第3話 『力なら貴方はすでに持っている』

「この悪魔め!」

「地獄へ落ちろ!」

「ははは!いい気味だ!」


 牢屋から断頭台へ向かう道すがら。

 沿道に集まっていた群衆が、俺とシオンに容赦ない罵声を浴びせてくる。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」

「おい早く歩け、シオン・マクラ―スキ」


 俺の隣を歩くシオンの足取りは鉛を引きずっているように重い。業を煮やした護衛の兵士が彼女に槍を突きつけ、早く歩けとせっついている。


 いったいどれだけ泣いていたのだろう。彼女の目は腫れぼったく、顔は真っ白になっていて生気をまるで感じない。つぶやく謝罪の言葉も誰に向け、なんのために行っているのかわからない。呪言のようにも聞こえて胸が痛む。


「シオン様……」

「貴様もとっと歩け、アル・ナ・アナグラム」


 シオンと歩幅を合わせていた俺にも、無情の槍が突きつけられる。


 もうすぐこの世を去る俺たちに対して、群衆も兵士も容赦がない。憐みや温情と言った感情は誰も持ち合わせていない。そう皆が思い込まされるくらい、このゲームの主人公が悪役令嬢を貶めるために弄した策は秀逸だったのだろう。


 俺は極刑を宣告されてから今日に至るまでの三日三晩、破滅ルート回避の糸口が、俺の持つ膨大なゲーム知識の中のどこかにあるのではないかと思い、必死に思考を巡らせ考えた。それこそ脳がちぎれるぐらい必死に考えた。だが、結局なにも答えは出なかった。


 いや、そもそももし仮に一発逆転の可能性を見いだせたとしても、この状況を打開できる力が、俺にはそもそもなかった。ただのモブ使用人である俺に、主人公のような並外れた運動能力や特別なスキルなどあろうはずもない。


 結局、全ては徒労だった。無駄だった。

 運命なんて変えられない。俺とシオンは今日、一緒に天国へと旅立つんだ。


「(ああ。出来れば死ぬ前にもう一度、シオンとあの夜の続きを……)」


 今わの際なのに、俺は生存本能からか、転生直後のあの熱い夜のことを思い出してしまっていた。横目でチラチラとシオンの顔、首、胸、お腹、○○○、太もも、足首……。身体の全てを隈なく流し見してしまってた。


 ……


 こう、なんていうのかな。

 ボロボロの囚人服を着た悪役令嬢って、なんかエロいよね。こう、なんか征服されて抗えない感じ?ソソるよね。


 それに今気づいたんだけど、シオンの胸。服の下ってアレ、なにもつけてないよね?可愛らしい突起が2つ、さりげない主張を繰り返している。


 ん?


 ……そういえば、あの夜。


 主張の激しいシオンの突起に対して、俺の指は、まるで神の系譜をなぞるが如き不可思議で独特な動きを実現していた。意識してそう動かそうとしたワケじゃない。無意識だった。ただその流麗にして軽やかなる愛技ラブテクは、彼女にこの世のものとは思えない絶対的な快楽の奔流を提供していたと思う。


 その技を全集中で受けた時に見せた彼女の表情は恍惚に満ちていた。明らかに我を忘れて気持ち良くなっていたことは一目瞭然だった。


「……止まれ」

「……えっ?」


 しまった!エロいこと考えてたらもう断頭台が目の前だ!


「それでは処刑人のお二方。あとはよろしく頼みます」

「うむ。貴殿らはもう下がってよいぞ」

「はっ!」


 頭からつま先まで全身黒装束の男らに身柄を引き渡される俺とシオン。


 ギロチンと処刑人。

 もう完全に、刑のカウントダウンが始まってしまったようだ!


「ごめんなさい……ごめんなさい……」

「抗うなよ罪人。せめて最後くらい、清浄なる心であの世へ逝け」


 もはや抵抗する意思も力も残っていないのだろう。

 シオンが空虚な謝罪の言葉を続けながら、断頭台の定位置に首を据えられ、木の枷で固定される。


「さあお前もだ。アル」


 少し抵抗しようとしたが、無駄だった。

 小柄なのに異常に力が強い処刑人が、半ば強引に俺の首を枷に押し込み、鍵をかける。もう上を見る事さえ叶わないが、俺とシオンの頭上には、巨大な死神のカマが舌なめずりしながら斬首の時を待ちわびている。


「(終わるのか、俺は。ここで。このまま、なにもできずに……)」


 死の直前にエロいことを考えていた自分に後悔する。

 最後まで諦めずに、破滅ルートを回避する手立てを考えなかった自分に腹が立つ!


「(せっかく夢のような転生を果たしたのに。あの1回で、もう終わりなのかッ)」


 ……ふざけるなよ!


 あんな至福の時を、1回で終わらせていいハズがない!おれはまだまだ、シオンを愛してあげたいし、愛されたい!こんなワケのわかんない破滅フラグでこの幸せを失ってたまるかってんだよッ!


 ……力さえ、力さえあれば

 この破滅の定めをバッキバキにへし折れるだけの、力さえあればッ!!


『力なら、貴方はすでに持っているわよ』

「(えっ?)」


 だ、誰だ!?

 俺の脳内に直接語り掛けてくる貴女は!?


『絶大なる神の力。今はまだ、潜在意識の奥に閉じ込めているその“指”の力を意識的に使いこなせるようになった時、貴方は貴方の望むもの全てを手に入れるでしょう』

「(ちょ!えっ?力って……指??)」


 頭が混乱する!なんだよ力って!指、俺の指になにかあるのか!?

 それに俺がすでに力持っているって言うのはいったいどういう意味……


 ……


 ……ああ、なるほどね。


 わかっちゃったかもしんない。俺。


『まだ無意識ながら、貴方はすでにその力の一部を使いこなせていた。間違いなく、貴方にはその資格が……』

「(女神様)」

『……って、あれ?私、自分が女神だってこと、貴方に言ったっけ?』

「(この状況ならそれしかないでしょ。俺が不遇な人生歩んだから、サービスで転生特典くれたんですよね?ありがとうございます。この力さえあれば、俺はこの窮地を脱することができるかもしれません)」

『みなまで言う必要は、なさそうね』


 俺がシオンを愛撫した神のごとき指の動きは、もともとえっちな事に使うための仕様ではなかったようだ。


 これは、全ての破滅フラグをへし折るための、神の力だッ!


「なにをひとりでぶつぶつと……。それでは刑を執行する。5秒前。4、3……」


 処刑人の死へのカウントダウンが着々と進行する。

 残り2秒。俺とシオンの運命が決する残された時間。


 ……問題ない。


 すでに能力を自覚した俺には、2秒もあれば十分だ!

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