第4話 お前はもう……

 首の枷を外せと強く願ったら、俺の指は勝手に動いて枷を分解した。要した時間、およそ0.5秒。首を抜き、すでに落下を開始していたシオンのギロチンの真下に構えるまでの時間、およそ1秒。


「うりゃ!!」


 迫りくるギロチンの刃を止めろと強く願いながら腕を振り上げたら、指が勝手に動いて刃の重力加速を片手でバシッとキャッチした。


 そして……


 ミシミシミシミシ……

 バキャ!


 簡単に割れた。これで2秒。

 お疲れさまでした。


「なにーー!!]

「な、なにをぼさっとしている兵士ども!早くヤツを捕まえんか!」


 ビビり散らかして腰を抜かす処刑人2が兵士に命令を下す。


 ん?なんかゾロゾロ雁首そろえて向かってきやがったな。

 しゃらくさい。


「ぐぇ!」

「がはっ!」

「うげぇ……」


 俺に歯向かうアホどもを駆逐せよと命じたら、指が自動で敵の動きを止める秘孔を突き、敵戦力の無力化に成功した。


「シオン様。お怪我はございませんか?」

「あっ……」


 あまりに急な状況の変化にシオンは言葉が出ないご様子。

 まぁ、そりゃそうなるよね。


「申し訳ございませんシオン様。詳しい話は後でさせていただきます。とりあえず、この場は一旦引かせていただきますので……よっと」

「ひゃあん」


 俺はシオンを軽々とお姫様抱っこした。

 あ、“指”の力でね。


「走ったら疲れるので歩いて行きますね」

「えっ?あの、アル。抱っこしてもらっといて言うのもアレなんだけど、走って逃げないと、また捕まっちゃうんじゃないの?」


 言われていることはごもっともなんですけどね。ただあくまで俺が手に入れた力というは“指”だけなんで、体力が上がったりとか足が速くなったとか、そういうのは一切ございません。


「えーっと、まぁ、大丈夫です!」

「いやん、アル。その笑顔、可愛すぎて死ぬ」


 なんとなく安心させようと思って笑ってあげたら、真っ白だったシオンの頬に少し赤みが戻った。声も出せるようになってきたみたいだし、少し元気出てきたかな?


「ぐへへへ。おい罪人ども」


 俺たちが進む群衆が割れた道の途中。目の前に巨大な筋肉禿髭ダルマが待ち構えていた。身長は俺の三倍くらいあるだろうか。横幅は五倍以上ありそうだ。


「このまま黙って逃げられると思うなよ?上からのご命令だ。貴様はS級処刑人であるこのオレ様、[憤怒のブブカ]が直々にミンチ肉に……」



 テクテクテクテク……


 ブスッ!!



「ぐへへへ。効かんなぁ。俺の身体は鋼鉄の筋肉で覆われている。そんな程度の攻撃、蚊に刺されたようなもの……が……あっ?」

「俺の指に貫けぬ肉などない。●ね」

「あ、が……そ、そんにゃ……おでの、きんにくが……ごふっ!!」 


 命を奪うつもりではあったが、軽く敵の胴体を指で一突きしたら、そのまま前のめりに突っ伏してまったく動かなくなってしまった。


 原理はまったく不明だが、おそらくこの筋肉禿髭ダルマは俺たちの変わりに天国へ旅立ってくれたのだろう。


 いやこんな悪そうな奴、地獄行きに決まってるか。


「きゃあああああ!!」

「うわああああ!!S級処刑人のブブカが一撃でやられた!!」

「ちょっと護衛の人!黙って見てないでアイツらなんとかしなさいよ!!」


 群衆の混乱がさらに激しさを増す。

 もはやこの異常事態を収拾できるキャラなんて、この街にはもういないだろう。


 ……


 いや、1人いるな。

 この乙女ゲームの主人公だ。


 今の時点でヤツの計画は失敗している。俺もろとも断じようとしたのかまでは定かではないが、少なくとも悪役令嬢シオンの抹殺は未遂に終わっている。


 もしどこかでこの状況を静観しているとすれば……

 混乱に乗じて、なにか仕掛けてくるかもしれない。


 この人でごった返した空間で、あの悪逆非道闇落ち主人公の相手をするのは分が悪すぎる。やはり一旦立て直すためにも、早くこの場を一時退避しなければならない。


「シオン様」

「ア、アル……私……」

「先ほどはお近くで敵の見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ございませんでした。やはりこのままゆっくり街を出るのは、得策ではないかもしれません」

「で、でもアルは走れないのでしょう?」


 そう。なので俺、ちょっと考えたんだ

 “指”の力で、なんとかならないかなって。


「シオン様。私にしっかり捕まっていてくださいね」

「アル、いったい何を……」

「飛びます!」

「はい???」


 そう言って、俺はシオンをさらに力強く抱きしめ、しゃがんで右手を地面に置いた。そして、こう命じた。


「神の指よ!俺たちを魔法都市ザウメンまで飛ばせ!」


 作中最大の魔法都市ザウメン。この都市なら、これからの準備面でも戦略的な意味でも最適な選択ができる。さすがに無茶な命令をしていることは自分でもよくわかっている。でも!この神の力ならば、きっとなんとかしてくれるはず!


「わぁ……綺麗……」


 俺の指が、まばゆい光に覆われる。

 優しく淡いシャイニング。シオンも息を呑んで見守っている。


 これは本当に、なんとかなるかもしれない。


「しっかり捕まっててくださいね!シオン様!」

「……ねぇ、アル」

「なんですか?シオン様」

「私、実は……」

「?」

「い、いえ。なんでもない、なんでもないわ!」


 指先から地に放たれた魔力なのかオーラなのかわからない光に包まれ、俺たちは無実の罪を着せられた街を後にした。




 ――シオンの奴、いったい何が言いたかったんだろうな。


 あ、もしかして……



◇◇ ◆ ◇◇



「はぁん……ふむぅ……ち、ちょっとアル。ダメよ、こんなところで……」

「シオン様。俺、もう……」


 俺の指から発せられたあの優しい光は、転移の反応色だった。光に包まれた俺たちは無事、魔法都市ザウメン……の近くにある、森小屋の前に飛ばされた。


「お、落ち着いてよアル……ね?この後の事とか色々話し合わないとイけないし……って、あっ!そ、その指はダメぇ……」

「シオン様ぁ!!」


 小屋に入るなり我慢できなくなった俺は、即座にシオンとまぐわう事を望んだ。

 だってずっと我慢してたんだ。この状況でその欲を耐える事なんて、普通の人間の雄なら絶対に出来ない。


 ああ、わかってるよシオン。ここに飛ぶ前、俺に言いかけた一言はそれだったんでしょ?君もずっと、あの夜のことが忘れられなくて、また俺と交わりたかったんだよね?そうだよね?


「ああ……」


 もうすぐ日が暮れ、夜の帳が静かに森を包む頃だろう。


「(アル……もう、逃げられないからね)」

「えっ?」

「ううん。なんでもない……」

「シオン様ぁ!!」


 いつもは静寂に包まれているであろうこの森で、今宵、俺たちの激情的な愛の調べが延々とこだましていた。





~おまけ~


「ねぇ、メルト」

「なんだ、リンネ」

「今、絶対仕留めるチャンスよね?」

「ああ、そうだな」

「……なんで、さっきからずっと見てるだけなのかしら?」

「いや、敵ながらなんかいやらしいなって思って」

「あっ……。実は私も、さっきからずっと……(モジモジ)」

「リンネ!!」

「ああん!メルトォォォ」



 アルとシオンが破滅フラグを一旦回避したあの日の夜。魔法都市ザウメン近くの森には、もう一組のカップルがいた。


 闇落ちルートを突き進む主人公メルトとヒロインで姫騎士のリンネ。


 彼らはずっと、アルとシオンを監視していた。


「悪役令嬢シオンとその使用人、アル!お前たちにはもう、明るい未来など待ってはいないのだからな!まぁせいぜい、今日だけは淫靡な夜を楽しんで……」

「あん、メルト。今はそんなこと……」

「ああ、そうだな……」


 いつもは静かなこの森で、神に運命を翻弄された二組の男女が交わりあう。




――――――――――――――――――――――


 最後までお読みいただきありがとうございました。

 フォローもしくは★レビュー、コメント、応援。なんでもいいですのでご評価いただけると嬉しいです。よろしくお願い致します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生直後に推しの悪役令嬢を抱いてしまったモブの事後 十森メメ @takechiyo7777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画