描写課題「古図書館、写真、未知の言語」

万事めぐる

無題

 木の幹をめくるかのように、僕は古ぼけた図書館の扉を引き開けた。町内で特に古いこの図書館に寄り付く人はほとんどおらず、大抵は最近建てられた図書館に行ってしまう。でも、僕はこの図書館が好きだった。古い本は塵積もった地層のように、当時の人々がどのように文化を紡いでいたかを、文字だけなく本の造りや、酸化した皮脂からも感じられるような気がするから。何よりもここは、お爺ちゃんが様々な知識を継承してくれた思い出の場所だからこそ、僕はここに通い詰めている。


 老木を思わせる館内は窓から差し込む日光が方々に散り、淡い温かみにあふれていた。僕はその中をまるで落ち葉が積もった秋の林道を散策するかのように歩を進める。深く息を吸い込めば、茶ばんだページが想起される古紙特有の香りに肺が満たされ、歩きながら書棚に揃う背表紙たちに指を這わせれば、今のハードカバーでは味わえない、壁面に生えた苔のようなざらつきが伝わってきた。


 お爺ちゃんに連れてこられた時もこうして通路を練り歩き、指先だけで直感的に本を選んではその内容について教えてもらっていた。おかげで同年代の中では比較できないほどの知識と、知的欲求の強さを身につけられたことは今でも感謝している。そんな過去を思い出しながら歩いていると、不意に指先からの振動が途絶えた。驚いて本棚を見てみたが、まだ指先は背表紙に触れている。しかし、今触れているその本は、この図書館の中で恐らく唯一だと断言できるほどに周囲から浮いていた。


 僕は思わず指を離し背表紙に目をやったが、白一色で装飾どころか文字すらなく何の情報も得られなかった。好奇心に駆られた僕は指先を本に縁に引っ掛け取り出してみると、表紙どころか裏も白に染められていた。


「なんでこんな本があるんだろ。誰かが置いてったのかな…管理番号もないし」


 独り言ちながら何気なしにページをめくり飛ばすも、何も印字されていないページばかり。そのままの勢いでめくり切ろうとすると、突然茶色が目に飛び込んできた。あっと気づいた時にはそのページは本から滑落してしまい、僕は慌ててその破れたページをつまむも、指先に吸い付く感覚に首を傾げた。


「…あれ?これ写真じゃん」


 内心破いたわけではない事に安心しながら拾い上げた僕は、挟み直そうと写真を持ち変えた。すると当然のように写真が目に入り、写真内で立つ人物を認識すると同時に思わず目を見開いた。


「え、おじいちゃん…!?」


 記憶に残っている彼は先ほど出際に挨拶したお爺ちゃんよりもはるかに若いものの、その目鼻立ちは間違いなくお爺ちゃんのそれだった。そしてその隣には若い女性が椅子に腰かけており、こちらに微笑みを投げかけている。恐らく、これがお祖母ちゃんなのだろう。僕のお父さんを生んでしばらくしたら突然いなくなったとしか聞いていないが、お爺ちゃんと一緒に写る彼女の印象の限りでは、失踪とは無縁そうな優しい顔つきだった。

 いつ頃撮られたものなんだろうかと気になった僕は、何か手がかりがないか調べ始めた。と言っても、表に日付が刻印されていないのは見た通りだったのでひっくり返すと、今度は眉をしかめる事になった。そこには、日本語とは似ても似つかない、未知の記号が3行程度書き込まれていた。お爺ちゃんから教えてもらった言語と脳内で照らし合わせてもどれにも該当せず、かといって暗号や記号というには数が多すぎる。そもそもなんでこの写真がここに?本を脇に抱え考え込んでみるもさっぱりわからず、しばらくしてお爺ちゃんに聞いたほうが早い事に気づいた僕は、はやる気持ちのままに貸し出しカウンターに向け踵を返した。

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描写課題「古図書館、写真、未知の言語」 万事めぐる @bari3

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