stage.28「こいつまた女の絵描いてやがるぜ~!」

――おー、相変わらず興味深い言動だね。


――リンドゥ! 他人事だと思って~!! ひっ……!?


 西城は勢いよく体を起こすと、顔を引くつかせている後輩JKに向かってじりじりと歩み寄る。瞳をぎらつかせて迫る変質者に、青空は後ずさった。


「は? え? な、なんでわたしがくるって……?」


 ぐるぐる目で自分の体を抱きしめる少女の眼前で、西城は突然、手を天に掲げて叫ぶ。


「ぬぁにをとぼけているぅ! ソレイユたんと親し気に話していたではぬわいくぁあ!?」


「あ、あれは……」


「それに君が宇宙蛇神社の巫女さんなのは知っている! 巫女がアイゼツティアと親しい間柄ということは……宇宙蛇伝説となにか関係があるのではないかぁあ!!??」


 迫りくる興奮しきった顔の迫力に、青空は涙目で動けなくなってしまった。鼻先に荒い息がかかり全身の毛穴が広がっていく。


「わ、わたし……なにもしらないっ」


「そんなわけあるまいぃ! もうひとつの伝説と語られる白き聖女との関連性も――」


「西城ぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!」


 今にもへたりこんでしまいそうな青空だったが、突如轟く絶叫で瞳に光が戻った。呂井ヒロミが校舎から全力疾走で駆けてきたのである。


「女の子になにしてんだぁぁ!!」


 荒々しくも凛とした雄叫びをあげ、ヒロミは夕陽を背にして天高く跳びあがった。


「ヒロミ氏!? 待て、これはちが――」





 慌てて弁明する西城に向かって、ヒロミは助走の勢いを全て右足に乗せた必殺の飛び蹴りを叩き込む。


「ぐぅあぁっはっ!!??」


 腹にローファーがめり込み、西城は眼鏡を弾き飛ばしド派手に吹き飛んだ。地面に転がった先輩と、目の前に着地して口の端から白い息を洩らす先輩とを交互に見て青空はさらに困惑する。ぱちくりと瞬きをして固まる後輩に、ヒロミは穏やかな微笑みで振り返ると肩をすくめた。


「はぁ~……ごめんね、こういう話になると歯止めが効かなくなるんだよ」


「だ、だいじょうぶです……」


「神話や伝説は男のロマンじゃないくぁあ!! 某はそのために龍ケ岡に入学したのだ!! 龍が舞い降りたというこの地に!!」


 土に塗れてもなお西城は立ち上がり、空に吠える。情熱に燃える男に二人が冷ややかな視線を送っていると気だるげな声が響いた。


「元気だな、お前ら~……まだ出発前だぞ」


 三人が振り返ると、校舎から神崎が二つの人影を伴って歩いてくる。


――大地! 隣の人は……


 もう一人にも見覚えがあり青空は目を見開いた。神崎は生徒を見回すと黒服の男に手をかざす。


「全員揃っているな? こちら機関から派遣されたSAD隊員の杉田すぎた一剛いちごうさんだ」


「君たちの協力に感謝する。これは危険な任務になるかもしれない……だが、その勇気に誓って俺が必ず守る」


 杉田が深々と頭を下げて、一瞬で生徒たちに緊張が走った。生唾を呑み込む生徒たちを見て神崎は深く頷く。


「それじゃあ、もう一度説明したら出発するぞ。今日は七星ななつほし小学校の通学路を巡回する。なにか異変を感じたら俺か杉田さんにすぐ伝えろよ」



♡ ♡ ♡ ♡



「よし、ここまで異常なし」


 杉田を先頭にして青空たちは、街の中を練り歩いている。道行く人々は、一見すると普通に日常を過ごしてるように見えるが……


「街の人みんな、暗い顔してるね」


 青空は眉を落として、隣を歩く大地の顔を覗きこむ。彼もまた、憤りで顔をしかめていた。


「あんなのがポンポン現れたらな」


 大地は自分の左腕を見つめて、一週間前の戦いを思い出す。暴竜の前になすすべなく倒れる自分と、身を挺して打倒した少女。己が無力さに漢の拳が震える。


「腕、もういいの?」


「ん? まあな。ほら、この通り」


 手を開いては閉じて笑う大地を見て、青空は表情をほっと緩ませた。亞獣の影は今のところなく、一定の緊張感は維持しながらも、どこか和やかな空気が漂う。


――ふわ~……暇だし、ボクは寝させてもらうよ。


――ちょっと、リンドゥ?


 能天気な白蛇に溜息をついていると、先頭を歩いていた杉田が振り返り西城の顔をまじまじと見た。


「そういえば西城君に呂井君、二人もプロミネンスランドにいなかったかい」


「いましたよ、こいつに誘われて」


「やはりか。あんな目にあったのに志願するとは……立派だな」


「ふっ……ヒーローに憧れるのは漢のさがなり。ヒロミ氏も、バーチャルブートキャンプに付き合ってくれて感謝するぞ」


「まあ、それなりに楽しかったからいいよ」


 ヒロミが肩をすくめて笑うと、西城はも嬉しそうに眼鏡を人差指で押し上げて口角を上げる。


「それはなによりだっ! 同士と連絡が取れなくなってしまって……某も人と連れ立って赴くのは久方ぶりで実に楽しかったぞ」


 腕を組んで頷いている西城の横顔を、杉田は少し険しい顔つきで見ていた。


「バーチャルブートキャンプ……まさか、ジキルかい?」


「そうでありますが……もしや杉田氏も同士なのですくわぁ!?」


「ああ、いや。本部で世話になった先輩が好きだったんだよ……」


 杉田は、眼鏡を輝かせる西城から目を逸らし眩しそうに遠くを見つめる。その顔が、青空にはどこか寂し気に見えた。にわかに一行を包んだ重い雲の下、大地が口火を切る。


「杉田さんの先輩、猿渡さわたりじんさんは、一年前に行方不明になっているんだ」


 杉田は、代わりに答えた大地にゆっくりと向き直り、頷いた。


「先輩は、俺たちに先立って日本に派遣されたんだ。あの頃は、政府も亞獣の存在を知らず、不可解な行方不明者の増加を調査という任務だった。だが調査の途中で……」


「そんな……」


 窒息するほど重苦しい空気に支配され、六人一様にうつむいた。そのとき、遠くから子どもたちの声が響く。


「うっわー、エロだエロ~!」

「こいつまた女の絵描いてやがるぜ~!」


 きょろきょろと青空は見回して、公園の入り口近くでランドセルを背負った男の子たちが一人を取り囲んでいることに気付いた。


「や、やめてよ~……」


 真ん中で、羽根型の髪留めをした男の子がスケッチブックを引っ張られ、大きな瞳を潤ませている。


「いじめ!? 神崎先生、ちょっといってきます!」


「波蛇ぁ、勝手な行動は……」


「ごめんなさい! 困ってる子はほっとけないので!」


 神崎が制止する間もなく、青空は少年のもとに駆け出していた。今にも泣き出しそうな男の子に手を伸ばし息を吸い込む。


「こらー! その子に――」

「なにしてるのよ!!」


 もうひとつの声が重なり、青空は呆気にとられた。反対側からしかめっ面の少女が全速力で突っ込んでくる。


「げっ……サヨだ」

「にげろにげろ~!」


 いじめっ子たちは苦虫を嚙み潰したような表情になるやいなや、男の子を突き飛ばした。


「あぶなっ!?」

「むきゅ……!?」


 咄嗟に男の子を抱き留めた青空の横を、いじめっ子たちは走り抜けていく。


「まてこらー!!」


 尻尾巻いて逃げ出したいじめっ子たちを、鬼の形相で少女が追いかけていった。


「な、なんだったの……?」


「むーっ! むぅ~っ!!」


 遠ざかっていく背中を呆然と見ていた青空だったが、呻き声にハッとして下を向く。胸の中でがっつりホールドされた男の子がもがいていた。


「うわぁ! ごめんごめん!!」


「だ、大丈夫……です」


 青空の腕から解放された男の子は、顔を赤らめてもじもじと指を絡ませている。水色の髪は首もとまで伸び、ぱっちりした目と相まって女の子に間違われそうな容姿だ。


「えっと……助けてくれて、ありがとうございます」


「えへへ、どういたしまして」


 少年はぺこりと綺麗なお辞儀をして、青空は照れくさそうに笑う。だが、男の子は突然顔を上げて、何かを探すように周囲を見回した。


――? そういえばスケッチブックを大事そうに……あっ!


 青空は何気なく足元を見下ろして、自分の後ろにスケッチブックが落ちていることに気付く。徐に屈んだ青空を見て、少年の顔は青ざめた。


「あ、だ、だめ!!」


 拾おうと伸ばした腕が途中で止まる。スケッチブックは落ちたはずみでページが開かれていた。


「これって……」


 真っ白な紙の上で、競泳水着のような戦闘服に身を包み、勇ましくも美しく戦う少女の姿に、青空の頭はホワイトアウトする。描かれていたのは、まごうことなく青空自身ティアスカイだった。

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恋姫慟哭アイゼツティア💔 負けヒロインが変身ヒロインになって勝つ話  葉花守にしき @HaKaMori2525

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