第60話 ティタノマキア

 

「ドラゴンの軍勢だと……?」


 オルグレンの反応は当然だった。

 何故今ドラゴンがオリンポスを攻めるのか、その理由が分からない。

 通常時でさえオリンポスを襲う魔物やドラゴンはまずいなかった。


 オリンポスの戦力は、仮に高ランクの冒険者がおらずとも大軍勢を相手取って不足はない。

 ましてや今現在、各国の精鋭達が集まり、SSSランクの冒険者までもが集結している。

 更に言えば、今日はまだオリンポス会談の前日であり、何故このタイミングで攻める必要があるのか誰にも理解出来なかった。

 ただ1人、バーンを除いて。


「種類と数は?」


「す、全て翼爪竜種ワイバーンです! 少なくとも100……」


「100か……分かった俺が行こう。みんなは他を警戒してくれ。陽動の可能性もあるし」


「陽動って……なんのだよ?」


「そりゃティタノマキアだろうよ」


「え? なんでドラゴンとティタノマキアが……?」


「勘だ。無関係ではない気がする」


 バーンの勘はよく当たる。

 彼は勘だと言うが、実際はそれだけではない。

 現状を理解し、起きた事象が何を表すのかを推察する。彼はその発想力により、幾多の窮地や、相手の思惑をことごとく潰して来た。

 例えそれが、神と呼ばれた力を持つ相手であっても。

 故に"神殺し"。

 それは、ここにいる全員が知っていた。


「俺も行きましょうか? バーンさん」


 ロイがやはり笑顔でそう言った。

 バーンはそれに笑顔で返す。


「いや、1人でいい。じゃあな」


 そうしてバーンは部屋から消えた。



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 オリンポス城の頂上に彼は立っていた。

 そこから少し遠く、空を羽ばたく翼爪竜種ワイバーンの群れが彼の目に映る。


「低ランクばかり……しかも真っ昼間……会談は明日……近付かせない方が賢明かな。毒か爆薬ってとこかねぇ……」


 バーンの思考は相手の2手3手先を読む。

 既になんとなくではあるが、ドラゴン達が何故来たのか彼は察していた。

 眼下に広がる町の外では、既に各国の軍隊が連携を取り、ドラゴンの襲撃に備えている。


「うーん……オリンポス王ならそうなる可能性は高いよな……」


 彼はそう呟くと、再び時空を超えた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 100匹以上のワイバーンが森の上を飛んでいく。

 その光景はまさに異様。

 2匹同時に現れることすら珍しく、縄張り意識の強い彼らが群れをなすなど、それこそ大戦時以来のことだった。

 そんな光景を見れば誰もが逃げ出すだろう。

 ましてや、1人で挑むなど正気の沙汰ではない。


 先頭を行く赤いワイバーンが、群れを率いてオリンポスへと進撃していた。

 その時、彼の後方で突如他のワイバーン達が騒ぎ出すと同時に、自身の背中に妙な感触があることに気付く。


「うーん……これだけのワイバーンを集められるもんなのか? あーなるほど……よく見ると似た顔ばっかりだな」


 いつの間にか現れた人間が、自身の背中に悠然と立っていた。

 マントが風に巻き上げられ、普段は隠れている2本の黒い巨剣が顔を出している。

 それが、彼が最後に見た光景だった。


「とりあえず数を減らそうかね」


 自分が乗っていたワイバーンの首を一瞬でねると、バーンは再び消え、次のワイバーンの背に乗っていた。

 一斉に息吹ブレスを吐き出し、バーンが乗るワイバーンごと駆逐しようと試みるが、息吹ブレスは彼の眼前で何かに飲み込まれて消えていく。

 2本の巨剣を両手に持ち、何事もなかったかの様にバーンは不敵に笑った。


「よかったなお前ら。時空の旅は……そう味わえるもんじゃないぞ?」


 瞬間ワイバーンの頭だけが次々と消え、頭部を失った彼らは森の中へと堕ちていく。

 バーンは移動を繰り返し、ワイバーンの首を次々に刎ねていった。

 ワイバーン達はもうどうすることも出来ず、もはや順番に死を待つだけだった。

 しかし、彼らは逃げない。

 ただ闇雲に、バーン目掛けて攻撃を繰り返すだけだった。


「ふむ。"創り出し"て"操る"のかな。こりゃ厄介な力を持ってんなぁ」


 最後の1匹を森へと墜とし、バーンは再びオリンポス城の頂上へと戻る。

 彼の眼下に広がる大軍勢は、その戦い振りに歓喜の声を上げていた。


「さて、今度はみんなにも協力して貰おう。多分あれを町に入れたら駄目だ」


 バーンはそう呟くと、その場から姿を消した。



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「あらららら……死体を焼き始めたわねぇ……」


「困ったにゃあ……作戦失敗じゃにゃい……」


 2人の女は同時にため息を吐く。

 もう1人いた男も頭を抱えていた。


「もうちょっと近付ける予定だったんだがな……そうすりゃ馬鹿王が町に運べって指示しただろうに。にしたって対応が早過ぎる……きっとあの野郎の独断だな。馬鹿王に話がいく前に燃やしやがった」


「あらら……"神殺し"舐めてたわ。あんなのばっかりなのねーSSSランクは」


「まぁな……今回はこれでよしとするしかないか」


「うちらの作戦がバレてたのかにゃ?」


「それはないだろうが……まぁ、いいさ。ドラゴンの大群が攻めてくるかもしれないと思わせるだけでも意味はある」


 あのワイバーン達を創り出したのはこの男の魔法によるものである。

 彼らの作戦では、町の外にいる各国の軍隊や、護衛の冒険者達にワイバーンを倒させ、その死骸を町の中に入れて貰うというものだった。


 ワイバーンの素材は貴重な資源。

 それが100匹以上町の目の前に積み上がれば、無知で傲慢なオリンポス王は確実にオリンポスの物だと主張するだろう。

 そうして町の中に入りさえすれば、もう1つの仕掛けを発動し、町にさらなる混乱を与えられる筈だった。

 細切れにされ、鱗や牙だけになったとしても問題なかったのだが、焼かれてしまってはどうしようもない。


「あららーじゃあ犯行声明書き直しだね?」


「そうなるな……はぁ、大将怒るかなぁ」


「一緒に謝ってあげるにゃ!」


「リセルに甘いからな大将は……よろしく頼むわ」


「フェイクには厳しいもんねー期待の裏返しかな?」


「つーかお前にも甘いよな。単なる女好きとも言えるか」


「あららーチクっちゃおーっと」


「……勘弁して下さいチャムリットさん」


 彼らはその場を後にする。

 しかし、必ずまた彼らは現れるだろう。


「ティタノマキアに栄光あれにゃ!」


「どうした突然……?」


「いやにゃんとにゃく……去り際に言うとかっこいいかにゃって……」


「ははっ! まぁ、俺らに栄光なんざねぇけどな」


 彼らはティタノマキア。

 世界を救う為に、世界に喧嘩を売った者達である。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「え、おじさんちょーかっこいいんだけど! ダメだよこんなとこ来たら……奥さん泣いちゃうよ?」


「大丈夫大丈夫! おじさん奥さんいないから!」


「うそー!? そんなにかっこいいのになんでいないの?」


「じゃあ私立候補しちゃおっかなぁ?」


「えーじゃあ私もー!」


「ナッハッハ! 困ったなぁーおじさん1人しかいないから……みんなまとめて貰っていい?」


 ソロモンの奴……まぁいいか。

 あれがあいつの夢だったんだからな。

 いつも助かってるし。


「お兄さんは何飲む?」


「あ、紅茶下さい」


「あら、お酒飲まないの?」


「苦手なんで……」


 ニーベルグでは15歳から飲酒が許されているが、俺はどうにも酒が好きになれなかった。

 そんなことより問題は……。


「ふーん……じゃあメイドさんは?」


「度数の高いお酒を下さい」


「わ、わぉ……かしこまりました……」


 これは間違いなく怒っている。

 店に入った瞬間から、レヴィの顔から笑みが消えていた。

 ソロモンの為とはいえ、やっぱり気に入らないんだろうな……みんなすごい服着てるし。

 なるべく見ないようにはしていたが、どうしたって目に入るし、向こうからぐいぐい寄ってくる。


「それにしてもお兄さんかっこいいねぇ……ん、っていうかあなたどこかで……」


「ねぇねぇ名前は?」


「あ、ロードです……」


「え!? ロードって……」


「優勝した……そうだよ! メイドさんもいたもんね! こんなとこに来ると思ってなかったから気付かなかったー! すごーい!」


「あはは……」


 両隣に座った女性が更に迫る。

 その時レヴィと目が合った。

 ああ……そんな目で見ないでレヴィ……。

 レヴィはふいっと顔を背け、ボトルを鷲掴みにすると、度数の高いその酒を一気に飲み干した。

 ああ……レヴィさん……。


「けぷっ……お代わり下さい」


「え!? ス、ストレートで飲んだの!? しかもイッキ!?」


「はい、それが何か? お代わり下さい」


「あ、はい……」


 ソロモンは別の席で美女4人をはべらせ、ずっと馬鹿笑いをしている。

 ソロモン……よかったね……。


 その後も色々と質問責めにあう俺と、酒を飲みまくるレヴィという構図は続く。

 数時間後、ソロモンが満足したところで俺の地獄は終わった。


「いやー! 最高だったぜ……! ありがとな旦那!」


「そりゃよかった……」


「ありゃ? 旦那は楽しくなかったのか?」


「あはは……気にすんな」


「そ、そうか? じゃあ戻るよ。またな旦那」


「おう……またな」


 店近くの路地裏に入り、彼を手帳に戻す。

 さて、レヴィに……。


「ロードさまぁぁぁぁぁぁあ!」


「ぬわぁっ!?」


 振り返った瞬間彼女に抱きつかれた。

 ものすごい力で俺の身体が締め上げられる。


「 レ、レヴィっ! 折れっ折れるっ……!」


「うぅっ……レヴィは悲しいれす! レヴィは……レヴィはっ!」


 か、完全に酔っている……!

 さっきまで普通にしていたのはソロモンがいたからか!?


「わ、悪かったレヴィ! ほ、ほらぁっ……いぎっ……ソロモンの為っ……だからっ!」


「許さないれすっ! レヴィは傷付きましたっ!」


 ぐっ……酔うと一人称がレヴィになるんだなっ……!

 い、いやそんなことより!


「レヴィ聞いてく……!」


「ロード様のばかぁぁぁぁぁっ!」


 やばい死ぬ。

 このままでは死ぬ。

 ここで死ぬ訳にはいかない。


 俺はレヴィの顔を掴み、レヴィと強引に目を合わせる。

 褐色の肌は紅く色付けされ、その瞳は涙によって潤んでいた。

 ここまで近いのはあの夜以来か……。


「レヴィ……聞いてくれ」


「ロード様……」


 彼女の力が緩む。


「俺は君だけいれば後は何もいらない。だから、もう泣くな」


 我ながら恥ずかしいセリフだが、本心だった。


「……ほんとうですか?」


「本当だ。さ、帰ろう。な?」


「……あい」


 安心したのかレヴィがスッと離れる。

 その時レヴィの身体が崩れ、俺は咄嗟にそれを受け止めた。


「「んっ!?」」


 俺達の唇が、初めて一つに重なった。

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無能と呼ばれた俺、4つの力を得る 松村道彦 @48694062

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