既婚者が婚約破棄をされました
ふもと かかし
既婚者が婚約破棄をされました
「あなたとは結婚することが出来なくなりました」
彼の左手の薬指には、シンプルなデザインの金の指輪が光っている。そう、和雄には25年連れ添った妻がいるのだ。
「あの頃は、本気であなたと結婚出来ると思っていたの。……私はお子様だったのね」
茉莉絵は一息つくと意を決する。震える手で鞄から小箱を取り出すとテーブルの上に置いた。
「それは!」
和雄の眉間に皺が寄る。昔からこの手の物は、大した構造の変化も無い。その小箱を見て中身を察してしまう。
彼も妻がまだ独身女性だった頃に、その小箱を手に跪いて共にその先の人生を共にすることを懇願したのだから。
茉莉絵が小箱を開く。恐る恐る視線を送る和雄の目に飛び込んで来たのは、1カラットはあろうかと思われるダイヤをシンプルに3本爪で留めた指輪だ。
「奴にここまでの物が用意出来たのか」
和雄は驚き狼狽えてしまう。
「これは、彼のお祖父さんが金婚式にお祖母さんに送ったネックレスで、それを受け継いだ彼のお母さんが、大きさ、質、共に素晴らしい物だから婚約指輪に加工するように譲ってくれた物らしいわ」
「そんなに大切な物を受け継がせて貰えるなんて、茉莉絵は相手の家族にも大事に思われているのだな」
目の前の指輪が一際存在感を放っている。その輝きが和雄に茉莉絵を手放す時が来たのだと告げていた。
「ええ、私にとっても大切な人達なの。籍の問題じゃなく、もうとっくに家族として受け入れて貰っていたのね。この指輪で気持ちが固まったわ」
「そうか、分かった。幸せになるのだぞ」
和雄の背中には哀愁が漂っていたが、その顔はどこか清々しくもあった。
〜〜〜
それから数日経ったある日の昼下がり。
和雄の目の前で土下座をしている青年がいた。
「お前が私から茉莉絵を奪ったんだな」
「すみません」
和雄の威圧感に彼自身の緊張が重なり、謝罪の言葉しか口に出来ないでいる。
「お前はうちに謝りに来たのかね」
茉莉絵の厳しい視線に屈して、和雄はやむなく助け舟を出した。
「いえ、大切なお話があって参りました」
顔を上げてしっかりと和雄の目を見て話す青年には好感が持てる。
「どうか茉莉絵さんと結婚することと、お義父さん、お義母さんと家族になることをお許しください。お願いします」
今日の良き日をもって、娘との
既婚者が婚約破棄をされました ふもと かかし @humoto_kakashi
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