対話

 準決勝まで進んだが、結局、そこで打ち止めとなった。

 敗退が決まった時、春人は両膝を打って悔しがった。

 それは、走る前には確かに存在しなかった感情だった。

 電車に揺られながら帰る途中、沼山からLINEが送られてきた。初戦の自分の走りが、記録されていた。

 スタートはバッチリだったが、すぐに身体を起こしてしまい、スピードに乗り切れずにいる。その状態で無理矢理脚を動かすから、すぐに体力が切れてしまい、スタートが成功した分のアドバンテージを失ってしまっている。案の定、他のランナー数人に抜かされている。

 しかし、バトンは渡せていた。

 誰よりも力強く握りしめていたであろうそれを、誰よりも力強く相手に渡したのは、他でもない自分自身だった。

 夕日が沈みつつある景色を、車窓越しに見た。

 『この後ダンススタジオ集合な』

 指は自然とそう動いていた。


 「なんなんですか、急に呼び出して。今日はダンスの練習ないはずじゃなかったんですか?」

 沼山はご立腹のようだった。

 1ヶ月ぶりのダンススタジオに、懐かしさが込み上げる。

 「まあいいでしょ、たまには。踊ろうぜ」

 そう言って、沼山のラジカセから、適当な曲をかける。

 「勝手に触んないでくださいよ」

 音楽が流れる。

 聞いたこともないような、不思議なビートに身を委ねる。

 「ちょっと、聞いてるんですか?」

 それは、ステップとも言えない何かだった。チャールストンに挑戦したが、すぐにもつれてしまう。

 だが、これで良かった。これが良かった。

 「もう、ここで見てますから、勝手にしててください」

 そう言って沼山は胡座をかいた。

 「いや、お前も踊れよ!」

 そう言うと、沼山の両脇を抱えて無理やり立ち上がらせる。

 「いいか? お前が踊るまで俺は踊るのを辞めない。どっちが限界を迎えるか、勝負だ」

 どうしようもないほど、リズムに無頓着な、オリジナルのステップを踏んだ。

 「めちゃくちゃですよ、言ってること」

 ああもう、踊ればいいんでしょ。わかりましたよ。

 そう言うと、沼山はリズムにかっちりとハマった模範的なステップを踏んだ。

 「違う! もっとめちゃくちゃに!」

 「あんたが1番メチャクチャですよ! ダンス未経験者にそんなこと言われたくないです!」

 そう言いはするも、結局こちらの要求に応じてくれた。

 どんどんリズムは崩れ、振り上げる四肢は勢いを増す。

 動機を追うトップランナーは、拳をグーにして決してそこにある何かを離さなかった。

 もつれ絡むチャールストンは、トップランナーを転ばせたが、それで勢いが止まるわけがない。

 「あらあら、大丈夫ですか?」

 すぐに立ち上がり、叫ぶ。

 「大丈夫だから!」

 もう一度、叫ぶ。

 「大丈夫だから!」

 その欲求はとどまるところを知らず、いつ終わるか分からないメロディーに乗せた。

 世界中に、その音を響かせた。

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動機を追うトップランナーと、もつれ絡むチャールストン 伏木づみ @tosutomato

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