屋にはコンピュータの痕跡がなかったのだ。荒らされる形跡もなく綺麗なまま、痕跡だけがなくなっていた。

 

 おそらく、組織の狙いは探偵クラブをやめさせることではなく、組織に絡んでこようとした私たちへの警告でもない。クラブとは一切の関係が無い、蓮の死。組織の目的はそのたった一つだ。

 

 私が組織とPOPIDの関係を調べたいとは何度も話していた。それを蓮が1人調べていたのだろう。そして、その調査はとうとう深淵にまで達し、表面全体をなぞり裏まで見透した……。

 なぜ私に打ち明けてくれなかったのだろうか。私が本当に知りたいことを蓮は知っていた。蓮の死を知った時、体中のすべての力が抜け脳が空っぽになった。その感覚にまたさいなまれる。もうこんな世界は嫌だ、……自然と涙が流れる。理不尽に闇から現れそして消えていく……。その暗躍する何か、その真相。私に伝えてくれなかったのはただ私の身を案じてくれていたのだろうか、それとも、私に知らせる必要などないということか。無力感。脱力、無気力。


 ……Mはその後、3日間ベッドからほとんど起きることが出来なかった。胸を触り太ももを撫でる、艶めかしい姿のまま蓮の事をただ、考えていた。

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