stage.27「さあ! 正義を執行しに参ろうではないくぅわぁああ!!」

「また亞獣でたって~」

「もー毎日じゃん! うっわ、お気にのブティックが……」

「この間、姉貴が彼氏とデートしてたら……」

「こえ~、手つなぐのもやばいんだっけ?」


 月曜早朝の龍ケ岡学院2-A教室、生徒たちは「昨日のテレビ番組見た」程度のテンションで亞獣のネット記事について語り合っていた。プロミネンスランドの事件を契機に亞獣被害は毎日のように発生しており人々を脅かしている。しかし慣れとは恐ろしいもので、一週間も経つと若者の間ではある種ゴシップのひとつという認識になっていた。その要因のひとつとなっているのが……


「でもアイゼツティアがいるからな!」

「そーそー、この熊みたいなのはソレイユが倒したんだぜ」

「ごつくてかっこいいわ~」

「でもウチはやっぱりスカイ様! 見てよこのファンアート、ちょーカッコ良くない?」


 人々を守る存在が、亞獣への恐怖を和らげているのである。映画でも見たかのように話すクラスメイトたちを見て、波蛇青空も凡庸ぼんような女子高生として笑っていた。机の脇に置いたスクールバッグの中からリンドゥが感慨深い口調で語りかける。


――キミたちもすっかり英雄だね。


――別に、わたしにはもう関係ない……ヒマが元気になったのはよかったけど。


 青空はまるで他人事のように聞き流し、目の端に映していた大地と話しているヘレナに視線を移した。


――いいなぁ……いつも一緒で。


――亞獣の調査をしてるって話していたね。恋人らしいことはしていないんじゃないかな。


――そうかもだけど…………ほんと、なにもわかってないっ!


 共感性皆無の白蛇に青空が頬を膨らませていると、突如スマホの画面が目の前にかざされた。


「青空も見て『すぱ郎』先生のスカイ様! まじで尊いから!!」


 瞳から青い光をほとばしらせて拳を振るうスカイを、満面の笑みを浮かべたジュンに見せられた青空は思わず頬を引くつかせる。


「あ……あはは。綺麗な絵だねー」


 魔法少女系のファンアートに定評のある『すぱ郎』というアカウントがSNSサイトに投稿したイラストで、今なお拡散され続けていた。


「でも、ランドの戦いのあとからスカイ様って目撃されてないんだよねー、大丈夫かな……?」


 スマホを見つめて眉を落とすジュンの姿に、青空は心臓に針を刺されるような思いになり顔をしかめる。


「きっと大丈夫だよ」


――わたしが戦わなくたって……。


 苦笑いを浮かべて目を逸らす青空だったが、向き直ったジュンに手を取られて呆気にとられた。


「青空はなにか知らないの?」


「え!?」


「アイゼツティアと知り合いなんでしょ~? ほら」


 青空の眼前に再び向けられた画面には相変わらずSNSが映されている。数分前の投稿でソレイユと話す青空の写真とともに『この子何者?』とコメントが添えられていた。


――プライバシー!!??


 青空が眉を吊り上げると、タイミングよく『表示できません』という文字が現れる。


「あ、消えた。こんな感じですぐに消されちゃうけど、噂になってるよ? ねえねえ、どういう関係なの? スカイ様とも会ったことあるの? 好きな食べ物は??」


 顔を近付けたジュンに質問責めにされて、青空は体温があがっていくのを感じた。遮るように出した両手を振りながら目を泳がせる。


「あーいやー、えっと~……」


「ちょっと、ジュン? アオが困ってますわ」


 青空が冷や汗をかいていると、巻き毛をいじりながら歩いてくるヘレナが、目でジュンを窘めた。


「もうすぐ予鈴ですわ」


「あ、ごめんね。青空」


「ううん、気にしないで」


 手を合わせてクラスメイトのもとにかけていくジュンから目を離して、ヘレナは青空の後ろの自分の席に座る。


「ありがと、ヘレナ」


「気にしないでくださいまし…………それで? 一体どんなことに巻き込まれているんですの?」


 力のない笑顔で振り返ると、ヘレナは真剣な眼差しを向けていた。青空は大げさに手を振って誤魔化す。


「ほ、ほんとになんでもないよ?」


「嘘、ずっと様子がおかしいですわ。ワタクシの目は誤魔化せません」


 ヘレナはメトロノームのように高速で揺れる青空の手を握り、真っすぐに瞳を見つめた。


「ワタクシ、力になりたいんですの……」


――青空、わかってるよね。


 しかし、白蛇に囁かれて、少女は気丈な微笑みをつくる。


「大丈夫だから」


「そう……ですの」


「あっヘレナ……」


 ヘレナが手を離して、うつむいてしまい、青空の笑みが崩れた。かける言葉を探すが見つからず、それでも口を開きかけるが、遮るように予鈴がなる。


「お前ら~朝礼始めんぞ~……」


 鐘とともに、神崎が教室に入ってきて生徒たちはぞろぞろ着席していく。猫背の担任はのっそりと教卓へと歩いていく。


「ねずっちー、今日も早いね~」


「佐久間ぁ……はぁ、もういい。今日は、お前らに大事な話がある」


 神崎は教卓に手をつき、首を回して生徒たちを見つめた。いつも以上に鋭い目つきに全員の背筋が伸びる。


「亞獣と呼ばれる怪物が暴れまわってんのは知ってるな~。この件に関して、うち龍ケ岡学院はSADと協力して対策を行うことになった」


 真剣なトーンの神崎から飛び出した情報でクラスにどよめきが走った。


――対策……?


「なんでうちでそんなこと」


「要請があったんだと、学院には最先端の設備が揃っているからな」


 頭を掻きながら不本意そうに話す神崎にざわつきが大きくなっていく。


「あ~お前らが動揺するのはよくわかるが、よく聞け。その一環としてSADのパトロールにうちの生徒が同行して、亞獣の発見と市民の避難をサポートする」


「それって危なくない……?」


「ああ、隊員が守ってくれるとはいえ安全の保障はできないだろう。だから立候補制をとりたい」


 顔を見合わせて囁き合う生徒たちの中でただひとり、廊下側一番前の男子は、静かに耳を傾けていた。神崎は視線だけを動かして大地を見る。


「一人は、本郷に行ってもらう。既にSADと関わりがあり、生徒会長として学校の顔でもあるからな……なにより本人の希望だ」


――大地が!? ヘレナは知ってたの!?


 大地の背中を見つめて、目を瞬かせる青空の後ろで、勢いよく席を立つ音が鳴った。


「でしたらワタクシも立候補しますわ!」


 ヘレナは勢いよく手を挙げて立ち上がり、食い入るように神崎を見つめる。しかし神崎は静かに首をふった。


「お前はだめだ。仮にも海外から預かっている生徒に万が一があったら国際問題になりかねん……まして、ブラウン夫妻の一人娘だ」


「また、お父様……? お母様とずっと宇宙にいて、会ったこともありませんわ……!」


 青空が振り返ると、ヘレナは拳を握りしめ、自分の机の角を見つめている。悔しさで震える少女を見て、大地が立ち上がる。


「ヘレナには、俺のいない間の生徒会を任せたい。君にしか頼めないんだ」


「ロボ研と政府で対亞獣武装を開発する共同プロジェクトもある。協力したいんだったら、そっちを手伝ってくれ」


 二人に説得され、ヘレナは肩を落として着席した。


「わかり……ましたわ」


「へ、ヘレナ……」


 青空は心配そうにヘレナを見つめていたが、力強く手を掴まれて鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。


「アオ、ワタクシの代わりにお願い」


「え!?」




♡ ♡ ♡ ♡




「ふんふふんふふ~ん」


 放課後、青空は鼻歌を歌いながら下駄箱の前を歩いていた。


――ずいぶんと、ご機嫌だね。


「だって大地と二人でパトロールだもんっ」


 少女は軽やかに簀の子に上がり、ローファーを取り出してお辞儀をするように床に置く。


――ヘレナには、悪いことしてる気分だけど……これくらい、いいよね。


 靴を履き替えた青空はスキップで昇降口を出て、集合場所である校庭に向かった。


「あ、大地もういる。生徒会に寄ってからって言ってたのに、仕事早いな~」


 青空は上機嫌で手を振って、校庭の真ん中に立つ人影に駆け寄る。


「やっほ~、大地~♡」


 しかし、それは最愛の幼馴染などではなかった。


「ぬおぉぉおおおお!! 来ると思っていたぞ青空たん!!!!」


「は?」


 眼鏡を輝かせた男が体をのけ反らせて青空を指差す。なんの因果か、またしても前に現れた西城丈二に、少女は部屋の中で虫を見つけたときと同じ表情で固まった。


「さあ! 正義を執行しに参ろうではないくぅわぁああ!!」

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