その探偵は早くループを解決したい

ぷりん

第1話 袋の中身

「ずっと気になってたんですけど、先生がネックレスにかけている袋ってなんですか?」


 ある探偵の助手の男が自分の前を歩いている女に聞く。

 女は振り向いて男を見て微笑んだ。


「これはね、大したものじゃないんだ。私の記憶の一部が詰まっているだけだから」

「記憶の一部、ですか?」


 男は首を傾げた。

 意味が分からないというかのように。


「君には難しいことだったかい?とてもシンプルなことなんだがね。君も探偵の助手ならこのぐらい推測したまえよ」

「す、すみません」

「なに謝ることではないさ。詳しく話してあげるから先に事務所へ戻ろうではないか」


 そうして二人は自分たちの事務所へと戻っていった。小さな探偵事務所へ。実は、なんでも引き受けて解決に導いているため名が売れてきて事務所を大きくすることはできるのだが、小さい方が落ち着くということでそのままにしているのだ。


 女は自分がいつも座る椅子に座って腕を組んだ。


「さて、どこから話そうか。それより、いつも言っていることだが先生と呼ぶのはやめるのだ。名前で呼んでくれると嬉しいのだが。私は今の名前を気に入っているし、呼ばれていれば忘れることもないから」


 気に入っているのに忘れるというのは、矛盾している。しかし、そうなっても仕方がない理由が女にはある。


「先生は先生なのですが……水弦みつる先生。これでいいですか?」

「うむ、それでいいのだよ神奈月かんなづきくん」


 女は、いや水弦はそう言って不敵に笑った。だが、神奈月と呼ばれた男は不満そうな顔をしている。


「なぜそんな顔をするんだい?」

「水弦先生が名前で呼んでと言われたのに、僕のことは苗字じゃないですか。不公平ですよ」

「君も言うようになったものだな。しかし先生と呼んでいる以上、私と君は対等ではないのだ。そうだなあ、そんな顔をしている君を笑わせるような話をしてあげようじゃないか。あれは、私の一度目の人生であった……」


 水弦は目を瞑り、一度目の人生のことを思い出しながら語り始めた。


『実を言うとな、私は最初由緒ある家の令嬢だったんだ。本当のことだ嘘ではない。そうだな……今で言うカゴの中の鳥だ。穢れに触れることや外に出ることは許されなかった。そんな日々には嫌気がさすだろう?私はただの人間だというのに。そんな日々から逃げ出したくなった私はとうとう誰にも気付かれないようにこっそりと家を抜け出した。心臓が口から飛び出そうなくらいワクワクが止まらなかったさ。しかし、楽しめたのは束の間。すぐに家へと戻された。けれど一度で終わらせたくなかった私は何度も何度も外へ出た』


「さて、ここである人に出会い不思議なものを渡されるのだが、ある人とは誰だと思う?」

「誰かなんて聞かれても分からないですよ。でも、もしかしてその袋を渡した人とかですかね?」

「君にしては珍しく察しがいいね。やっと助手らしくなったかな?そうだよ、私はある男にこれを渡されたんだ。鍵なんだって、戻るための。私が何回も人生を繰り返しているのはそういうことなんだよ。外しちゃえばと思うかもしれないが、これがまた外せなくてね。困っているんだ」


 水弦は自分の一度目の話を終え、困ったと言いながらも笑った。

 袋の中身はこれまでの記憶。

 ある男に渡され、その人生で命を落とした時から不思議な現象は始まった。

 外すことのできないもの。終わりなど分からないもの。困らないわけがない。

 水弦だって終わらせたいと思っているのだ。だから、今世は探偵となった。推理力を身につければいつか分かるのではとそう信じて。


 もちろんそんなことでどうにかできるわけではないから袋がついたままなのだが。


「僕が、僕が外します!水弦先生の苦しみも悲しみも分からないですけど、僕だって助手ですから!」


 神奈月は水弦に向かって勢いよく言った。

 神奈月は水弦と一緒に探偵の仕事をしていくうちに、困っている人のことを放っておけない性分になったのだ。

 だから水弦が心配で放っておけなくなった。


「そうかい、じゃあお願いしようか。これは君への初依頼だ。私と共にこの呪いみたいなものを解いてほしい」

「はい!」


 こうして始まることとなった。

 探偵とその助手の、いつ解決するのか分からない問題を解く物語が——

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