至天の暗殺者、奴隷を買う。~アサシンの後継を育てたつもりが勇者になってました~

@snoume3

第1話

足音を殺して、虫を殺す。

息を殺して、獣を殺す。

心を殺して、人を殺す。


畏敬を捧げて竜を殺し、己を捧げて神を殺す。


カレイド大陸にて覇を唱える三国が一、ベイル共和国北方地域に伝わる古い詩。

続く返歌には『そんなことをしても不幸になるだけ』と説教くさい内容。

要は何者も殺めるなかれと言うことだ。


実際は虫など手で叩けば死ぬし、獣は罠にかかって勝手に死ぬ。

心など殺さなくても人は簡単に人を殺める。

畏敬など抱かずとも竜狩りは叶う。


全て実行してきた。


幼い頃から名乗っていた『月食つきはみ』という個人あるいは団体を示す名は、カレイド大陸の裏の顔を知る者ならば誰もが耳にしたことはあるものになった。


十を数える頃には大概の獣は素手で殺せた。

十五を超える頃にはどれだけ厳重な警護のもとであろうと要人だけを殺せるようになった。

二十にもなれば、英雄と呼ばれる者たちと互角に渡り合えるまでになった。


そして二十五になった次の日、神殺しに挑んだ。

神聖ながら少し人間にとっては邪魔だった超自然的な存在の抹殺を依頼され、実行した。

見事討ち取ったが、当然のように神殺しの代償はは存在した。


『傷より入り込んだ神の血は少しずつ貴方を奪う。

やがて十年と経たずその体は固まり腐り果て、呪いを振り撒く苗床となるでしょう』


今際の際の神はそう言い朽ちた。

苦し紛れの戯言ではないことは嫌にでもわかる。

体内に流れる異物。皮膚の下を蟻が這っているかのような感触。

神の言葉に嘘は無く、俺はやがて腐っていくんだろう。


死を意識したのは初めてではないが、ろくでもない生き様を省みたのは初めてだった。

思い返せど赤い液体と倒れ伏す誰かの光景ばかり、これでは何を反省すればいいのかわからない。


何か遺したいと思ってしまうのは人間としての本能なのかもしれないが、神の血が混ざってしまった体で誰かと子を成そうとも思えない。

このまま単一の存在で消滅していくのかと考えた時、やはり勿体ないと強く感じてしまう。


無数の隠し金庫に詰め込んだ財産でもない、手足のように馴染む武器の類でもない。

この力だ。神すら殺める力が失われるのが勿体ない。

そこに俺個人の名誉や栄光、武勲が付随する必要は無い、ただ純粋な技術と言語化困難な高次の感覚が消えてしまうのがあまりにも惜しい。


そう改めて考えた時、気付けば俺の足は歓楽街の裏通りを抜けた悪趣味な金持ちの遊び場である『十九番地』へと向いていた。

ベイル共和国の第三都市ラジエルには十八番地までしかない。

あってはならない場所だが、集まる金の量が他地区の税収の比にならないほど莫大であるために為政者から目こぼしされている。


度を超えた嗜好を持つ者たち専用の娼館、法外な金額の掛け金の設定が可能な賭場、違法薬物の売買。

なんでもござれのこの地でやはり一番の目玉は『奴隷市場』だろう。


「ほほっ、今日もやってますなあ」


「おお、御大。今宵も何か買っていかれるおつもりか」


「前買ったものは息子が壊してしまったのです。

可憐なものほど失われるのはあっという間だ」


「違いない」


たっぶりと脂肪を蓄えた中年の男たちが眺めるのは、檻の中に入れられた少年少女だ。

どこからか連れられてきた彼らには高値が付き、買い取った後は何をしても自由。

人間としての権利などハナから無い。


(さて、逸材はいるかな)


檻の中でへたれ込む子供を物色する。

どいつもこいつも身綺麗にしてあるし栄養状態も悪くない。

買い手が買い手だ、奴隷商人の方も適当な仕事はできない。


だがまあ、その表情はこの世の終わりそのものだ。

伏せた目の下には涙の痕があったり、首に掻き毟った形跡があったり、絶えず爪をかじったり。

富豪の玩具として一生を終えることを知っている顔だ。


(自我の薄い奴が望ましいな。忠実で他人の痛みに疎い、人形のような奴が)


買ってすぐに鍛え上げる。俺はそう永くない。

ならばいつまでもぐずられては困る。


(望むなら見た目の良いガキ、それも女。

これだけで標的の警戒度は随分下がる)


力などどうとでもなるが、見た目だけはどうにもならない。

対象を油断させ可能なら籠絡し命以外のものまでも奪い去るのは長期的な生存戦略としては最善に近い。

こと女というだけで老若男女問わず気を緩める。

俺が唯一持っていない、暗殺者にとっての最強の武器だ。


(…………あ? なんだあのガキ、俺をじっと見て)


黒いワンピースを着た少女。

髪は金銀白金が混じり反射し、十九番地の品の無い照明では強烈な眩しさを誇る。

値札を見れば二千万メレー。都の一等地に豪邸が立つ額だ。


(顔立ちは精巧、態度もいやに大人しい。

だが、赤眼あかめか)


カレイド大陸に住む人間のほとんどは茶色い眼をしている。

稀に漆黒や青が存在し、それ以外は血統を特定できるほどにしか確認されていない。

そして、それぞれの色には本人の資質や本性が表れるとされている。


赤眼は破滅と愛。

金眼と並んで関わってはならない、呪いの血族。


「おや、これが気になりますかな」


販売代理であろう執事然とした壮年の男が声をかけてきた。

俺がしばらくこの少女を見ていたからだろう。


「回収場所は秘密とさせていただきますが、見ての通りそれなりの血を引くものにございます。

いかがですかな」


やはり少女は変わらず俺に焦点を合わせ続けている。

俺から何かを見出しているのか、まだ十とそこらの年齢のはずだが、中々肝が据わっている。


「いや、もう少し他も見てみたい」


「ごゆるりと」


小包を足元に落とす。

拾い上げるのと同時に右手の袖口に仕込んだナイフで足元の檻の格子を切断し何事もなかったように立ち上がる。

上は繋がっているので誰に気付かれることもない。


この十九番地は入場にも法外な値段を要求される。

その分治安の面での心配事は無く、護衛を付ける者は稀なほどだ。

そんな場所で気を抜いてしまっても仕方のないことだろう。


「……!」


少女が檻の格子が切断されていることに気付く。

だが驚いた様子は見せども、それを表に出し続ける気はないようだ。

一瞬顔色を変えたのち、再び元の涼やかな顔に戻る。


「さて、始めるか」


少し移動し、天から垂れる俺にだけ見える細い糸を掴む。

専用のグローブで握り強く引けば、どこかでぱりんと音が鳴り一部の照明が落ちる。


「おや、停電とは」


「何かの催しですかねえ」


降って湧いた暗がりにも奴隷市場の周りの人間は大して動揺しない。

ここが安全であると心の底から信じ切っている。

本当に安全な場所など、この世のどこにも無いと言うのに。


「来い」


「!!」


仄かな闇の中でナイフを一閃し、檻の格子を完全に破壊する。

目当ての少女の腰を抱き、奴隷市場から離れた貨物置き場に跳躍する。

係員が両手に照明を持って駆け付けたことで、やっと事態が公になる。


「お、おい!? どういうことだ、檻が!」


「……し、失礼いたしました! しかし! うちの商品は皆従順、このような事態でもほら大人しく……」


「おや、先程までいたあの赤眼の奴隷は……?」


「……………………なんですと?」


慌ただしくなる市場。 

起こり得ない事態が起こった時、人はああも狼狽する。

消えた奴隷の行方を誰もが目で追い、商人は檻の中の奴隷に逃げるなと怒鳴りつける。


「さて、お前を試そう」


少女を膝の上に乗せ、その小さな右手を下から重ねる。


「【火】よ」


俺の右手から少女の右手を通じて宙に火球が浮かび上がる。

略式奏上した火の中級魔法だが、俺が指にはめた特殊な宝石によりその威力は格段に上がっている。


「お前が力を込めれば、この炎は全てを焼き払うだろう。

やれ」


角度の都合で顔は見えないが、おそらく困惑や恐れの色が映っていることだろう。

待機状態になっている凝縮された炎は主の命令を今かと待っている。


「…………!」


意を決したのか?

少女が左手で右腕を強く掴み身を強張らせる。

だが、火球が炸裂することはなかった。

代わりに、宙に浮いていた火球が水球に包まれ、今度は凍結し地面に落ちて砕ける。 


「ほう……! その歳で魔法を使えるのか」


魔法は才能が九割だ。

どれだけ努力したところで凡人には扱えない。

後天的に身に付く戦闘技術などと異なり、こればかりは俺が教授することもできない。

戦闘において決して不可欠なものではないが、あれば優位に立てるのも事実。


「【火】よ。【水】よ。【風】よ」


大当たりの少女の手を取り、空いた手に魔法を待機させる。

宝石の強化に加えて混ざってしまった神の血が魔法の威力を跳ね上げる。


「悪いが今日で店仕舞だ」


炎の蛇がのたうち回る、散乱する水の槍が家屋を破壊する、嵐が視界を奪い去る。

妖しく淫靡な十九番地の景観は最早見る影もない。

我先にとどこかへ逃げる大人の姿。

繋がれていた奴隷の首輪は全員分外した。

弱き身同士で手を取り生き延びようともがいている。

数刻前よりよほど危険な状況のはずだが、その表情は生き返っている。

管理する者はもういない、後は勝手に逃げるだろう。


「お前は俺と共に来てもらう」


「……」


「安心しろ、お前ならなれる。

俺が遠回りした全てを最短距離で歩ませ、力の極致を体現させてやる」


抵抗は見られない。

焼け落ち荒ぶ十九番地を歩いて出る。


ああ少しだけ、生きる楽しみが見出だせた。

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