1-6

 そこで、月人が席から立った。


「冬紀、そろそろ俺部活行くわ、飽きてきた」

 

「うん。僕ももう帰るよ」


「あと都から連絡あって、今日は生徒会と部活があるから夕方家に行くってさ」


「……そう」


 まぁ柳眉を逆立てて迎えに来られるよりはまだマシかもしれない。執行猶予がついただけだが。

 月人は僕に手を挙げてみせてから、大きなバッグを持って教室を出て行った。


『今のが前に話してくれた加島月人くんよね。あと幼なじみは紙代かみしろみやこちゃんがいるのよね』


 カシアの声にふと思いついて、僕は誰にも聞かれないくらいの最小の声で、

「そうです」と言ってみた。


『あ、聞こえた』


 思わず笑いそうになるのを堪えた。吸血鬼の聴覚は地獄耳どころではないようだ。


「色々聞きたいことはありますけど、またゆっくり話しましょう。今日は友達をたくさんつくってください」


 めちゃくちゃ小声で言ってから僕は立ち上がった。いい加減、帰宅部としての部活動に励むとしよう。


『あ、待って。私も一緒に帰るよ』


 驚きでむせそうになった。感情が乗ると小声で喋るのは意外と難しい。


「ダメです。話したでしょう、僕は嫌われてるんです。知り合いだなんて思われたら」


 言い切る前に、カシアの念波が脳内に響いた。


『でもそれって、単純に冬紀の好きなものの話でしょ? 絶対誤解があるじゃん。気にする必要ないよ、冬紀のことをちゃんと知れば理解してくれるって』

 

 そうかもしれない。

 幼い頃はそうであってほしいと願って行動に移したこともあった。でも、固定観念というものは恐ろしく硬く、人の言葉で割ることは不可能だと悟ったのは随分と昔のことだった。月人や都の人望があっても無理だったのだ、仮にカシアになんとかできたとしても、今更である。

 僕はもう他人を諦めていた。もしかしたら自分自身にすら諦めがついているのかもしれない。

 だからこそ、僕はカシア・シルヴァレイズという人に憧れたんだ。彼女の生き方の全てに。


「そういう話も今度ゆっくりしましょう。今は学校を楽しんでください、夢だったでしょう」


 鞄を提げて教室を後にしようとしたとき、なぜか僕はカシアの声がよく聞こえた。念波ではなく、直の声だった。


「みんなごめんね。今日は帰らないといけないから」


 カシアはそう言って立ち上がる。

 周りの女子の何人かは部活をサボってでもカシアと一緒に帰ろうとする素振りや口ぶりだったけれど、それよりも先にカシアが言葉で制した、制してしまった。


「私、今日は宮浦くんと帰るの。ごめんね、また明日」


 その台詞を聞いた人全員の視線が僕に向いた。そのほとんどは疑念だったけれど、早くも侮蔑の念が込められているものもあった。ただ、僕はそれらに構うことができないくらい、動揺しまくっていた。

 慕ってくれていたクラスメイトたちを置き去りにして、カシアは鞄を提げて僕の方へ歩み寄ってきた。


「じゃ、帰ろうっか。宮浦くん」


 誰もが親しみを覚える笑顔を前にして、僕はいまどんな顔をしているだろう。

 

 少なくとも、ここで笑い返せるほどの胆力が、僕にあるはずがなかった。

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ブラッド×ブラッド 名月 遙 @tsukiharu

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