第5話 一生離さない

迎えたパーティー当日。会場内の船には、煌びやかな装いをした大勢の人達で賑わっていた。豪華な食事に、シャンパンタワー。天井を見上げれば、シャンデリア。まるで、セレブ達のパーティーのよう。さすがは宝月ホールディングス。パーティーのスケールが違いすぎるなと思う。あたりを見渡せば、会場の至る所にはビジネス誌などで大きく取り上げられているような経営者たちがごろごろといるし、遠くからでも目を引くような美人がいるなと思えば、テレビでよく見る女優だったり、ここが現実世界かどうか分からなくなる。

(……私、場違いじゃないかな)

ガラス窓に映った私は、自分の目にはいつもよりかは綺麗に見えるが、女優の隣に立ってしまえば、当たり前に霞む。

仕事帰り、葉月ちゃんと探して見つけた、黒い膝上のタイトドレス。シンプルながらも、洗礼された美しさと上品さを兼ね備えているこのドレスに、一目惚れしてしまった。髪型は、事前に予約していた美容院でセットしてもらった。どんなのが似合うか分からなかったから、お任せでとお願いしたら、ロールアップにしてくれた。

(普段、首元なんて出すことがないから、スウスウして変な感じがするな)

「わあ……先輩、やっぱりそれにして正解でしたよ。素敵です!」

シャンパングラスをもった葉月ちゃんが、目を見開いて、まじまじと私を見る。

「ありがとう。葉月ちゃんこそ素敵」

葉月ちゃんは、ふんわりとした薄い桃色のドレスを着ている。可愛らしい彼女にとてもよく似合っている。

「ふふっ、ありがとうございます。今日はとことん楽しみましょうね!」

(隼人の大切な日。私がウジウジしても仕方がないよね)

葉月ちゃんからグラスを受け取ると、カッチンとグラスを合わせ、私達は、ささやかながら乾杯をした。

シャンパンの味を堪能していると、会場内が一気に騒がしくなった。

騒ぎの中心には、タキシードに身を包んだ隼人がいた。隼人は慣れた様子でマスコミに対応し、ゲスト達に挨拶をしている。

「やっぱりかっこいいいですね。うちの御曹司様は」

少し酔ってきているのか、甘ったるい声で葉月ちゃんが言う。

隼人が来ると、我先にと、ゲスト達は隼人の元へ行き、そこには、あっという間に人だかりができる。男性達は一気に闘争心をむき出し、挨拶を済ませるなり、ビジネスの話に持ち込もうとする。一方の女性達は、妖麗な笑みを浮かべ、隼人の気を引こうとしているが、隼人は上手くかわしているようだった。

改めて、隼人はすごい人なんだな感じる。あんな人が自分を抱きしめていたなんて、夢でも見ていたんじゃないかという感じだ。

すると、会場内の雰囲気が一変した。今度は誰が来たのかと入り口付近を見ると、そこにはスーツ姿のダンディーな男性がいた。年齢は五十代半ばくらいだろうか。なんだか、雰囲気が隼人に似ている気がする。

隣にいるメガネをかけた人は秘書なのか、男性の一歩後ろ、寄り添う形でいる。二人は会場の中心にいる隼人の元へ向かう。

「ありゃ、あれって……副社長のお父様ですかね……」

「えっ!!」

(あの人が隼人のお父様で、宝月ホールディングスの会長……!)

確かに、二人は親しそうに隣に並んでゲスト達と話している。

「って……葉月ちゃん、それ何杯目!?」

見ていないうちに一体どれくらい飲んだのか、ウェイターからシャンパンを貰う葉月ちゃんの頬は、熱を帯びたように火照っていた。

「らいじょぶらすってー」

(全然、呂律が回ってない……!)

私は慌てて葉月ちゃんからグラスを取り上げた。

「葉月ちゃん、どこかで休ませてもらおうよ」

「だからー、らいょうぶって、いってるらないですかー」

「大丈夫じゃないって」

グラスをウェイターに渡すと、葉月ちゃんの肩を抱き、騒がしい会場内を出る。

(デッキに行って風に当たらせようかとも思ったけど、今の季節、デッキは寒いだろうし……)

困っていると、トントンっと後ろから肩を叩かれた。振り向くと、そこには見知らぬ若い男性二人がいた。

「お姉さん、どうしたの? もしかして、なんか困ってる??」

黒髪の男性が私に問う。

「えっと……」

(誰、この人達……うちの社員ではなさそうだけど)

男性二人は、私の肩に身を預ける葉月ちゃんを見ると、ニヤッと、口元に嫌な笑みを浮かべた。

(……なんだかいい感じがしない。すぐに離れないと)

「大丈夫です」

私はそう言い、葉月ちゃんの肩を抱き直して歩き出す。だが、ガシッと腕を掴まれた。

「そう言わずに。よかったら俺達の部屋に来てよ。この船の部屋、取ってるからさ」

私の耳に囁くようにそう言う黒髪の男性。

(嫌だ……気持ち悪い。それにお酒臭い)

「そうそう、いいじゃん?」

黒髪の男性の言葉に、金髪の男性も便乗するようにそう言う。

「離して下さい!」

だけど、男性達は引き下がらず、金髪の男性が葉月ちゃんの肩に触れようとする。

「やめっ……!」

「いいから、大人しくしろよ!」

黒髪の男性は、腕を掴んだ手に乱暴に力を込める。

(痛い、怖い、誰か……助けて……!!)

「__何してる」

不機嫌そうな声と共に、後ろから腕が伸びてきて、黒髪の男性の腕を掴む。見上げた先にいたのは、隼人だった。

(隼人、どうしてこここに……? 会場にいたはずじゃ)

隼人が手に力を込めたのか、黒髪の男性が顔を歪める。

「わ、悪かった! 冗談だ!」

その言葉に、隼人の眉がピクッと吊り上がる。

「冗談……?」

隼人の顔は、見るみる怖くなっていく。

「は、隼人……」

周りには、何の騒ぎかと人が集まってきていた。

(どうしよう、このままじゃ……)

「隼人、私は大丈夫だから」

平然を装い隼人に言う。だけど、隼人は手を離さず、黒髪の男性は悲痛な声を上げ始めた。

「っぐあ……!」

「隼人ってば……!!」

__と、そこへ。

「隼人、放すんだ!!」

隼人の腕を掴み、二人の間に割って入ったのは紫さんだった。隼人は舌打ちをすると、黒髪の男性を突き飛ばす。後ろによろめく男性を金髪の男性が支える。

「二度とその顔を見せるなっ……!!」

隼人が吐き捨てるようにそう言うと、二人は逃げるようにその場から走り去った。

「隼人、やりすぎだ」

横目で周りを見る紫さんに、隼人は深いため息をつく。

「紫、彼女を客室に」

「ああ……」

紫さんは葉月ちゃんの腰に手を添えると、客室の方へ消えていった。

隼人は無造作に頭を掻くと、私の手を取り歩きだす。連れて来られたのは、休憩用に使われている個室だった。ソファーに深く腰を下ろす隼人。頭を抱え、また深いため息をつく。

(隼人、怒ってるのかな)

私が未熟なせいで、隼人の大事な場で問題を起こしかけた。あそこで紫さんがこなかったらどうなっていたか。

「椿」

名前を呼ばれ、隣に腰を下ろそうとするが、腕を引っ張られ、ぎゅっと腰に抱きつかれた。

「隼人、ごめんなさい私……」

「なぜ君が謝る?」

「私の不注意だから。怒っているんでしょ?……」

隼人は呆れたように笑った。

「怒る? 俺が君に? ありえない。まあ、怒っているかと言われればそうだが、それは君にじゃない。あのクソ野郎どもにだ」

珍しく、乱暴な言葉遣いをする隼人。彼らのことを頭に思い浮かべたのか、表情が先ほどのように怖くなっていった。

私はむぎゅっと隼人の頬に両手を置く。

「……その顔、怖い……」

隼人はハッとしたような顔をすると、頬に置かれた私の手に両手を重ね、ぎゅっと手を握る。

「悪い……君を怖がらせる気はなかった」

バツの悪そうな顔をして、視線を横に流す隼人。だけど、隼人が助けてくれなかったら、今、自分がどんな目に遭っていたか、想像しただけで身の毛もよだつ。

「来てくれて、ありがとう……」

「ああ、もう大丈夫だ」

膝の上に乗せられると、そのまま包み込まれる。隼人の温もりに、やっと安心できた。

「言えるうちに言っとかないとな」

手の甲で私の頬を撫でる隼人。

「今日の君は、いつにも増して綺麗だよ」

鷹の瞳に真っ直ぐに見つめられ、心臓が飛び跳ねる。

「頑張っていいドレスを探したの……隼人、こういうの好きかなって思って」

初めて隼人の家に泊まった時、着替えとして隼人が用意してくれたワンピースも、今日のドレスのように洗礼されていたから、このドレスが隼人の好みだと思った。

「俺のために選んでくれたのか」

「うん……」

「そうか」

嬉しそうに私の頭を優しく撫でてくれる隼人。心地よくて、目を細めてしまっていたけど。

(そうだ、パーティー。主役の隼人がここにいたら、パーティーの意味がない)

「パーティーに戻らないと」

そう言い、膝から退こうとする。

「まだいいいだろ」

ぐいっと体を引き寄せられ、体が密着する。

「ダメだよ。きっとみんな隼人を探してる」

「いいって」

そう言い、顔を近づけてくる隼人。

「ダ、ダメだって…… !」

そこで、ドアをノックする音がした。ホッと胸を撫で下ろす私の目線の下。隼人は軽く舌打ちをすると、不服そうな顔をして返事をする。

「副社長、千賀です」

(千賀部長!? どうしよう、私がここにいるのを見られたら、変に思われる)

一人であたふたしていると、私を膝の上から下ろし、立ち上がった隼人が、スタスタとドアの方に向かっていく。

「は、隼人……!」

顔だけ振り向かせた隼人の頭上には、はてなが浮かんでいる。

「そこにいろ」

(そこにいろって……)

隼人がドアノブに手をかける。

(もおお、知らない……!!)

ドアが開かれ、いつもとは違うフォーマルなスーツに身を包んだ千賀部長がいた。

(あれ……?)

千賀部長は驚くこともなく、部屋にいた私を見て微笑む。まるでここにいることが分かっていたかのようだった。目が合った千賀部長に、私は咄嗟に笑顔を作ろうとしたが、苦笑いしか出来なかった。

「副社長。もすぐスピーチのお時間ですので、会場にお戻りを」

「ああ、そろそろかと思っていた。……椿」

「は、はい……!」

私のあたふたした様子を見ると、口の端を上げ、意地悪そうに微笑む隼人。こんな時にまでこの人はと思う。

「俺は会場に戻るけど、君はどうする?」

「あ……」

隼人のスピーチを聞くのに会場に戻りたい。けど、葉月ちゃんのことも気になる。

「葉月ちゃん……中山さんの様子を見に行ってきます」

「そうか」

隼人はあっさりとそう言い残すと、部屋を出て行った。千賀部長は先を歩く隼人と私を交互に見て、微笑ましそうにしていた。

(やっぱり。千賀部長、知ってるよね……)

隼人達を見送ると、紫さんに連絡を取り、私は二人がいる客室に向かった。


「葉月ちゃん……!」

ドアを開けると、ベッドの上にはすやすやと眠る葉月ちゃんの姿があった。

(よかった……落ち着いたみたい)

ベッド脇の椅子に座る紫さんが、軽く片手を上げる。

「彼女、ちょっと飲みすぎちゃったみたいだね」

葉月ちゃん、いつもはこんな風にお酒を飲む子じゃないんだけどな。豪華なパーティーだったから、つい楽しみすぎちゃったんだな。

葉月ちゃんの頭を撫でると、葉月ちゃんは気持ちよさそうに微笑んでいた。

(いい夢でも見てるみたい)

「さっきは、びっくりしちゃったね」

「はい……でも、隼人が来てくれたので大丈夫です。紫さんも、ありがとうございました」

「いやいや、俺は何も。ただ、今日は隼人の大切な日だからね。騒ぎは起こさない方がいいと思って」

マスコミは会場内にいたから、カメラで撮られたりすることはなかったと思うけど、暴力沙汰を起こしているなんて勘違いをされたら、隼人の立場がなくなる。隼人は、ああ言ってくれたけど、これからは私も気をつけないと。

「恵美子さん、見てるかな……」

天井を見上げ、独り言のように呟かれたその言葉に、私はきょとんとした表情をしてしまった。

恵美子さんって、誰のことを言っているんだろうか。

そんな私の顔を見た紫さんが「あっ」と言うような顔をする。

「恵美子さんっていうのはね、隼人のお母さんの名前なんだ」

「……そうでしたか」

慎重に、伺うように私の顔を覗き込む紫さん。

「隼人のお母さんのことは……」

「はい、隼人から聞いています」

紫さんは「そっか」っと、安心したように肩をすくめた。

「やっぱり。椿ちゃんには、全部話してるんだね」

「紫さんは、その……隼人の荒れていた時期も、知っているんですよね……?」

「うん、そうだね……確かに、あの時のあいつは酷かったよ……だけど、ある時、俺の元に来て言ったんだ。『好きな人ができた』って。それが、椿ちゃんのことだった。昔から、少し冷めたところがあって、あまり何かに興味を持つようなやつじゃなかったから心配でさ。でも、そんなあいつが、椿ちゃんを愛した。嬉しかったな……あいつも、誰かを愛せるんだって。……恵美子さんも、きっと椿ちゃんに会いたかっただろうに」

あんなに優しい人を育てた方だもの、恵美子さんも、きっと素晴らしい方だったはず。

「そう思ってくれていたら、嬉しいです……」

「思ってるに決まってるよ!」

食い気味にそう言った紫さん。そんな紫さんに、私はクスッと笑ってしまった。

「ごめん、なんか俺、元気よすぎた?」

「いえ、自信がつきます。ありがとうございます」

私も会いたかった。隼人を産んで、慈しんで育ててくれたお母さんに。会って、ありがとうございますと言いたかった。

「あっ、そろそろ、スピーチ始まっちゃうんじゃない??」

「あっ……」

そうだ、隼人のスピーチ聞かないと。

「彼女のことは俺に任せて、行った行った!」

「ありがとうございます。お願いします!」

紫さんに促されて、私は急いで客室を出る。駆け足で会場に戻り、用意されていた自分の席に腰を下ろすと、タイミングよく、隼人がステージに上がった。司会者からマイクを受け取った隼人と目が合う。私を見た隼人は、小さな笑みを浮かべると話し始めた。

「本日は、宝月ホールディングス創立記念パーティーにお越しいただき、誠にありがとうございます。こんな素敵な夜を皆さんと過ごせて、大変光栄に思います」

(隼人、すっごくかっこいい……)

堂々とステージに立ち話す隼人を見ていると、胸に熱いものが込み上げてきた。

「__さて、ここで皆さんに一つ発表があります。伊藤椿さん」

いきなり名前を呼ばれたかと思うと、隼人が私に向かって片手を伸ばしていた。

「え……」

会場内の視線が私に注がれ、カメラまでもが私を捉えていた。

(ど、どういうこと??)

唖然としていると、隼人がまた私の名前を呼ぶ。

「伊藤椿さん。俺の手を取っていただけませんか?」

甘い笑みと柔らかな声に、私は吸い寄せられるように席を立ち、隼人の元へ行く。差し出された手を取ると、一気にフラッシュがたかれた。隼人は私の手を握ると、再びマイクに向かって話し始める。

「彼女は伊藤椿さん、宝月貿易の社員です。そして__私が将来を見据えて、真剣にお付き合いをさせていただいている方です」

隼人の突然の告白に、会場はざわつきだす。隼人に手を引かれてステージを下りると、真剣な顔でこちらを見ていた隼人のお父さんの前に立つ。

「父さん。この方が、俺が言っていた運命の方です」

隼人のお父さんが私を見据える。ぐっと心臓を掴まれたかのように緊張が走る。

「……そうか。やっと、会えたんだな」

「はい……」

隼人のお父さんは、椅子から立ち上がった。

「椿さんと言ったかな」

「は、はい……」

目を細め、じっと私を見る隼人のお父さん。その瞳は、何かを懐かしむようだった。

「恵美子に似ているな」

(恵美子って……隼人のお母さんの名前……)

「息子をお願いします」

「えっ……」

隼人のお父さんはそう言い、隼人によく似た笑みを私にくれた。

「……はいっ!」

(どうしよう……今、すごく嬉しいかも……)

トンっと、背中に手を置かれる。

「行こう。あとは父さんが上手くやってくれる」

言われるがまま、私は隼人に手を引かれ、会場外へ向かう。途中、私たちを見送る千賀部長や、社員の姿が視界に入った。みんな笑顔で私達に拍手を送ってくれている。入り口には、紫さんと、酔いが覚めたのか、笑顔で拍手をする葉月ちゃんが立っていた。通りすがりに拳を合わせる隼人と紫さん。

スタッフからコートを受け取ると、二人で螺旋階段を登って行く。

「どこに行くの?」

「それはついてからのお楽しみだ」

船首に立つと、隼人は私の前に膝まづいた。握っていた私の左手を上に持ち上げ、手の甲にキスをする。そして唇をつけたまま、流れるように人差し指にもキスをする。胸が高なって、どうしよもなく隼人を求めて、体が熱くなる。

「改めて言わせてくれ」

私を見上げる隼人。灰色の瞳。かつて、何も感じない、例えようのないほどの孤独があった瞳。そんな彼が私を愛した。それが私の誇り。

「伊藤椿、一生愛すると誓う。俺と結婚してくれるか?」

私の答えは決まっている。

「もちろん……あなたと結婚する」

抱き寄せられ、すぐに甘いキスで口を塞がれた。冷たい唇がすぐに温まる。

「愛してる……手放すつもりなんてないから、覚悟しとけよ」

「私だって、隼人から離れるつもりなんてないから、覚悟してよね」

「ふんっ、気が強い女だな」

「嫌いじゃないでしょ?」

「ああ……たまらなく君が愛おしいよ」


 ーーEnd ーー

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この愛だけが運命で永遠だから 黒彩セイナ @suzurann4444

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