時間追放の書
八田部壱乃介
日記
机の奥底に眠る日記を見つけ、ふと何気なく見返した日記には、一ページだけ意味のわからない箇所がある。
〝見返した日記には、一ページだけ意味のわからない箇所がある。〟
どういうことだろう。そこにはそう記してあった。
僕は、それはそれは変な記述だなと感じて、首を傾げた。当時の自分は、自己言及にでもハマっていたのだろうか、なんて考えてみる。が、そんな過去があったようには思えない。
つまり、こんな文章を書いた覚えがない。
しかし昔の自分など、殆ど赤の他人である。多少の記憶違いだってあるかもしれない。だから僕は、
「ふーん」なんて呟いてみながら、何気なくページをめくった。
〝〝どういうことだろう。そこにはそう記してあった。
僕は、それはそれは変な記述だなと感じて、首を傾げた。当時の自分は、自己言及にでもハマっていたのだろうか、なんて考えてみる。が、そんな過去があったようには思えない。
つまり、こんな文章を書いた覚えがない。
しかし昔の自分など、殆ど赤の他人である。多少の記憶違いだってあるかもしれない。だから僕は、
「ふーん」なんて呟いてみながら、何気なくページをめくった。〟
そこにはまさしく、僕が先ほど考えていた事柄や行動が──というよりは独白がそのまま文章化されていた。
意味がわからない。この現象を納得する形で解釈するとしたら、誰かがリアルタイムで僕の様子を書き連ねている、ということになる。けれど、そのような理解では納得がいかない。
更に読み進めていく。
〝そこにはまさしく、僕が先ほど考えていた事柄が──というよりは独白がそのまま文章化されていた。
意味がわからない。この現象を納得する形で解釈するとしたら、誰かがリアルタイムで僕の独白を書き連ねている、ということになる。が、そのような理解では納得がいかない。
更に読み進めていく。〟
とあって、まるで堂々巡りしているみたいだ。
また更にページをめくってみれば、〝以下同文〟。
参ったな、と僕は思って、一度コーヒーを淹れた。一休みの後にもう一度と考えて、日記を開く。記述は何一つとして変わらない。それどころか、めくるたびに更新された「今の自分」がそこにあるので不気味である。
果たしてこれは何なのだろう?
僕は考えに考えて、根負けして、答えを知ろうとページをめくる。
〝つまりこれは、僕の幻覚なのではないだろうか。実際には何も書かれていない、真っ白なページで、そこに僕は独白を見つめているのだ。〟
いやいやまさか。そんなはずはない。考えてみてから、仮説を否定する。文章はすべて鉛筆で書かれており、消しゴムをかけてみれば、確かに消えた。だからこれはよく出来た幻覚でない限り、否定されるべき。
次のページには、また別の仮説が立てられており、
〝ならばこの日記は、今現在僕が書いているもので、数秒遅れて脳が文章を認識しているのではないか。〟
と考えてみたのだけど、どうにもややこしくて、僕自身わけがわからない。
ええと要するに、僕は頭と体が分離していて、僕の右手が無意識に文章を書いているのだが、それと気付かない。だから出来上がった文章を見て、新鮮な驚きを味わっているのではないか……。
と、きっとそう言うことなのだろう。
答え合わせのためページをめくった。
〝けれど、筆記用具が手元にない状態においても、やはり結果は同じだった。ページを進めるたびに僕の独白も同様に進む。時計の針が一秒を刻むことで「今」を上書きするように。
〝だから僕は途方に暮れた。それじゃあ答えはどこにもないではないか、と。でも希望は残されている。次のページ、或いはまた次のページ、と次へ進むごとに書いてあるかもしれないからだ。
もしかすると更に更にその先を読んでみれば、そこには僕が終焉を迎えるまでの、つまるところ可能な限りの未来を垣間見ることができるかもしれない。
僕は未来の独白を見ようとして、ふと指を止める。
〝この独白は僕のものだろうか?〟
〝それとも日記を読む僕の内なる声だろうか?〟
僕はこれらをどう区別すべきなのだろう。
この独白は、未来の僕が
わからない。わからなくなってしまった。それが、自分自身びっくりだった。時間という感覚。それが綺麗さっぱり消えてなくなったのである。
さてさて果たして、僕は今、どこにいるのだろう。どの時間軸にあるのだろう? 独白が外注化されたせいで、時間の感覚が変わってしまったように感じられた。
だが何も困ることはない。僕は時間という牢獄から自由になったのだという解放感さえ覚えている。
奇妙な浮遊感にも似た居心地の良さがあった。
僕はここに居る。
それだけで良かった。
ただ、ただ。
〟
〟
〟
〟
時間追放の書 八田部壱乃介 @aka1chanchanko
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