第59話 勇者
勇者ロイ。21歳。
18歳という若さで勇者となった、現在世界最強と呼ばれる男である。
美しいブロンドの髪に青い瞳、銀色の鎧を身に纏うその姿は、まさに人々が理想とする勇者そのものだった。
眉目秀麗なうえ、頭も良く、民衆からの人気も高い。
それに、事実彼は強かった。
彼の戦いを見たある者は「手から灼熱の炎を放った」といい、別の者は「巨大な獅子を召喚した」と話し、またある者は「空を自由に飛び回っていた」と語る。
通常、魔法は1人につき1つ。
そんな世界の常識を打ち破り、様々な魔法を使いこなす彼は世界中でこう呼ばれていた。
"全能の勇者"と。
通常勇者とは、その時代最強の冒険者がいつの間にか周りからそう呼ばれるものであった。
しかしこの時代、世界中の人々は当然知らないが、彼を勇者と決めたのは他ならぬ現オリンポス王である。
オリンポス出身のロイは、冒険者になるとすぐに頭角を現した。
自身の力に加え、優秀なサポートメンバーを従えた彼は、あっという間に冒険者の頂点へと駆け上がる。
当然国も彼に目を掛け、ロイはその当時まだ存命だったオリンポス18世に謁見した。
謁見が終わり、彼は後に王となるザディアック=オリンポスと出会う。
オリンポス18世がこの世を去ったのは、それより1年後の出来事であった。
オリンポスの王たる者はヴァルハラ大陸の頂点に君臨する
当然その発言は重く、その席に座する者は己が言動に細心の注意を払い、聡明で謙虚であるべきだった。
少なくとも、先代のオリンポス18世がそうであったように。
父親の早すぎる死によって、20代で王になってしまったオリンポス19世はあまりにも軽薄で無知だった。
先代が優秀過ぎた反動か、あまりに偉大過ぎた父親の陰に隠れていた彼は、いざ光を浴びた時には自分の我を通す暴君に成り果ててしまう。
決壊した大河の濁流のように、タガが外れた世界の頂点には誰も逆らえなかった。
ロイと出会い、その後更に親交を深めたザディアックは、王になるとすぐさまロイを勇者とするべく動き始める。
オリンポスの権力によって、実力だけでは越えることの出来なかった壁を破壊し、彼は勇者と呼ばれる存在となったのだった。
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「さ、オルグレンさん。話を始めましょう」
「……おう」
ロイにその場を纏められてしまったことに、全員あまりいい気はしていない。
何故なら皆ロイが勇者になった経緯を知っているからだ。
特に聞かされた訳ではなく、それぞれがそれぞれに事情を察している。
そして、それにより犠牲となったある人物のことが、彼らとロイの間に大きな溝を作っていたのだった。
他の9人は別に勇者になりたい訳ではない。
そう呼ばれればそれでもいいし、そうでなければ相応しい人間がなればいいと考えている。
ただ、ロイが勇者として存在していることに不満があったのだ。
しかしどうしようもなかった。
ロイが弱ければなんとでもなるが、実際強いのだからタチが悪い。
民衆からの評価も高く、ましてやそのバックには天下のオリンポスがいるとなると、もうどうにもならない。
しかも、ロイは周りが気付いていることを察していながらも、そのことに対して一切悪びれることも、遠慮することもなかった。
まるで、自分が勇者になるのは当然だと言わんばかりに。
もう1つ厄介なのがそれだった。
勇者として、いつも笑顔で誰に対しても優しく接するその姿に、本当はそんな裏側などなかったのではないかと錯覚してしまう。
それ程に彼は完璧な勇者だった。
オルグレンは気を取り直し、ようやく静かになった彼らに向けて話し始めた。
「さて、じゃあ始めよう。集まって貰ったのは他でもない……ティタノマキアについてだ」
オルグレンの発した言葉に、立ったまま眠っているヴィヴィアン以外は眉をひそめる。
再び活動を開始した暗殺ギルド。巷では、ここにいる彼らに匹敵するとも言われていた。
「この厳重な警備に加え、俺達がいる以上余程頭が悪くなければ来ないだろう。だが……」
「目的が違えば別だ。世界各国はオリンポス会談を行うことで、奴らに怯えない姿勢を示した。次は奴らの番って訳だ」
「バーンの言う通りだ。暗殺ではなく、襲撃したという事実を作りに来る可能性がある。つまり、今度は逆にティタノマキアが俺達にビビってないと証明するかもしれないってことだ」
「なるほどねぇ……それはあるかもなぁ。ところでティタノマキアにも女の子いたよね?」
「オルグレンさん。まずその馬鹿を始末することを提案します」
「ルカに賛成だ。なんなら今すぐにでも……」
「ルカちゃんもズィードも目がマジだよ……?」
「俺様もだよクソ野郎」
ドラグニスが目をひん剥いてディーを睨みつけていた。
オルグレンは再び頭を抱えている。
「つまり、"来るかも"ではなく"必ず来る"と思え……そういうことですわね?」
オルグレンはベアトリーチェに頷く。
実のところこの会議はバーンがオルグレンに進言したものだった。
良くも悪くも彼らは強過ぎる。
それ故の慢心を心配するレベルの存在ではないが、警戒するに越したことはない。
更にもう1つ理由があったのだが、バーンはそれを胸の内に秘めておいた。
「オルグレンよ。話は終わりか?」
ヴォルクスファングが太い指で自身の髭を撫でながら問う。
「いや、もう1つある。この世界に起きている異変についてだ。ここ数年、冒険者のレベルがどんどん下がっていることは皆も知っているだろう? Aランク以上の冒険者の数は過去最低……今年に入って早半年、新たにSSランクになった者は皆無だ。Sランクに上がった者ですら数名……しかも、短期間で急激に名を上げたのは1人だけだ」
オルグレンが言うその1人というのはロードのことである。
Aランクの冒険者が依頼を数多くこなし、実績を重ねてSランクに上がることは珍しいことではない。
ただ、世界が真に求めている強者はあっという間にランクの壁を越えていく者を指す。
そういった意味では、ロードは今年唯一期待出来る存在となっていた。
「あー……それってバーンが言ってた奴?」
「ああそうだ。決勝でグラウディを倒し、ニーベルグ闘技大会で優勝しちまいやがった。冒険者になって約1ヶ月でSランク……ロードは伸びるぜ」
「ほー、やるじゃねぇか。グラウディは並じゃねぇ……ルールの中とはいえ、あいつを倒したんなら期待出来そうだな」
ズィードの言うように、グラウディの評価はかなり高い。
実際、あのヘラクレスを抑える力を持つ者は、世界中を探してもそう多くはないだろう。
まだまだ隠している力もあり、SSSに近い男なのは間違いなかった。
それでもそう成り切れない何かがあるとすれば、この場にいる彼らが持つ様な独特の雰囲気、とでも言うべきか。
魔法の強さはもちろん、人間力という、ここにいる彼らが持つ圧倒的なエネルギーが足りなかったと言うしかない。
抽象的な表現だが、"存在の強さ"という目に見えない何かが彼らにはあった。
人はそれをカリスマと呼ぶ。
「ああ、強いルーキーは今や貴重な存在だ。バーン、ディー、ズィードを筆頭に、後は今SSランクにいるブランスやスカーク、ザワン……お前らが一斉に現れたあの時代が懐かしいよ」
オルグレンは目を瞑り、それを思い出すように優しく微笑んだ。
「だっはっは! 確かにな! あん時は面白かった!」
「うるせぇだけだったがな」
「黄金世代とか言われてたね俺ら」
「頼むからザワンとディーだけ省いといてくれ」
「ズィードくぅん?」
「ふっ……話が逸れたな。冒険者のレベル低下も問題だが、それに合わせるように魔族と竜族の動きも活発になっている。特に最近起きたあの襲撃……」
「力を測りにきましたね。間違いなく」
ルッカルルカの言葉に、ヴィヴィアン以外の皆が頷く。
それなりの大きさを持つ町に対しての攻撃は、ここ10年でも数える程しかない。
しかも同時襲撃となると、これはもう大昔にあった大戦以来である。
つまりこのヴァルハラは、いつ何が起こってもおかしくないという状況にまできていた。
「今まで以上に気を引き締めなきゃならない。俺達冒険者に出来ることをやろう。みんな、頼んだぞ」
「そうだね。俺達がヴァルハラを守るという強い意志を持って戦おう。正義は勝つ! だろ?」
ロイは笑顔でそう言った。
その笑顔の裏側に、何が隠されているのかは誰も分からない。
だから、彼らは無言で頷くしかなかった。
バーンはかつて、アリスにロイを見てもらったことがある。
彼を見たアリスは一言「怖い」と、そう言った。
見えたのは真っ暗な暗闇。
それ以外は何も分からなかった。
バーンは思う。
今は仲間内で争っている場合ではない。
ただ、ロイは本当に仲間なのだろうかと。
だから見極める。
ヴァルハラに危機が迫っている今だからこそ、それが出来る唯一の機会なのであった。
「さて、長々と悪かったな。ではこれで……」
「し、失礼しますっ!」
オルグレンが"解散"と言いかけたその時、突然部屋の扉が開かれ、1人の兵士が中に入ってきた。
彼は汗をダラダラと流し、酷く慌てている。
「どうした?」
「しゅ……襲撃ですっ!」
ヴィヴィアン以外、全員の頭にティタノマキアの名前が浮かぶ。
しかし、兵士の口から出た言葉は彼らの予想を裏切った。
「ドラゴンの軍勢がこちらに迫っていますっ!」
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