第3話 探偵依頼

 まず最初の依頼は非常に簡単な事件だった。


 設立したばかりの探偵クラブに依頼をしたのは、Leの知人のサキという子だった。いつもの喫茶店で話を聞いたが、サキはまず蓮を見て驚き、慣れるまで少しの時間がかかった。


 サキの知り合いが最近悩んでいるみたいだと言う。


「それは、どう解決するといいのかな?」と私は尋ねた。

「話を聞いてみたら?」とサキが答えた。

「それがなかなか話をしてくれないの。それに、合う時間もほとんど作ってくれないし」

「忙しそうってこと?」

「ううん、悩んでぼうっとしている時間が多いね」

「まず悩みを探すところからね」

「OK分かった、ちょっとこう言ったら悪いかもしれないけど趣味のような依頼なのでお金はいいわ」

「そんなことできない、これを受け取って」と言って、サキは3万Lの代理通貨を渡してきた。

「なにもしてないのに受け取れないわよ」

「いいの、いいの。それに解決は間違い無いんでしょ?」

「ま、まあ解決できるように努力はするけど」と私は言ったところで、Leが間に入った。

「もらっておきましょう。真剣に悩んでいるみたいだし。それにお金をもらった方が、責任感を持つことにより解決しやすくなると思うの」

「そう、分かった」と渋々了承した私を見守る蓮。


 時計を見ると、「そろそろ午後の授業なので、終わったらメンバーはホールで集合ね。蓮は何度も課内に入ってこられないでしょう」

「それは助かる」


「でもどうするの?蓮はサキと話ができないよ」

「ま、相談役として今回はいてもらいましょう」

「実際に話ができないのは残念だよ」

「一応、音声だけは飛ばしておいて」

「分かった」


 授業が終わると、一定の気温と程よい天気、乾いた空気の匂いが鼻にツンとつく。私はホールへとゆっくりとした足取りで向かう。


 でも、こんな依頼をしていて組織へと繋げられるかな。早く組織や方針に接触したい気持ちを抑える。でも、仕方がないよね……それが夢なんだから。


 そうこうして、悩みを解決するために、2週間ほど時間が流れた。いきなり話を聞くのは良くないと思い、サキの友人を無許可で尾行した。……多少の罪悪感はあったけどね。


 私とLeで慣れない尾行だったが、途中顔を合わせて吹き出しそうになった。平和な依頼と、したことのない尾行の慣れない動き……、ふと顔が見合った時におかしさが生まれた。

「笑ったらダメよ」

「もちろん」と、くすくすと声をころして笑う2人。


 ターゲットの女性は53歳、大学生だが年齢の割に小柄で幼く見えた。学年で言うと5つ上なのだがそのような感じはしない。それにそこまで悩んでいるような感じはしなかった。名前はシュUという、人並みの友好範囲で別段不安定なことはない。


 3日間ほど尾行した時に気がついたのだが、彼女には悩みなどないということだった。実家が大きいということくらいか。


 お金をもらったのだからこの意味のない行動に文句も言えないが、それが結論だった。


 サキと話をして、悩みがないと伝えた。サキも早とちりだったと認め、なんとも曖昧な初めての探偵ごっこはこれで終わった。


 しかし、その後3日ほどしてからサキから連絡があった。私は妙な胸騒ぎがした。再び連絡が来るとしてもその理由が思いつかないからだ。そして、こんなタイミングで連絡してくるなんて、悪い予感がする。その予感になぞるように、サキから衝撃的な言葉を聞いた。


「シュUがいなくなってしまったの」と彼女は嗚咽混じりだった。


 そんなこと私に相談されても荷が重すぎる。いくら探偵ということで彼女の身辺を調査したからと言って、クラブ活動の域を超えている。


「ねえ、課内警備には連絡したの?警備団体とか」

「うん、でも……深く調査するには莫大な費用がかかるって脅されたの」


 この世界は犯罪がほとんどない。あるのは自らの過ちによって科せられる事故がほとんどだ。だから、犯罪に巻き込まれた時点で本人の過失がまず問われてしまう。なので、警備団体も特別に保険などを設定していない場合はかなり冷たい。その代わり私立探偵や個人での捜査がある程度許されている。


「そう、分かったわ。みんなに相談してみる。彼女の実家に行ってもいい?」

「ええ、もちろん。私も一緒について行くわ」


 Leに失踪の事件を告げると、彼女は自分の過失だと涙声になった。

「私のせいで、私がもっと彼女のことを考えて行動すればこんなことにはならなかった」

「そんなことはないよ。もし、Leの責任だとしたら私はもっと責任を負わなければならない。不幸なことだけどそんなに追い詰めたらダメ」

 空間連絡で蓮とも繋がっていた。

「ここでこんな話をしていても始まらない。現場にまず行ってみよう。実家に行くという許可は得てる?」

「うん、サキが立ち会ってくれるって」

「分かった。そうと決まったらゆっくりなんてしてられないな」


 日取りを決めて蓮も含めて4人でその家に向かう。実家といっても親はいない。なぜ実家と呼ぶのかは分からないが、なんとなく親に当たる人からの贈答だと推測された。


 実家に着くとその中は、やけに殺風景だった。リビングやキッチンは使用感がなく特に気になる点はなかった。蓮が壁にかけている絵をじっと見ている。


「どうかしたの?」

「いや、……なんでもない」

「そう、ここには何もなさそうね」


 他の部屋は空室で物の怪の空だ。


「生活感がないわね……」

 と私が思ったまま話すと、蓮が不思議そうな顔をする。

「そうかな、こんなもんじゃないのかな。それなら、Mの部屋はどんな風なの?」

「ちょっ!! ……今はそんな話やめてよ!」

 顔を赤くする私を面白がって蓮は意地悪そうに続ける。

「違いを知るのもヒントになるかもしれない。君の部屋の内部を空間映像に描いてくれるかい?」

「何バカなこと言ってんのよ!」

 2人の会話を聞いていたLeは少し緊張がほぐれた。あまりにも切り詰めた空気では頭がよく回らないからである。少し場の空気が読めていないように見えてもこれは正解だと思った。やや不謹慎でも緊張をほぐし頭の回転を速めた方が結果は良いはずだ。


「ここがシュUの部屋ね」

ドアが開く。

 中は生活感は少ないが最小限の家具が置いてあった。ベットと学習机。ベットはカプセルではなくクラシックタイプ。学習机もオーソドックスだった。

「やっぱりここも極めてシンプルな部屋ね」


「シンプルかな……。生活するにはこのくらいで大丈夫だよ。むしろもっと物が置いてあると邪魔なだけだと思うよ」

「うんうん」とLeも頷いたので、私は私の部屋は汚いわけじゃないと少し興奮気味に言い訳を言って失笑をかう。


 痕跡を探るために申請を出して空間録画を回す。プライバシーの観点で人物は映らないが犯罪性やその他の事柄のために空間に微量の記憶媒体がある。それは脳から直接操作できるBrinkによって映し出される。自分の許可さえあれば自分自身の過去の映像も第三者から映し出されることもある。プライバシーの観点でかなり歪だが、それを気にするものはいないし、それを悪用するのは難しい。空間録画を回した時点で全ての情報が地域の中央電算室にまわるからである。犯罪性のあるものだったら、調べた本人はすぐに素行指数が下げられて行動に制限が用いられてしまう。要するに犯罪を犯しそうな人間にはそのようなことはすぐできなくなるということだ。


 空間録画を見ているうちにLeが少し声を上擦って言った。

「これ! 見て」


 机の上に日記とメモと写真の記憶の断片を見つけた。時空座標を聞き全員がそれを見る。


 4人はそれを見下ろし、顔を見合わせる。

「見て良いよね?」

 と私が聞き、サキは当然のように「もちろん」と答えた。


 人の日記を見るなんて初めてだ。だが、失踪の原因を突き止められるのであれば、そんな事は言っていられなかった。ある意味、人の脳を覗くことに少しの躊躇を持ちながらもその日記を読んだ。


 それにはこう書かれていた。


――――――――――


7月5日


天気: 晴れ

温度: 30°C

「影の男が再び現れた。彼の目は何もかも見透かしているようで恐ろしい。誰かに話すべきだろうか?」


7月8日


天気: 曇り

温度: 28°C

「彼の影がどこにでもついてくる。今日は図書館に行ったけれど、彼の視線を感じた。なぜ彼は私を追いかけるのか?」


7月12日


天気: 雨

温度: 25°C

「駅前のカフェで待ち伏せされている気がする。13:45にいつも現れる彼の影。彼の目的がわからない。」


7月14日


天気: 曇りのち晴れ

温度: 29°C

「Lからの贈り物が届いた。これが何を意味するのか、私には理解できない。でも、彼が関係しているに違いない。」


7月18日


天気: 晴れ

温度: 31°C

「過去の友人の写真が見つかった。彼の存在は私の過去の暗い記憶を呼び覚ます。なぜ今になって現れるのか?」


7月21日


天気: 雨

温度: 24°C

「影の男が私の周りをうろついている。彼は私の秘密を知っているのだろうか? 心が落ち着かない。」


7月24日


天気: 晴れ

温度: 32°C

「暗号化されたメッセージがパソコンに送られてきた。解読できないが、彼が背後にいると確信している。」


7月27日


天気: 曇り

温度: 27°C

「影の男との対決が避けられないと感じる。彼の存在が日に日に強まっている。何か大きなことが起ころうとしている。」


7月28日


天気: 晴れ

温度: 33°C

「彼の目的が徐々に明らかになりつつある。過去の事件に関する何か。私はその事件の秘密を守り通すことができるのか?」


8月2日


天気: 曇り時々雨

温度: 26°C

「影の男が最後通告をしてきた。私のすべてを知っていると彼は言う。決断の時が来た。」


――――――――


 その日記を見て全員が愕然とする。

「な……何これ……」

「まずいわね……かなり気持ちの悪い内容の日記ね」

「影の男? Lという人物、駅前のカフェってトアンクルのことかな……。それと気になるのは、シュUは何かを隠しているということね」

「そうね。それにこの日記っておかしいところが多いと思う」


 それは読んでみて違和感を感じたのはみんなの思うところだろう。その真意が分からずによく分からない寒気がどこからか這い出てくる感覚に襲われた。


「Lって誰か知ってる?」

「いや、初めて聞く名前ですね。多分呼び名であって名前じゃないと思う」

「そう……?」


 サキの曖昧な答えに妙な間ができる。


「まず、サキに確認したい事はシュUは何かの事件に巻き込まれたことがある。または……」

「何かの事件に関わってるってことね」

「そう。過去の暗い記憶、私の秘密。そして何者かから送ってきたファイルを解読しようとしている。その他にもシュUが何かを隠している事実が如実に表れているわ。私たちが調べてもいいけど……もしかするとサキの気分が悪くなる事実が分かるかもしれない。それは覚悟してね」

「は、はい。わかりました」

  サキはうつむきながらそう言った。


「このメモって失踪した日?」

「そうです」


 メモには『シュUの失踪日』と『トアンクル13時45分』と書かれていた。


 写真には友人か影の男、またはLの姿だろうか。シュUと4名の男が血相を変えて慌てている様子が映し出されている。


 蓮が落ち着いて指示を出す。

「君たちはそのカフェに行って空間録画を見てきてくれないか? 俺はパソコンの場所と送られてきたファイルを特定する。そしてその暗号を解いてみる」


「分かったわ」と私は蓮の冷静で的を得た判断とその横顔に少し赤面した。


「明日、またいつもの場所で報告しよう」


 

 ………………


 次の日……。


 いつものカフェでコーヒーを頼む。蓮が話し始める。

「まず、分かったことから整理していこう。シュUは影の男に何度か言及していた。日記から見ると彼やまたは他数人から、彼女が大きなプレッシャーと恐怖を感じていた」


 私も続ける。

「カフェで分かったことがある。店員さんに聞いたところ、シュUはかなりの頻度でそのカフェを利用していたみたい。そして空間録画で影の男と見られる人がシュUを監視していたことが分かったわ」


 Leはそれに捕捉する。

「シュUは不自然に周りを気にしていたけど、なぜか影の男には気がつかなかったみたいね」


 3人は顔を見合わせる。そして悩み込む。


 蓮が沈黙を破るように重い口を開く。私とLeもその言葉を待っていた。


「ファイルのことだけど……解読できた」

「うん……」

その内容はある程度予想できていた。

「まずは影の男がシュUを脅す内容だった。そしてもう1つは……」


 そのあとも聞かなければならない。だが、言葉を挟んででもそれ以上話を聞きたくない衝動に駆られる。


「……彼女自身、かなり大きな詐欺事件に関わっていたみたいだ」

「そう……やっぱり」とLeは声を漏らす。

「だからか……」

 私の言葉に引っ掛かり蓮が問う。

「だからとは?」

「実家と呼ばれているふさわしくないほど大きな家とあの絵。蓮は気がついていたよね。あの絵はミラハ・ド996ネルの描いたホンモノ……なぜそんな高級な絵画が飾られているのか怪しかったから」

「……そうだね」

 蓮も、シュUの家のリビングに無相応な絵が飾られていたことに最初から違和感を持っていた。


 それから数日かけて、シュUの友人が影の男であることがわかる。その詐欺事件の主犯がその男ということも分かった。

 それらの、シュUに関する全てをまとめて警備団体に通報すると、彼らは協力的に捜査をしてくれることとなった。

 後日談だがシュUも含めて詐欺集団14名は衛星外に高跳びをしたらしい。脅迫のようなファイルは実はその計画の一部で、高跳びを拒否したシュUは脅されていた。そして最後はやむを得なく行動を共にしたらしい。彼女らは広い宇宙の闇に消えてしまい、いまだに居場所は特定されていないらしい。


 悲しむサキをなだめて、3万Lであまりに大きな仕事を引き受けてしまったことに今更ながら後悔する私たちだった。


 ……それから半年ほど幾つかの依頼を受け、空振りで終わることも多かったが、着々と成果を上げていった。


 そして、とうとう大きな依頼が舞い込んだのである。そこそこ知名度の上がった探偵クラブだったが直接研究都市の組織が絡んでくるとは思わなかった。

 依頼主は組織に勤める、S1である。


 相談場所も通常では私達は入ることすらできない課外、それもα広場である。私とLeは「あり得ない」と言う言葉を繰り返した。


 多くの人がそこにいた。中央よりやや奥にあるホールの会議室に入った。S1とその補佐のような人がそこにいた。私は今までの相談のようなラフな感じではなく気を引き締めて臨んだ。


 S1と私達3名の会話が終わり、ホールから出た後も引き締めていた気持ちは戻らなかった。蓮がいう。

「今回は引こう、俺たちの出るレベルではない」

「そ、そんなこと言っても」

 すでにお金は振り込まれているという。300万Lという代理通貨、驚いたが否定もできず話を流された形となってしまった。

 なぜこんな大きな仕事を組織から任せられるのかという疑問を話す。今までの功績が認められたか、それとも他に任せられるグループがいないのか。


 それも組織の闇の部分の依頼。だが、依頼自体は私達でも解決できる、意外と簡単な仕事だ。その上準備や段取りも全てS1が済ませているとのこと、私たちはただそれに従って行動すればいい。


「……やるわ」と意思を固くして呟いた。私の夢にはこの道が必要だ。しかし、その言葉を言い切ったあと、ひどく胸騒ぎがする……気を引き締めすぎたのか呼吸が乱れている。この道は夢の途中なんだと何度も自分に言いつけていた。



 ……それから30時間後、蓮は殺された。


 探偵クラブは解散となる。


 理不尽な死に怒りが込み上げてくる私だったが、怒りの矛先が定まらない。

 妨害をし続けていたグループから警告と伝えられた。そのグループを締め上げてやりたいところだったが、そんな力はないし、そもそもそのグループもただ 組織からの依頼を受けていただけのようだ。

 同じ内容を2グループに依頼をしてぶつかり合わせただけの単純な妨害。だが効果は絶大であった。


 死まで考えていなかったS1だったが、顔を伏せながら「悪かった」と謝った。それがさらに怒りを焚付けたが、どう叫んでも、罵っても心のもやが晴れることはなかった。


 絶望感に打ちしがれる私、恐怖するLe。

 組織の思うがままではあるが、この探偵ごっこを続ける余力も、気力もなかった。

 組織がなぜ私達クラブを邪魔と認識したのか……考える気にもならなかった。

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