第15話 初めての「感情」

上を見上げると、やはり雲が晴れていた。

しかし、私がイメージしていたような星々の輝きはそこにはなかった。

あるのは、私をまぶしいと思わせるほどにきらめく、月の姿だった。




目的としていたものとは違った。

でも、数えきれないほど星たちを眺めるのと同じくらい、一つの月に、視線が吸い込まれる。

この広い空の中で、たった一つ光っている物があるから。


星々の、いくつもが集まった良さではなく、たった一つであることの良さを象徴していた。


 「魔王様、月ですよ月、明るい月!!!」


おそらく、この世界で、月を見ただけでこれほどまでにはしゃげる者はあまりいない。


 「きれいだと思いませんか!?」


 「カノンさんは・・・月をあまり見ないのですか?」

 

 「いえ、見ます。よく見ます。」


 「なら・・・・どうして、そんなに喜べるのですか?珍しいものでもないのに。」


 「だって、いつもと違う場所で見てるじゃないですか!それだけで非日常的で・・・なんか、ワクワクしません?」


 「そういうものなのですか・・・?」


魔王様の同意は得られなかった。

しかしながら、同意なんて得られなくてもよかった。


 「・・・カノンさんは、興味深い人ですね。」


 「リン君にも、同じようなことを言われましたよ。」


 「なら、兄弟似た者同士ということですね。」


魔王様が、笑いながら話していたから。

あの、リン君とのデートの時に感じたものよりも、もっとはっきりわかる。


魔王様は、疑問にも思っていない。

無意識に出てしまうものは、自分ではわからないのだろう。


その一言の間だけのものではあった。





魔王様は兄弟似た者同士と言ったが。



その笑顔は、リン君のような、誰かに元気を与える笑顔じゃなくて。


見た者の心を揺さぶって、魅了するような笑顔だった。



これまでに、肌と肌が触れるような、もっと親密度のある行為をしてきたのに。

誰かの、笑顔を見るなんてこと、たくさんあったのに。


一瞬だけ、私の視界に入る魔王様以外のものが、色あせて見えた。

つまり私の大好きな、「自然の景色」ですらも打ち勝てないほどに。



私は、魔王様に心を奪われてた。



うるさいくらいに、心臓がバクバクしてて。

この感情を否定できなかった。



私は魔王様に、「恋」をした。





心臓を落ち着けるために、私は魔王様を見ないように、空を見る。


それでも・・・「大好きのもの」を見ていても、それよりも心惹かれるものが頭にあるせいで、眺めている気がしない。


 「カノンさん。」

 「ひゃいっっ!?」


調子の変な声が出る。

 「もう、かなり遅い時間ですが・・・。」


時間のことを、すっかり忘れていた。


 「あ・・・そうですね、いい時間ですし、戻りましょうか。」


そう言って二人立ち上がり、来た道を戻る。




行きのように転びそうになることもなく丘を下り、町まで歩く。


けれども、ずっと私の頭からさっきの魔王様の表情が、離れなかった。


私のいる環境は、少々特殊だ。

自分には、日常生活にも差し支えるぐらいのトラウマのようなものがあって。

私はトラウマに囲まれている生活をしていて。

兄のためにと頑張るかわいい従者の、友達がいて。

感情のわからない、隣の私が妬まれるほどの風貌を持つ特殊な魔王様がいて。

さらには、面白いことががこの世の誰よりも大好きな知り合いもいて。


こんな状況だから、この先のことなどわからない。


私のこの初恋は、どこに向かっていくのだろうか。


成就することもあるのだろうか。

はたまた、拒絶される展開が待っているのだろうか。


ただ私は、後悔しない選択肢を選んでいきたい。






城に着いて。


「では、今日はこれで〜!!!」


ずっと我慢していた恥ずかしさが爆発する。


とんずらするようにして、魔王様より一足先に城に入っていく。

おかしい人だなって、思われたかな・・・。


物語の、登場人物たちの気持ちがわかる気がする。

バレたくないのに、この気持ちを伝えたい。


この相反する気持ちを、「恋」と呼ぶのだろう。

「恋」・・・か。


その言葉を心の中で思い浮かべるだけで、また恥ずかしくなる。









私は落ち着いてから、リン君の部屋で報告していた。


 「魔王様とデートって・・・カノンさんは手伝ってくれるだけでいいんだよ!?」

心配しながらそんなことを言うリン君。

 「ううん、私が決めたことだから。」





今日聞いたことを、ありのままに話す。


 「魔王様は・・・自分の感情を教えてくれるのが、昔の記憶だけなんだって。」

 「でも、過去の記憶からの感情は、表に出なかった。」


 「魔王様もね、自分の感情が知りたいと思ってたみたい。」


 「だけど、私を守りたいっていうのは、嘘じゃないって。」

 「過去の記憶にはなってないって、教えてくれた。」


それを聞いて少し驚くリン君。


 「・・・そんなことを言っていたんですか・・・?」

 「うん。」

 「・・・昔のこと、忘れてなかったんだ。」


何か思うところがあったらしい。


 「・・・親の教育が原因って、話したっけ?」

 「教育が厳しかったのが、魔王様がああなった原因だって聞いたけど・・・。」


 「そう。お前は魔王として、立派に育たなきゃいけないって。僕もそれなりには叩き込まれていたんだけど、それは魔王を支える立場として育てるため。」


 「だから兄は、僕以上に一日の長い時間を学びやらにあてられて。」

 「幼児のときから長くはあったんだけど、母親が亡くなったことを知ったお父様は、当てつけのように兄に対してより一日の拘束時間を長くした。」


 「それからだんだん、兄が何かに対して感情を出すことが少なくなっていった。」


 「僕は・・・昔遊んでいた記憶すらも忘れていたと思ってたんだ。」

 

 「だから、それが知れただけでも・・・カノンさんには感謝したい。」


嬉しそうに語るリン君の顔は、見ているこっち側にも元気をくれる。


「あ、自分中心に話してた・・・カノンさんを守ると決めた要因も聞けた?」 

「うん。自分の、守りたいって感情に加えて、最初に誰かに頼まれたんだって。」


「だれかって・・・誰?」

「そこまでは教えてくれなかった。なんでも、私のことを傷つけてしまうかもしれない、とかで。」



「まあ、なんにせよさ。」


「私は私で、リン君に協力したいっていうのとは別に、魔王様に心から笑えるようになってほしいって思ったの。」

「自分から、デートに魔王様を誘ったのも、その気持ちがあったから。」


 「あとねリン君、聞いてよ!」

 「う、うん。」


ずいっと迫る私に対して、リン君は少し椅子を下げる。


 「さっき、リン君が言ってたあの丘に行ってたんだけどさ!」

 「なんと、魔王様が一回笑ってくれたの!」


私は、今にも赤面しそうになりながら、平常を装って話す。


 「え・・・笑って・・・?」

 「そう。本人は気づいてなかったみたいなんだけーーー」

 「本当ですか、カノンさん!?」


今度はリン君が私の方に、椅子を前に出して迫る。


 「僕も見たかったな、魔王様が笑うところ!でも、カノンさんが言うなら本当に笑ってくれたんでしょうね!」


ついさっきよりも、嬉しさを前面に押し出しながらリン君は言う。



 「ありがとうっっ!」



 「えっと・・・どういたしまして?」

特に自分から何かした覚えもないが、感謝された。


 

 「やっぱり、カノンさんに話してよかった!」

 「純粋に魔王様を助けてくれようとする人なんて、カノンさんぐらいだよ!」








私は・・・リン君に、その笑顔が私に与えたことについて話せなかった。

それを話せば、リン君を裏切ったことになると思ったからだ。

魔王様に恋をしたなんてこと、絶対に言えない。

リン君は、今までの私を望んでいる。


私のこの恋心は、心の中だけにとどめておくべきだと。


寝る前に、私はそう悟った。




リン君がいて、魔王様がいて、従者のみんなが周りにいるこの生活の安泰は。


私自身にかかっているのかもしれないと思った。



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魔族嫌いな私は、城にて魔王たちと共に暮らす。 @akabane39

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