転生直後に推しの悪役令嬢を抱いてしまったモブの事後

十森メメ

第1話 転生直後に抱いてしまった

 現世でトラックに引かれたところまではなんとなく覚えている。痛みもなく、朦朧とする意識の中で俺は●んだ。


「は、はじめてなんだから、やさしくしなさいよねッ!」

「はっ!?」


 気が付くと、何故か俺の目の前には可愛らしい下着姿の女性がいた。下半身を隠そうとしているのか、顔を真っ赤にしながら太ももに手を挟んでモジモジしている。


「は、はやくキスしなさいよ……」

「えーっと……」


 俺の至近距離まで迫り、背伸びをしながら目を閉じる女性。突然の好機に頭が混乱する。ただ、いま目の前でキスを懇願しているとても綺麗な顔をしたこの女性に、俺は見覚えがあった。


「(この子、もしかしてシオン・マクラ―スキ?)」


 シオン・マクラ―スキは俺が三度の飯より愛してやまない、大人気乙女ゲームに登場する破滅の定めを背負った悪役令嬢だ。正直、ヒロインより推していたキャラだったので、この顔を俺が別人と見間違えることはない。


「(まさか俺、「姫騎士の秘め事」内に転生しちゃったのか?)」


 乙女ゲーのタイトルを脳内で反芻しながら、今自分が置かれている状況を概ね把握した俺。でも悪役令嬢と主人公が結ばれる分岐ルートは、あのゲームには確かなかったはずなのだが……。


「……私とじゃ、イヤ?」

「えっ?」


 閉じていた瞼を開け、真っすぐに俺を見つめてくるシオン。赤いルビーのような大きん瞳には涙が滲んでいた。


「それもそうよね。こんな性格の悪い女、アルも好きじゃないよね……」

「そ、そんな事!」

「無理しなくていいの。私、今まで貴方にひどい事いっぱいしてきたから当然よね」


 アルって俺の事だよね?聞いた事ないキャラだけど、もしかしてモブか?シオンのセリフから察するに、俺は彼女の使用人的立ち位置なのかもしれない。


「シオン……様……」

「ごめんね、アル。今のことは全部忘れなさい。私、気が滅入ってどうかしてたみたい。さっ!今日はもう遅いから、貴方も自室に戻って早く休みな……

「シオン様!」

「!?」


 なんかまだ釈然としないモノは抱えていたが、俺はこの垂涎的状況の中で完全に理性をぶっ飛ばしてしまい、思わずシオンに抱き着いてしまった!


「ア、アル……?」

「俺、シオン様が好きです!大好きです!!」

「……えっ?」

「シオン様に何があったのか俺わかりませんけど、でも!」


 大好きなのは本当だ。

 だって俺は、君に会うために毎日この乙女ゲームを起動していたんだから。


「んっ」

「シオン……様?」

「はやくしてよ。そんな風にされたら、私だって……」


 再び目を閉じて俺に柔らかそうな唇を差し出すシオン。

 もう、止められない!


「あ……」


 そっと、口づけたつもりだった。ドラマみたいにかっこよくフレンチキッスを二度、三度して、それから深く長いキスに移行するつもりだった。


 だが、


「んちゅ……んちゅ……」

「あっ、ああ……」


 すでに俺の脳は溶けていた。

 次々にあふれ出す怒涛のごとき性欲が俺を獣へと駆り立てる。


「はむはむ……んちゅ……」

「あふぅ……」


 まるでラリーの応酬がごとく互いの舌と唇を求め合う俺とシオン。吐息と唾液が入り混じるいやらしい音と匂いが、令嬢らしからぬ質素で殺風景な部屋で絡み合う。


「シオン……」

「あっ……私、胸小さいから……」

「ううん。可愛いよ、シオン……」


 まさかトラックに引かれてすぐに、こんな役得僥倖展開が待っているとは夢にも思っていなかった。


「来て……」


 ただ、俺はこの時まだわかっていなかった。


 この交わりが、もう決して後には引き下がれない、破滅への道標であったことを、この時の俺はまだ知る由もなかった。



◇◇ ◆ ◇◇



「……」


 翌朝。

 俺はシオンよりも早く目が覚めた。


「アルの指……すご、いぃぃ……」


 夢にまで見ているのか。シオンは俺の天使の愛撫が忘れられないご様子だ。安堵の表情と可愛らしい寝息を立てて眠るシオンの姿に、昨日の熱く激しい夜の記憶が呼び覚まされる。


「それにしても……」


 右肩に手を当てたら軽い痛みを感じる。シオンのヤツ、いくら天国へのカウントダウンを開始していたとは言え、噛みついちゃダメだろう。この段々の感触は確実に歯形だ。時間が経っても痕が残りそうなほど、傷は深い。


「……我が愛技、ここに極めたり」


 俺は右の掌を開いてマジマジと凝視しながらわけのわからないことをつぶやいた。


 この手。いや正確には指。明らかに神の領域を超えた動きをしていた。脳で考えてシオンの身体を辿っていたわけではない。あれは無意識の集合。叡智を超えた、とてもえっちな神業だった。


「シオン、やっぱかわいいよなぁ」


 寝顔を見ながら改めて思う。こんなに近くでご尊顔を拝顔し、引き締まったバディを堪能できるなんて。これはやっぱり夢なのか。


 いや、さっき触った肩の傷の痛みは本物だった。これは現実。俺は、乙女ゲーム「姫騎士の秘め事」のモブ使用人、アルへと確かに転生したんだ。



 コンコン



「シオン・マクラ―スキ」


 俺たちの愛の巣に扉をノックの乾いた打音が響いた。


「シオン様。どなたかいらっしゃったみたいけど、起きてます?シオンさ……」

「お、お願いアル。私の手を、ずっと離さないでいてね……」


 すでに目が覚めていたシオンは胸をシーツで覆い隠し、俺の手を強く握りしめ、震える声でドアの奥にいるであろう人物に怯えていた。

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