第2話 なんかおかしくない?

 俺たちが異端審問官ルーウェルに地下牢へ連行されてから、すでに2ヵ月ほどの時が経過していた。


「神の教えに背きし大罪人シオン・マクラ―スキとその使用人、アル・ナ・アナグラムを異端の罪によりギロチンの刑に処す」

「異議なし!」

「悔い改めよ。神に背きし悪魔ども!」

「二度と現世に帰ってくるな!」


 判決の時。

 裁判員らの満場一致で、俺たちの極刑は確定した。


「(……はぁ?どういうこと?)」


 何度この台詞を心の内で嘆き続けたことか。俺は未だにこの一連の事態がまったく理解できていなかった。


 そもそもこんなイベントは聞いたことがない。俺の知っている乙女ゲーム「姫騎士の秘め事」内で使用人が悪役令嬢もろとも断罪されるシーンなど見たことがない。


 ルーウェルのことは知っていた。アイツは主人公が闇堕ちルートを選んだ時にだけ現れる異端審問官だ。主人公に騙されて、シオンに無実の罪を着せて裁くためだけに用意された、都合のいい男の一人だ。


 ヒロインを守るためという大義名分を旗印に、自分たちに仇成すすべての者を断罪していく闇堕ちルート。俺も一度そのシナリオをプレイしたが、ああいった後味の悪い物語を用意した制作陣の心の闇を心配したものだ。


 悪役令嬢のシオンはこのルートだと序盤で極刑に処される。この乙女ゲームの世界はおそらく今、そのイベントが進行中なのだろう。シオンが昨晩、激しさの中にもどこか切なさを醸し出していたのは、自身の運命が近いうちに終わることを悟っていたからなのかも知れない。


「……」


 裁判官と傍聴人に囲まれたこの法廷で、俺とシオンはこの茶番のような判決を無表情のまま受け入れていた。いや、受け入れざるを得なかった。この判決を覆すことなんてできない。俺たちに、そんな力や権力はない。


「(……だが待てよ。さっきも思ったが、このルートで今裁かれるのは本来、シオンだけだ。モブで使用人の俺、アルまで一緒に断罪されるシナリオなんてなかった)」


 そもそもそんなキャラ、存在したこと自体初耳だった。モブ中のモブなんだろう。仮に百歩譲って俺が気づいてなかっただけかもしれないが、それでもゲーム本編で重要な役割を果たすようなメインキャラであることは100%なかったはず。


 それが今、確実に俺もまとめて処分されちゃうこの流れ。明らかに、俺がプレイした「姫騎士の秘め事」のシナリオが歪曲している。もしかしたら、俺の愛するシオンの断罪を回避するフラグが新たに発生し、彼女のことを救えるのかもしれない。


 なんで俺まで裁かれる流れになっているかはこの際無視していいだろう。もう俺には、シオンと一緒にこの理不尽な破滅フラグを全力で回避し、絶対に生き残って毎晩おせっせする未来しか見えていない!


「アル……私、貴方と一緒なら、この腐りきった運命を恨むことなく、あの世へ心穏やかに旅立てそうな気がするの……貴方と、一緒なら……」


 俺に聞こえるように言ったのかはわからない。うつ向いたままで口を動かしていた彼女のつぶやきは、消え入りそうなほどか細く弱弱しいものだった。


 シオン!諦めるのは、まだ早いよ!


「……救ってみせる」

「えっ?」

「俺が絶対、貴女の事を救ってみせます!だから!」

「ア、アル……」

「そんな顔しないでください、シオン様。希望はまだあります!」

「で、でもどうやって……」

「わかりません!」


 それはこれから考える!

 と言っても、この判決が下ってから刑が執行されるまでの期間は、俺の記憶が確かなら恐らく……


「刑は3日後。場所は街の中央大広場で行います。断頭台の準備を前日までに済ませますので、一般の方は今日より三日間、大広場への進入及び進行はお控えください。それではこれにて本裁判を終結します。解散」


 裁判長らしき人物が二度ガベルを打ち、俺たちの絶望の1日が終わりを告げる。


「さあ、来るんだ!」

「痛ッ!や、やっぱり無理ぃぃぃぃ!私、死にたくない!死にたくないよぉぉぉ」

「いいから早く来るんだ!」

「うわぁぁぁぁん!アル、なんとかしてよぉぉ!!」


 護衛二人が、シオンの両脇から腕を挟んで強引に彼女を法廷から退廷させた。おい、いくら判決が下って罪人扱いされてるからって、俺のシオンをそんな雑に扱うなよ!可哀そうだろうが!そもそもその子、確かにちょっと性格はキツイけど、ゲーム内で犯罪になるようなことは何ひとつしていない!


 お前たちは全員、騙されているんだよ!

 このゲーム世界の主人公と、ヒロインにな!


「お前も来るんだ、アル」

「……」


 俺は無言で護衛の兵士を睨みつけた。コイツらも裁判官も、ただ仕事をしているだけだ。悪いのは主人公とヒロイン。ただ、この震えるほど煮えたぎった激情の矛先を向ける相手は、彼らしかいなかった。


「なんだその目は。罪人であることが確定した貴様ごときが、信仰深き我々にそのような眼差しを向けるとは。神が赦さぬぞ」

「何度背信すれば気が済むんだ。貴様には地獄すら生ぬるい。もっと業の深い、地の獄のさらに奥底まで落ち、永遠に晴れることない深淵を彷徨い続けるがいい」


 厨二設定の魔王みたいな台詞を吐き捨てられ、俺は二人の護衛兵士に引きずられる形で法廷を去った。


「(刑の執行は三日後の朝……。まだ、時間はある!それまでに絶対、俺は俺とシオンの破滅フラグを回避してみせる!)」


 そして……


 愛し合う二人が次に顔を合わせたのは、●刑執行の日の朝だった。

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