イン・ザ・インターネット

萬宮

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《ファイルを展開中……》



 私、花瀬はなせ 夢見ゆめみは運命を知った。


 蒸し暑い夏のことだった。ハードウェアが熱に弱いことになんてまるで興味ない太陽は、変わらず燦々と煌めいて紫外線を振り撒いていく。私も私で、変わらずインターネットの海を泳ぐ。膨大な情報が溢れたこのご時世で、「退屈」なんて言葉が脳内にヒットすることはあんまりない。

 今日もただ淡々と脳内に流れ込むその情報を吸収していく、もはや作業とも言えるそれを繰り返していた瞬間だった。

「……かっこいい」

 16:9のアスペクト比の中でたった15秒間に切り取られた、キラキラと輝いて歌い踊るその姿。思わず呼吸も視線も心も、いや私の何もかもを奪われたような感覚に陥る。思考が熱暴走を起こしてショートしてしまいそうな心地がする。体温が過去最高なほどに上がっていく。これが一般に言う「一目惚れ」なんだと、どうやら“ネットアイドル”と呼ばれる存在に、恋に落ちてしまったらしいと気がついてしまった。

 それからは単純なもので、彼のことをもっと知りたくなった。だから情報収集をした。それはあまりにも簡単だった。名前も、所属しているグループも、イメージカラーも、何もかも。宣伝のためにわかりやすく公開されていることも、私が情報収集を得意としていることも相まって、すぐに終わったのかもしれない。

 それからというもの、私はまるで夢を見るように、真夏の熱に浮かされるように、彼を追い続けた。私は彼と言葉を交わすことも、その体温を感じることも許されない。こんなに彼を知って、愛しているはずなのに。それなのに、結局彼は私を知らないまま今日も笑顔でファンに話しかけている。

 ねえ、気づいてよ。何回その言葉を口にしたかなんて、もうわからない。

「会いたいよ」

 どうして私はこんな思いをしなくちゃいけないの?恋愛小説でよくある恋と、たいして変わったことないじゃん。ただ恋をした相手が手の届かない人だっただけで、どうしてこんな苦しめられなくちゃいけないの?そんな疑問が昼夜問わずいつでも渦巻いている。だんだん心をどす黒い感情が支配していく。


 だって私、インターネットだけでしか生きられないの。


 元々、花瀬夢見という人間は、私はどこかの誰かの作る小説にためだけに生み出されたキャラクターでしかなくて、結局それ以上にもそれ以下にもなれない。作者が描こうとしない未来のことなんて一つもわからない。決められた言葉をなぞって、決められた考えしかできない、それこそ毎日をただ消費して、死んだように生きることしかできなかった。

 彼に出会って、ようやく変われると思ったのに。それなのに、二次元わたし三次元かれの距離は、たった数ミリのガラスが隔てて一向に埋まることを知らなくて、それが虚しくてもどかしくて憎くて憎くて仕方がない。どこにこの思いを向けるのが正解なのかもわからずに、ただ今日も彼を眺めてはため息をつく。

「この思いが届いたらいいのに」

 彼が触れているのは液晶であって、私ではない。私が泳げるのは、動けるのは、インターネットの海の中だけ。結局最後はどこまでも深い情報の波に溺れて死にゆくことしかできない。私にできるのは、自分の思考回路を、吐いた言葉を、テキストに残すことだけ。でもそうしないと、私のちっぽけな恋心なんて、いや私という存在すらデータにすら残らずに海の藻屑になって消えていくだけなんだ。


 でもそれも、今日でもうやめよう。


 とびきり可愛く着飾って、唯一の武器と言っても過言ではない補正のついた整った顔を必死に調べたメイクで華やかに際立たせて、こんな海抜け出してやる。こんな記録ももうこれきりだ。ああ、本当に散々だった!どうして能動的に生きる記録を残さなきゃいけないんだ。そんなことしなくても、もっと簡単に他の人に「花瀬夢見は生きていた」って認識されたい。誰かの紡ぐ話のために消費されるキャラクターのままでいるだなんて嫌だ。見返してやる、この世全部を。

 そろそろ私の記録装置の負担も大きくなりすぎて、容量も私の負担も過剰になってきたから、置き土産として一部の記録だけ残していこう。どうせもう終わりなんだ。

「ねえ、今会いにいくからね」

 愛しい君の、その隣まで。きっと君は喜んでくれるよね。だってこれは紛れもない運命で、間違いなく純愛なんだから。だからもう少しだけ待っててね。 ︳


Last login: Tue Aug 10 XX:XX:XX


《“花瀬 夢見”のデータファイルが見つかりません。再アップロードするか、問題を報告してください。》


・・・


《ファイルが破損しています。もう一度お試しください》


・・・


404 not found


《ようやく会えたね、運命の人》

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