7話 私が大大大嫌いな怪物

 私は死にたい。けど出来なかった。


 勇気がない。覚悟がない。想像するだけ脳がそこから先を阻む程に、私のへの欲求は人並みにあった。


 なんとも笑えない。他人を騙す、動かす事に何の躊躇いも不安もないのに、いざ自分が受ける痛みからは全力で逃げ出す臆病さ。


 自己嫌悪を歌いながらも自分可愛さを捨てられない、正真正銘クズそのものだ。


 いっそ受け入れて自分しか愛せない最悪の人間に堕ちるのも一つの解決策だと思った。嫌いな自分を擁護して、愛でて、撫でて、そして他者を批難する。


 ……ああ、でも、出来ない。脳裏にチラつくものが、転生した今でも堕ちる私を認めない。…いや、ただの言い訳だ。


 私は、そうある人間というだけのシンプルな話だ。誰のせいでも、生まれや環境がそうしたんじゃない。私は生まれて、皆んなと同じ道を色んな人達に支えられて生きて、それで、それで……えーっ、とぉ…








 うん、やめやめ。真面目なフリやめだ。


 ごほんっ。じゃあ最初から仕切り直そう。









 こんにちは!

 または

 こんばんは!


 どうも火事場泥棒クズです!


 職場ファイヤーっ!したのでちょっとシリアスな雰囲気に乗ろうとしたけど、やめた。二番煎じになってしまう。


 そもそもあんなゴミ施設とっとと潰れるべきだったんだよ。これぞ天罰ってね。


 神はずっと貴方を見守っている。そう近所の宗教おばさんが言ってたもん。つまり、私を24時間ぶっ続けで肉体労働させたブラック会社は滅んで当然だったということ!


 ゼハハハハ!ざまぁ見ろ!


 スッキリしたー!忌々しい思い出しかないけど最後は呆気ないものだ。ドッカーンだもん!もう少しこう、欲しかったね。10点中これじゃ6点しかあげられないなぁ。やっぱり審査員は適切な距離に居ないとダメということだね。あ、なら私が悪いか。


 ああ、出来れば私もの私と一緒が良かったなぁ。慣れない量の体は気持ちが落ち着かないのと、肉の体を得た感覚を共有したせいか恋しくなって来た。


 それに…。


「(愛とか何馬鹿なこと言ってたんだろ、私は。ハイにでもなったかな?)」


 まあ、あっちはあっちの私が上手くやるだろう。それよりも、こっちはこっちで私の目的を果たさなければならない。





「—————————————————————————————————————————————————————————————————!!!!!!!!」


 声にならない。いや声ですらない。それはもう魂の叫びと形容すべき震え。


 生あるもの全てが命の保持を諦め、首を垂れた。まさにこの世の支配者は、長き拘束を振り解き、かつて振るった8つの触腕を再び大地に叩きつけた。


 止まった心臓を再生し、抉られた腹を修復する。それが終われば枯れるほど叫んだ再会を果たす為、怪物はその途中にある全てを食いながら進み続けただろう。


 だがそれは、怪物を解き放った者により叶わない。


「—————————————————————————————————————————————————————————————————!!!!!!!!」


 それは待ち焦がれた瞬間への感嘆か、残された子の泣く叫び声か。どちらにしろ怪物は知らなかった。知るわけがない。


 そこに居る怪物は1人ではなかった。



「—————————————————————————————————————————————————————————————————!!!!!!!」


 腹が再生した途端、1本の触腕が力無く倒れた。しかし、主人は気付いていない。


「—————————————————————————————————————————————————————————————————!!!!!!」


 続いて2本目も主人の昂り反し地響きを立てて停止する。


「—————————————————————————————————————————————————————————————————!!!!」


 そして心臓が完治したことを怪物が知った時には計4本が主人の足下に倒れ伏していた。だが、支配者は関係無いと言わんばかりに巨大を揺らし行進を開始した。


「—————————————————————————————————————————————————————————————————!!!!」


 怪物には足が無い。その代わり海洋に住まう巨大魚の尾を模した長い胴体——形成するのは生物の体を継ぎ接ぎに結んだ肉の塊——が蛇のように森の木を潰しながら這って移動する。


 生物の枠を超えた巨体は常に脈動し、繋ぎ目からは赤黒い液体や、まるで助けを求める様な動きを見せる人の腕など、様々な物が外部に漏れ出ている。


 いつもなら巨体の重量を支える為に触腕が機能する筈が、今は半数が動かず引きずっている状態が続き行進はとても鈍かった。


 怪物に効率を考える知性も己が置かれた現状を確認する知性も理性もないが、それでも違和感はあった。


 が居る。


 何処に?そんな思考が一瞬横切るが5感はそれを見つけられない。居ないのなら気にする必要がない。そう考えた時だった。


 大地が大きく揺れた。怪物が突然横倒しになったのだ。


「———————!!?」


 怪物の抱いた困惑は大きい。体が起き上がらず、目の前の光景が全て横になって見えた。


 そして怪物は生まれて初めて、その恐怖を知る。


「————ア゛アアアアアアアアアアアアア!!!、ア゛アアア!!!!!?」


 森に、いやこの世界中に届く程の揺れが怪物を中心に発生した。


「———!?!!ア!!!、!?!!!?!ア゛!!!!!?」


 誰も自分の周り居ないことを感覚が告げるが怪物はそれを信じられないと体を縮こませ、逃げようともがく。


 だがそうはさせないと、胴体の繋ぎ目を太い何かが侵入し押し広げた。


「ッッッァ!!!?ギア゛アアア!!!?!!イ゛イイッッギガガアア!!!!?」


 怪物が、体に入ったそれを見ても周りには居ない。


 消えた?見えない?様々な答えが恐怖より活性化した脳により導かれるが納得のいくもの、その恐怖心を和らげてくれるものは何も出なかった。


 更に追い討ちをかけるように、怪物の荒くなった呼吸が鳴りを治める。止めたのではなく、止められた結果であった。


「ア゛————ア——!!?」


 体の何処も破損していない。もししていたとしても肉体は恐ろしい速度で治ってしまうので怪物が考える必要はない。


 だけれど実際、怪物の首——長い胴体と触腕の生やした灰色の凹凸の無いタコの様な頭部の結合部——はとてつもない怪力で締め上げられていた。


 そう、それは他ならぬ怪物の自慢の触腕による物だった。


「———タ、———ゥ—ケ——!」


 誰でもない。勇者が怪物を追い詰めた訳でも、神が罰を与えた訳でもない。


 他の誰でもない。怪物自身怪物を追い詰めている。


 もし例え人並みの知性があったとしても、この事態を直ぐに理解する事は難しかっただろう。



———化け物には化け物をぶつけんだよ。


 つまりは、そういう事であった。


 怪物といえど生物で、酸素が無ければ脳はその活動を停止せざるを得ない。


 だが怪物——いや彼女は生物を超越した怪物として、最後まで抵抗を続ける。


 首は脳から胴体への信号を送るのに必要だが酸素の受け渡しは頭部だけでも辛うじて完結していた。よって僅かな時間ではあるが残された時間を使い、最後の悪足掻きをする。


「———!!!?」


 彼女ではない。それは主人の制御を離れ肉体を必要以上に痛めつけた触腕達の驚愕の声であった。


 残った自身の触腕を全て使い、頭部を攻撃する。狙いは大脳の破壊。胴体の脳は既に奪われているが、自分の意識がまだ存在しているのならこの行動には意味がある。


 首を締めているものを除いた他の触腕が邪魔をするが数は此方が多い。


 硬い皮膚が血塗れの肉を曝け出して尚も彼女は攻撃を止めない。


 …もうこれ以上は自分が死んでしまう。もう母親には会えない。それはとても悲しくて、辛くて、寂しい。けど、それでもこれだけは譲れない。


「マ、マ、…ヲ消ス奴ハ、絶対許、サナイッッ!!!!!!!!」


 薄れて消えかけているあの顔を見たいという願いが叶わなくても、忘れることだけは死んでも阻止する。


 それが彼女怪物の、最後の悪足掻き。



——————————————やめろッ!



 遠くから聞こえる、震えた怒りの声。


 ちっぽけで矮小なそれは直ぐにでも潰せそうなのに、怪物である彼女をここまで追い詰めた。


 だから彼女は最後の言葉にありったけの気持ちを込めた。




「——ザマァ見ロ」



 怪物は大脳を触腕で貫き、絶命した。

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