予期せぬ展開のその後


「ねぇねぇ。最近、恋に恋する乙女って感じの顔してるけど大丈夫?」

「ブハッ!」

どこかで頭でも打ってきた?と聞いてくるのは、同期で同僚の木嶋だった。

さっきまで、普通にランチを食べていたのだ。なんなら、ランチを食べつつ仕事の話や他愛のない話をしていた。

それに、私としては浮かれた様子の片鱗も見せていなかったはずなのに。

「は? なにそれ」

木嶋に謝りつつも、吹き出した物を拭き取り、どうしてその質問になったかを聞く。

その時に睨みも効かせて……。

「ノンノンノン。そういうのは逆効果って言ったでしょ。そうやって、睨まれれば睨まれるほど燃え上がるっているのが私なのよ」

「あっ、ごめん。なんかキモい」

「はいはい。わかったわかった」

語尾に音符が付きそうなほど、この同期は気分はいいらしい。

少し……いや、かなりイラッとした。

「いやぁ、ここだけの話。最近の橋詰の浮かれっぷりが社内で噂されてましてですねぇ。これは同期として調査に向かわされたわけですよ。聞いてこいと言われた同期の気持ちわかりますぅ?」

およよ、と泣き真似をしながら、嘘か本当かわからないことをつらつらと言う口に、唐揚げを詰め込んだ。

「ほぅれ、ほぃしぃね」

「美味しいでしょ……」

こいつには、全く何も効かないらしい。

「噂になってるなら、ここだけの話ではないでしょうが」

「ごもっとも。流石に話が早くて助かるわぁ」

なんの話だよ、と思ったが。もはや突っ込むことにすら疲れてしまった。

「いやいや、聞いてよ奥さん。一部の橋詰親衛隊が、心配してたんだよ。最近、色気が出てきたとかなんとか言っててさ」

「なんだそれ」

奥さんってなんだよとも思ったが、私の親衛隊があること自体が初耳なんですけど。

「その親衛隊ってなによ」

「あれ? ご存知ない感じ?」

「知るわけないじゃん」

「橋詰は意外とモテていましてね。密かに憧れている人達がひっそりと暗躍しているのが、橋詰親衛隊ってやーつね」

「……ふーん」

私に憧れるとか意味がわからんし、理解にも苦しむ。有難いけど、もっと他に労力を使ってほしいと思ってしまった。

しかも、適当にあしらえず。脳内はごちゃごちゃだ。内心はヒヤヒヤだけど。

恋をしていることが駄目なわけじゃない。

それがバレているのが、なんだか恥ずかしかった。

木嶋は仕事はできるけど、人をからかうのが好きでもあるやつだ。

正直に言えば、木嶋にはバレたくない。

たぶん、バレていそうだけど……。

「で、どうなの?」

勝手に唐揚げを取っていかれて、木嶋のかぼちゃの煮物と交換させられていた。

これはこれで美味しいからいいんだけど。

「どうなのもなにも、なんもないよ」

「…………へぇ」

含みを持たせた間をやめてほしい。

そのうえ、聞いてきた割には興味無さそうな感じで、黙々とご飯を食べ始めていた。かと思ったが、そうではなかったらしい。

「田中ちゃん可愛いもんねぇ。そりゃあ、ホの字にもなっちゃうよね」

「グッ、ゴホッ、ゲボッ……ゴボッゴホッ」

「あはは。大丈夫、じゃなさそうだね」

他人事だと思って……。

むせ続けている私に、木嶋が水を渡してくれて飲み干す。

目の前に座っている木嶋は、ニヤニヤと楽しそうにしていた。

「あらやだ。奥さん、図星だったのね」

「……違うし」

ここで、木嶋の調子に乗ったら負ける。

こういう時こそ冷静に。

嫌な汗が背中をつたっていく。


なんとしてもバレたくない!


「田中さんのことは、後輩として可愛がってるだけです。私には、仕事という恋人がいるからね」

味噌汁を飲んで心を落ち着かせる。

大丈夫だ。

ここで逃げ切ればなんとかなる……はず。

たとえ私が五歳年下の子にホの字になっていても、ここは可愛い後輩として貫きたい。

実際に可愛い後輩なのは間違いないし。

なんなら天使だし。

それに、実際にどうこうなっているわけでもないのだ。

あれ以来、進展があったわけでもない。

いい感じになってきてはいるけど、肝心の一言がいまだに言えずじまいで。

そんなことすらも知られたら、木嶋に笑われてしまうのがオチだろう。

「ふーん。そうなんだって」

木嶋の視線は私ではなく、私の後ろを見ていた。

「えっ?」


「……そうなんですね。それはショックです」


ギギギ……と首を声の方向に向けると、そこには目だけは笑っていない田中さんがいた。

「た、なかさん?」

呼んだが、返事はしてもらえず笑顔で返されるだけ。

怖い。

正直、雰囲気も怖い。

「木嶋さん、ありがとうございます。橋詰さんを借りて行ってもいいですか?」

「いいよいいよー。そのまま連れてっちゃって。残りのご飯は私が食べておくし。お気になさらず」

「ありがとうございます。では、失礼します」

「はーい。橋詰もまったねー」

木嶋はヒラヒラと手を振りながら、残りの唐揚げに食らいついていた。

くそう、木嶋め……。


※※※


「木嶋さん、この前はありがとうございました。お陰で橋詰さんから欲しい言葉も貰えました」

翌日。嬉しそうに出社してきた田中ちゃんは、無事に橋詰と付き合うことになったことを知らせてくれた。

「良かったねぇ。橋詰のこと、よろしくね」

田中ちゃんから、相談があると言われたのが数日前。

そこで、初めて二人が仲のいい関係だと知った。

正直、驚いたけどお似合いだとも思ったし、嬉しかったのだ。

相談内容は、簡単に言えば橋詰の気持ちが知りたいとのことで。私からしても可愛い後輩の頼みだし、二つ返事で了承した。

橋詰はわからないが、私は仲のいい同期で友人だと思っている。

彼女には、仕事で、そして本人は気付いていないが、なにかと助けてもらった分、幸せになってもらいたいという勝手な気持ちもある。

本人に言ったら、余計なお世話だと言われそうだけど。

そして、田中ちゃんにも幸せになってもらいたい。

二人とも私からしたらいい人だそ、好きなのだ。

田中ちゃんと話をして企てた計画が、ランチ本音ホイホイ。

この前の橋詰とのランチ会だった。

我ながらネーミングセンスあるな。

自画自賛しつつ、田中ちゃんに「お幸せに」と伝えると表情は曇ったままで。

「あの、もう私のなので取らないでくださいね」

「…………ぶはっ、」

予想外の言葉に、職場だが大声で笑ってしまった。

「木嶋さん、声が大きいですって。それに笑い事じゃないんです。橋詰さん、木嶋さんのことを頼りにしてるし。なんか、その、私が入っていけない領域があるというか……」

「大丈夫だよ。やつは田中ちゃんしか目に映ってないから。あと、私も恋人いるし。内緒ね」

ブツブツと言っている田中ちゃんの言葉を遮って、橋詰とそんな関係にはならないし、取るなんてことは無いと伝えると少しだけホッとした表情に。

私に恋人がいると言えば驚いていて、相変わらず表情の豊かな子だ。

この子と橋詰なら大丈夫だろう。

「安心して。私は橋詰とはなんともならん」

きっぱりはっきり。えっへんと胸を張って言えば、頭を紙束ではたかれた。

「いっ、」

「あたりまえだわ」

頭を押さえて、はたかれた場所を撫でながら見ると、橋詰が立っていた。

「田中さん、不備はなかったよ」

書類を田中ちゃんに手渡すだけで、もじもじしている橋詰と、顔を仄かに染めている田中ちゃんを見ていると自然と口角が上がっていってしまう。

「あのー。社内でいちゃいちゃ禁止なんですけどぉ」

「なっ、うっさい」

「えーん。田中ちゃん、橋詰が酷いんですけどぉ」

「それは木嶋さんが悪いかと」

「えぇぇぇー。田中ちゃんも橋詰に似てきちゃってる。まぁ、でも良かったよ。橋詰も田中ちゃんもさ、おめでとうね」

もう一度、叩こうと動いていた橋詰の手が宙で止まった。

「田中さんから聞いたよ。その、ありがとう……。木嶋のお陰でもあるから」

「いいよ。私なんてその倍もお世話になってるからね」

「そんなことは、」

「あるんだよなぁ。お幸せにね」

「……はいはい。じゃあ、私は戻るから」

「私は飲み物を買いに行きたいので、途中までご一緒してもいいですか?」

「うん。いいよ」

手を振って去っていく橋詰と、並んで歩く田中ちゃんの背中を見送る。


照れながらも、幸せそうな橋詰の顔を見て思わず泣きそうになったのはここだけの秘密だ。


「うわぁー、私も彼女に会いてぇ」





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