すっぴん合コン

渡貫とゐち

隣の席では合コン中。。。


「――――結婚してほしいんだ」


 なんてことない居酒屋の一角。

 人気のチェーン店なので周囲は騒がしく、そのセリフを言うには似つかわしくないが……。


 向かい合った男女がいた。女の方はやや眉をひそめたものの、男の真っ直ぐな目に冗談でも悪ふざけでもないことは分かったようで、女も背筋を伸ばして真剣な顔になる。

 男は、まだ指輪が収まっていないケースを、ぱか、と開けた。


「えぇ……ここで言うの?」

「だって……君は夜景が見える高いレストランでプロポーズ、なんてありきたりでサプライズ感がないからやだなー、って言っていたじゃないか。ほら、高いレストランに入った時点で、『あ、これプロポーズだな』って分かるからつまらないって言ってたし……」

「まあ、言ったけどもぉ」


 今回の食事もいつもと同じく、これと言った特別感もなく、普通にお酒を飲んで食事をして――のつもりだった。だからサプライズがあるなんて考えもしなかったし……予想しなかったからこそサプライズなのだろうけど。


 確かに、高いレストランに入った時点でプロポーズを予想できる。確かにそう言った――サプライズになっていない、とも言ったが…………

 一度は否定しているものの、女子として憧れてはいたのだ。


 もっと言えば、『月が綺麗ですね』とも言われたかった……。


「普通がいいのかなって思ったんだ……背伸びせずに、身の丈に合った方法で……でも、あれ? ダメだったかな?」

「ダメじゃないわよ。ダメじゃ……ないけどね。まあこれはないものねだりだと思うのよ……。もしも夜景が見えるレストランでプロポーズされたら、それはそれで居酒屋でいいのに、とか、公園でいいのにとか、言ってたと思うし……」


 どちらを選んだところで不満が出るなら、不正解に見えても正解なのだ。


「それで、さ……返事は……」

「いいわよ。結婚以外のことはもうしてるじゃない。お尻の穴まではっきりと見られているのに、今更『嫌です』なんて言わないわよ」


「ちょっとっ、ここ居酒屋なんだけど!?」

「誰もあたしたちの会話なんて聞いてないわよ」


 夜景が見える、雰囲気があるレストランではあるまいし。

 騒がしい店内なのだ。しかも真横の席では男女八人が合コンをしている。

 四対四だ。さっきから横目でチラチラと気になってはいたのだ……合コン、でいいんだよね? と戸惑うが、本人たちが合コンと言っていたのだからそのはずだ。


 思い返せば、目の前の彼女との出会いも合コンだった。一番綺麗で(カッコよく)オシャレな格好をして、緊張しながら合コンをした記憶がある……合コンとはそういうものではないのか?

 隣で開催されている合コンは、まさかこれが今のスタンダードではないと思うが……きっとこれが珍しいスタイル……のはずだ。


「ねえ、見過ぎ。妻が目の前にいるのになんで別の子を見るのかな……若いから?」

「いや、そういうわけじゃ……って、妻!? 気が早いけど……いやそうでもないのかな……。確かに、もう妻だって言えるけど……」


 結婚の意思確認をしているので、はっきりと妻と言える関係性だ。


「若いからって目移りしないよ。それに、そんなに歳も離れてるわけじゃなさそうだしね」


 隣の席の女子は二つか三つ年下くらいだ。

 それはそれで大きな差、と言えるのかもしれないが……。


「単純にさ、珍しいと思ったんだよ」

「まあ、目を引くわよね……だって、合コンなのに女子はすっぴんだし」

「しかも全員、すっごくラフな格好だよ。あれは……パジャマだよね?」


 あまりにも堂々と着ているので似ているデザインで外着なのかと思ったが、見れば見るほど他人に見せるべきではないパジャマにしか見えなかった。


「そうよね……やっぱり。ラフとかカジュアルとも言えるけど、ようは部屋着の気がするわね……すっぴんで、部屋着で合コンにくるってどういうつもりかしら……」


 中のひとりがそうなら気にならなかっただろう。そういう個性だと片づけられたが、全員がそうとなれば口裏を合わせているとしか思えない。

 合コンをします、パジャマで、ノーメイクで参加してください――とか?


 ……さて、その意図は?



「あ……もしかして、」

「分かったの?」


 なんとなく、察しがついた程度なので、男もまだううむと唸っている段階だった。

 少しだけ前のめりになっている彼女に説明するため、頭の中を整理しながら、


「……僕たちが出会った時は、きっと人生の中で一番のオシャレをしたと思うんだよ。少なくとも、僕は合コンのために気合を入れて臨んだよ。狙ってる子がいたからね――」


 それが目の前にいる妻だった。

 言わずとも、顔を赤くした彼女も気づいたようだ。


「結果、僕は彼女を作ることができた……そのあとも順調にお付き合いを続けることができて……色々なことを知って……――僕たちは失敗しなかったけど、中には相手の本性を知って別れてしまったカップルだっていたと思うんだ」


「あー、うん。まあ、ね……」


 珍しくもない。自分を『より良く』見せるために『おめかし』して、最高の状態を見せて相手に気に入れられたとして。その後も記録を更新し続けられるわけではない。

 最高までいってしまえば、あともう下がるしかないわけだ。


 お付き合いが続けば続くほど、嫌なところばかり見えてくる。だって嫌な部分を隠してアピールしていたのだからそりゃそうなのだ。


「それが分かっているなら、最初から『最低』を見せておけば、付き合った後は上がっていくばかりじゃないかな。メイクをした可愛い彼女からすっぴんになると、顔面偏差値が低いわけでもないのにガッカリすることってあるじゃない? あ、君は可愛いから安心してよ、これは世間の、一般論……かもしれないよね、って言ってるだけだから」


「ふうん」


 鼻を鳴らしてちょっと不機嫌な彼女だった。


「ほんとにすっぴんも可愛いってばぁ!!」


 必死になって誤解を解く様子に、彼女も彼氏を許したようだ。

 くす、と笑いながら「はいはい」と。


「えー、おほん。それでね、メイク後からのすっぴんはきついじゃない? でも、すっぴんを見てからメイク後の顔を見たら、さらに可愛く見えるんじゃないかなって思うんだ。あっ、もっと可愛くなるんだ! って感じでさ」


 服装にも言える。パジャマを見てしまえば、今後はボーイッシュ、ゴスロリでもいい、女の子らしいドレス姿など、可愛い衣装を着た時にもっと可愛いと思えるようになる。

 いちばん最初に最低を見せてしまえば、あとは上がっていくだけなのだから。


 合コンで自分を良くは見せず、素を見せることでアピールをするのは、遠回りかもしれないが……。まあ、良く見せた方がお互いにパートナーを見つけやすいのは確かだ。


 目的によっては逆効果になるものの、『見つける』ことを優先させるか、『今後の相性』を優先させるかの違いだった。



「って、言ったけど、最初に最高を見たからと言ってこの先ずっと下がっていくわけじゃないけどね。実際、僕は君のことをもっともっと好きになったわけだし」


「それって、あたしがだらしない生活してるから?」


 最初に良く見せ過ぎて、知っていけばいくほどポンコツが分かってくる、という可能性もあるし、それがマイナスばかりでもない。下がっていくことで上がる部分もある。


「違うよ。知れば知るほど最初とのギャップがあってね……そこが可愛いって思えたから」

「むう……? それ、喜んでいいのかしら……」


 不満そうだけど貶されているわけではないと分かっているので、不機嫌ではない様子だった。


 すると、合コンの方で動きがあった。


 まず女性陣が立ち上がって、店を出ていった。残った男性陣が雑談をしながら数十分、待っていると、新しい女性客が店に入ってきた。

 さっき出ていったばかりの女子たちとは真逆のイメージで……。店員さんも新規のお客さんだと思って声をかけるが、女子たちは「さっきまでいた客ですー」と答えて店員さんを戸惑わせていた。


 彼女たちが空いてる席――合コンの席に座る。


 さっきの女子と入れ替わりで入ってきたグループ2の女子たちかと思えば……、



 いや、本人だった。


「これが普段のわたしたちでーすっ!」


 ――と。


 さっき出ていった女性陣がメイクをして、最高のオシャレをして戻ってきたのだ。

 その違いの差は、まるで特殊メイクでもしているかのように別人だった。

 もしくは、ARで新しい顔を上から貼り付けているみたいに……。


「は? 同一人物?」と疑ってしまうほどに、男性陣の目も丸くなっている。

 面影が一切なく、身長だって違うのではないか? 体型もさっきと違うし……見た目を変えていると言っても、まるで皮だけでなく肉から変えているような……。

 骨格から違う可能性も出てきている。


「じゃあ、次は男子の番ね」

「あ、ああ……ちょっと待っててね」

『はーい』


 男性陣たちが店を出ていく。

 ……最初にすっぴんを見せてから、次にメイクをして――人柄を知った上で普段の外向けの自分をアピールする合コンなのだろう。すっぴんが見えない合コンよりは良い合コン、と言えるのかもしれない……。

 相手の素が見えやすいのは確かだ。


「……でも、結局メイクをした後は、ひとりの女の子が視線を集めてたね……」


 すっぴんを知った上でも、やはりメイクで作られた美人がいちばん強いようだった。


「結局、すっぴんもパジャマも見た目だからね。中身が見えないと、メイクの良さで評価はひっくり返っちゃうから。そもそも、あの子たちが結婚を見据えてパートナーを探してるかどうかも分からないわよ? ワンナイトかもしれないし……『男が傍にいる』というステータスを探してるだけかも。だからすっぴんも、実は意味がなかったのかも……」


「そっか……合コンであって婚活じゃないんだもんね……」


 そうなるとわざわざこんな合コンを開催する必要も参加する理由もないのでは? と思ってしまうが、誰もが理由があって参加するわけでもない。

 面白そうだから、で、なんでもできてしまうのが若さだ。


「結婚後の私生活のことまで考えてはいないと思うのよ。だから結局、幻想を作る人がいちばんモテるの」

「いや、幻想って……そこまで言う?」


 メイクの先は幻ということになってしまうが。


「幻想だけど? そうでなければ短時間の夢みたいなものね。あれをずっと維持できるわけがないんだから。……最高のパフォーマンスが崩れたらもうそれはすっぴんみたいなものよ……だからすっぴんの方が長いのは当たり前。メイクはね、幻想なの」


 人は、その幻想を見て誘惑され、繋がり合っていく。

 結ばれては別れ、また結ばれては別れを繰り返す。

 そして、親になれば人は幻想を作ろうとはしなくなるのだ。


 現実を見るから。

 つらい現実を見て嫌気が差した者を例外なく惑わすのが、別の幻想なのだ。


 ……なんだか、家庭の崩壊を見た気がした、と男が肩を落とす。




「結婚、したらさ……」


「ん?」


「また、僕を誘惑してくれる……?」



 子ができても、孫ができても。


 幻想を見せてくれるなら――――絶対に他にはなびかない。




 …了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

すっぴん合コン 渡貫とゐち @josho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ