【オレンジ畑】掌編小説

統失2級

1話完結

真夏の苛烈な太陽の下を1人黙々と歩く男が居た。汗で濡れたシャツが体に張り付き不快指数は絶望的に高い。風は吹くが、それは生暖かく森坂の小太りな体を癒やす事は無かった。競馬で負け、電車代も飲料水代も残っておらず、哀れな34歳の男は1人暮らしのアパートまで過酷な行軍を続けるしかない。腕時計に目をやると既に1時間40分は歩いていた。(質屋でもあればこの腕時計を売って電車代とジュース代を稼ぐのにな)と思いつつ辺りを見渡すが、そうそう都合良く質屋がある訳も無く森坂は落胆する。それでも気を取り直し(質屋、質屋)と、心の中で呟きながら歩き続ける。しかし、そうこうしている内に次第に意識は薄らいでいき森坂はアスファルトの歩道に倒れ込んでしまうのだった。


目覚めた森坂が真っ先に思った事は(涼しい)という事と(オレンジジュースが飲みたい)という事だった。そして、次に森坂は自分がベッドの上に横たわっている事、首から上は動かせるが、体は動かせない事に気が付いた。(どうやらここは病室で、俺は熱中症で倒れて病院まで運ばれた様だ。そして、ここは個室らしい)と、森坂は左腕から伸びる点滴の管を見ながら自分の状況を把握する。ナースコールのボタンがある筈だが、体が動かせないので探す事も出来ない。そこで、森坂は「看護師さん、看護師さん」と2度ほど声を出してみる。すると、暫くして病室に誰かが入って来る気配がし、森坂の顔を覗き込む顔があった。それは、美しい女性看護師の顔だった。森坂が「喉が渇いています。何か飲ませて下さい」と女性看護師に依頼すると、「何が飲みたいですか?」女性看護師は笑みを浮かべた顔で尋ねる。「オレンジジュースはありますか?」「ありますよ、今、持って来ますからね」女性看護師は数分後、病室に戻って来て、急須に似たプラスチックの容器でオレンジジュースを森坂に飲ませてくれた。しかし、プラスチックの容器は小さく直ぐに飲み干してしまう。森坂の「もっと飲ませて下さい」という依頼に応えて女性看護師はそれから6度に渡りオレンジジュースを運んで来てくれた。


その病院の給食はどれも美味だったが、森坂を最も喜ばせたのは何人もの美しい女性看護師が、2人1組でスプーンを使い食事の介助をしてくれる事だった。そんな厚遇を受けながら森坂は頭の中で女性看護師たちの美人ランキングを作って遊んでいた。そして、数日が経つと森坂の体力もベッドを起こせば自力で食事が取れるくらいには回復していた。しかし、女性看護師たちは「今は安静が必要な時ですので、私たちが食事介助しますね」と食事介助を続けてくれた。(本物の恋人でもこんなに献身的な人は居ないのに、本当にこの病院はサービスが良いな)森坂はそんな事を考えながら、快適な入院生活を楽しんでいた。それから数日後に担当となった井上という美しい女性看護師が、「森坂さんはもしかして、性欲溜まっていませんか? もし溜まっているならいつでも私たちが、口で処理してあげますからね」と唐突に、そして笑顔で森坂を驚愕させる事を言って来た。その瞬間は唖然として言葉が出なかった森坂だったが、数秒後には気を取り直し半信半疑ながら「じゃあ、今、お願いします」と頼んでみる。すると、井上看護師は「はい、分かりました」と森坂の目を見ながら当然の様に笑顔で返事をし、森坂の下半身に移動すると、フェラチオを開始するのだった。


入院初日から27日後、森坂の担当になったのは太田というこれもまた美しい女性看護師だった。太田看護師にはこれまで5度フェラチオをされていた。森坂は慣れた口調で「太田さん、またフェラチオしてよ」と軽く依頼してみる。すると、太田看護師は「森坂さんの体力は完全に回復していますから、もうフェラチオの必要はありませんね」と冷たく突き放すのだった。太田看護師は森坂には常に笑顔だったので、森坂はその無表情な顔に少し驚いた。「森坂さん、始めて言いますが、今日は退院の日ですよ」と太田看護師はここでも冷たい表情で森坂に話す。(今日であの美しい女性看護師たちとお別れなのか)と思うと森坂の心は切なさで満たされた。そして、太田看護師はと言うと、バインダーに挟まれた何らかの用紙を冷酷な眼差しで読み上げ始めるのだった。「オレンジジュース32リットルが2億8千万円、給食80食が5億6千万円、食事介助80回が6億8千万円、フェラチオ62回が22億4千万円、入浴介助26回が8億4千万円、爪切り4回が1億4千万円。点滴2回が8千万円、入院費用は合計で6兆4千億円になります。さぁ森坂さん、今直ぐ払って下さい。カードにしますか? 現金にしますか?」「太田さん、何言ってるのさ、そんな大金冗談でしょ、それに計算も間違ってるし」と森坂が半笑いで指摘すると、太田看護師はまたもや無表情な顔で「この病院の採用試験には算数問題が無かったんです。ですから、私に算数問題の文句を言われても困ります」と悪怯れる様子も無く言い返すのだった。


森坂は飲食店のバイト勤務だったので、当然、そんな大金は持ち合わせていなかった。と言う訳で、6兆4千億円の代わりに森坂の体は脳みそを含む全ての部位が切り取られ、それぞれの部位はそれぞれの病気で苦しんでいる8名の人間の体に移植される事となった。そして、他に使い道の無かった森坂の脳みそはハンバーグにされて、他の入院患者の給食となった。更には、これもまた使い道の無かった骨は病院に併設された火葬場で火葬された後に遺族の希望でオレンジ畑に散布される事となったのでした。

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【オレンジ畑】掌編小説 統失2級 @toto4929

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