第3話 ほつれた結び
細くて消えそうな糸をたどって、たどっていく。
その先には、複数の結びが。
他の糸とつなぐ、結び。
だけど私の糸が細くて、ボロボロにもろくなっているせいで、結び目はほつれて解けてしまう。
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カーテンの隙間から、だんだんと朝日の光が見えてくる。
壁に掛けてある花柄の時計を見ると、時刻は6時前。
そろそろ、時間だ。
私はシャーペンを置いて、椅子から立ち上がる。
掃き出し窓についた淡いピンク色のカーテンに手をかけ、しゃらりと横にスライド。
すると、まぶたが痛くなるほどに眩しい光が差し込んできた。
すごい。6時前でもうこんなに明るいんだ。
日が経つにつれ、日が昇る早さを感じる5月中旬。
開花の遅かった桜もとっくに散って、夏の訪れを感じるこの頃。
窓を開けようかと思ったけど、その前につけていた電気を消さないと。
私の一日は、朝の5時から始まる。
前日は10時過ぎには布団に入り、約7時間の睡眠を取る。
そして5時に起きて1時間勉強をしてから、6時に支度を始める。
夜遅くまで勉強していても、知識は定着しない。
勉強に大切なことの一つって、8〜7時間程度のまとまった睡眠時間を確保することだと私は思っている。
というよりは、お母さんの受け売りを実践しているだけだけど。
あとはしっかり朝日を浴びて、体内時計をリセットすること。
健康的な生活が送れていなければ、学力は向上しない。
小学生のときからずっと、そう言われてきた。私だって、そう思っている。
ある程度の支度を終え、制服を着る。
私が通う
中等部は群青色のネクタイ、高等部はスカーフを着用。
スカートはネクタイやスカーフと同じ色をしている。
もう六年間着ているけれど、特にほつれたところもなければ汚れたところもない。
でも、中一や中二と比べればやっぱり色あせてはするけれど。
胸のあたりまである直毛の黒髪をくしでとかし、きゅっと下のほうで横にまとめる。
小さなピンク色のリボンのついたゴムで、毛先を結った。
鏡の前で姿を確認する。
……よし、いつもの私だ。
学校指定の黒皮のスクールバッグを持って、階段を下りる。
一階では、お母さんがキッチンで洗い物をしていた。
「おはよう、花見」
「うん、おはようございます」
私は挨拶を返し、席に着く。
すでにダイニングテーブルに運ばれていた朝食に、私は挨拶をした。
今日のメニューは、焼き鮭にわかめと豆腐のお味噌汁。白いご飯に、ごぼうの和え物。
ゆっくりと口にする。
自分の分を運んで目の前に座ったお母さんも、いただきますと手を合わせる。
「お父さん、結局また帰ってこなかったみたいね。二週間に一回は帰宅するように言っているのだけれど」
「……そうなんだ」
私のお父さんは、大学で生物学の教授をしている。
いつも研究室にこもってばかりいて、家にはたまにしか帰ってこない。
だから、普段は私とお母さん、二人きりの生活だ。
「そうだ、花見。今日、数Ⅲのテストが返ってくるのでしょう? お母さん、結果楽しみにしてるわね」
「うん、わかった」
先日受けたばかりの一学期中間テスト。唯一返却されていないのが数Ⅲのテストなのだ。
お母さんを満足させられるような点数が、取れてるといいな。
私は食べ終わった後、身支度を整えて家を出た。
住宅街にある一軒家に住んでいる私は、大通りまで歩いていく。
見上げる空は、雲一つない快晴。
私以外に誰もいない通学路を歩いて向かっているのは、最寄りのバス停だ。
私はバスに乗って学校へ行っている。
住宅街を抜けてしばらく歩いた先に、バス停が見えた。
すでに来ていたバスへ乗り込み、一人席に座る。
30分くらいゆられ、市外へ行く。
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『水星女子学園前』。私は目的地で下りた。
学校敷地近くには、たくさんの生徒がいる。
「おはよ~」
「おはよ! 英単語の小テストの勉強やった~?」
そんな声が聞こえてくるここ、私立水星女子学園はこの辺じゃお嬢様学校と呼ばれている中高一貫女子校。
いろんな小学校から、毎年合計150人近くが入学してくる。
お嬢様学校と言ってもふたを開ければ普通の女子高生の集まり、なんてことはなく、私が入学する二、三年前までは挨拶が本当に"ごきげんよう”だったとか、礼儀作法を学ぶ場があったりとか。
実際、入学すると目上の人への敬い方、敬語の使い方などの基本から、自立した人間になるための厳しい女性教育を六年間叩き込まれる。
有名な建築家が設計したという少し不思議なデザインの校舎へ。
校舎3階。3年C組の教室。
クラスメイトの半分程度が来ていた。
私はドアを開けて、誰か特定の人に向けてではない小さな声であいさつをする。
もちろん、あいさつが返ってくるわけじゃない。
自分の席について、バッグのチャックを開ける。
「ここのさ、大問3解けた? まじわかんないんだけど」
「解けたよ。あとでやり方教えるね」
斜め前の席から、声が聞こえてきた。
向かい合わせになって、二人で勉強しているみたい。
「あ、これ、読んでるの?」
「うん、勉強の息抜きにね」
「ふーん、ほんと読書好きだよね~」
耳に入る話題が気になって、ちらりと顔を上げる。
「『鏡』ってタイトルなの? 私読んだことないや。おもしろいー?」
……『鏡』?
聞き覚えがあった。それは、私が一番好きな本の名前。
「おもしろいよ。この作者の作品、外れがないんだよね。この前の『二面性』もよかったし」
絶対そうだ。あの『鏡』のことで……。
そのとき、「おもしろいよ」って言っていた子と目が合った。
私は思わずバッと視線をそらした。
どうしよう、絶対不自然だった。
ごめんなさい……っ。
申し訳なさと恥ずかしさでぐちゃっとなってしまいそうだった私は、急いで勉強道具を広げ、気を紛らわせた。
10分くらい経って、予鈴が鳴る。
「花見ちゃん」
突然名前を呼ばれ、顔を上げる。
さっきのクラスメイトが目の前にいた。
「なにかあった?」
「え?」
びっくりした。普段、人から話しかけられることなんてないから。
「さっき、私のほうを見ていた気がしたから。もしかしたら、用があったのかなって思って」
見てた……見てた、って。
あの本のことだ。
『鏡』のことを言っていたから、気になって……。
私も、同じように話がしたいと思ったんだ。
「ううん、大丈夫だよ。ごめんね、ありがとう」
気が付けば私は、そう返していた。
今更あの本について聞くことが、私にはできなかった。
「そっか。てか、謝んないでよーもう。じゃね!」
「うん」
私は軽く手を振って、友達の輪の中へ入っていく背中を見送る。
わざわざ聞いてきてくれたのかな。優しさが、心にじわりとしみる。
私には、胸を張って友達だと呼べる人がいない。
それは、私のせい。
だけど、話しかけてくれたりするのはすごくうれしい。
緩くてほつれそうな結び、だとしても。
北極星を追いかけて 桜田実里 @sakuradaminori0223
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