05 至れり尽くせり

 同時刻


 東藁蘂近く、徒歩数分の場所に位置するイベントホールの地下1Fにて内部生による親睦会が開かれていた。


 生徒はそれぞれでジュースとお菓子を持ち寄り、ボードゲームなどの娯楽を用意していた。

 そこに、何故か業務用のカラオケ機器が何台も設置され、アンプとマイクと液晶が到着。

 更にはディスクジョッキーまで用意されるとなると、室内の活気は溢れんばかりとなる。


 生徒達は予定時刻までの一分一秒を数えるようにその時を待ち続けた。



「今日集まってくれてありがとう。出来れば楽しんで貰えると嬉しい!じゃあ・・・乾杯!」



 主催者と思われる生徒の言葉を乾杯の合図に集められた生徒達は一斉に思い思いの場へ向かう。



「ねぇねぇ、キミ外部生の子?あっちで話さない?」

「分からない事があったらなんでも聞いてくれていいからね?」

「折角機材あるし、カラオケしに何人か行こ」

「あのー今グラス空いてますかー?」

「一緒に回りませんか?」



 集められた生徒はざっと100人を超えている。


 中規模なホールも借りて、機材も借りてDJを雇い入れ、この日まで複数アポイントメント取って漸く無事開催されるまで行き着いた。


 以前例の無い大規模な親睦会

 勿論、狙いがある。



「と言いますと?」



「初狩りと言って差支えないでしょうね、極めて悪質だわ」



 内部生の初月特典、それは同年代でありながら東藁蘂では実質の所、先輩である事。

 入学してフワフワと浮いた外部生は簡単に先輩の言葉を鵜呑みにし、それが誠だと信じる。



「もう何人かの男は手を出してますわね」



 それが恋に繋がるかは一夜の星となるかは別として、彼女――紅林くればやし瑠美子るみこは酷く呆れていた。



「あのー紅林さん?もし良かっ」

「近寄るな下郎」



「あっ・・・う、うんじゃあまたの機会に」



 奇跡の世代と称される彼女達に近寄り寵愛を受ける足掛りとするには絶好の機会。

 氷雪のような紅林の元にも、親睦会に背中を押された勇者が幾人も立ち塞がり、退いた。



「お嬢様に組み付いていい者などこの世には居ないのです」



「一人いますわ、まぁ今回も収穫はありませんでしたが」



「それは・・・力不足で申し訳ありません」



「いいわ、別に今が嫌いという訳でもないから」



 紅林瑠美子は紅林財閥の御令嬢である。


 入学初日の殺伐とした雰囲気や西側の財閥令嬢という肩書きに気圧された生徒達も二日後には彼女を心酔するようになっていた。

 それは彼女の人身掌握術や家柄にのみならず、男にに媚らない遜らない逞しさと気品さを併せ持つ淑女だからというのが正しい。

 今回も彼女のカリスマ性の魅せられた生徒達の勧めで着いてきたのであって想い人探し一辺倒では無かった。



 この数日間の彼女の変化を表している。



「折角の催し、お嬢様も腰を上げては如何ですか?」



「そうね、行きましょうか」



 お付がソワソワとしているのを見て、紅林はクスッと笑うと、早々に席を立ち出歩きを始めた。


 思わぬ人間の来訪に男衆は色めき立つ。

 主催の生徒達は少なからず企画に感謝した。



「一つ野暮用もありますし、ね」



 彼女は稀なる存在感を放ちながら

 堂々とホール中心へ歩みを始めた。





 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「いやすげぇな、マジで人多いじゃん」

「そうだなぁ!もはやここまで大規模だとは!」

「考えることは皆同じ、か」


「ど、ど、どどうしよ」

「はぁ……だから言っただろ塩竿」



 1-A教室からも何人かの生徒が親睦会に参加を表明していた。その中には乾と塩竿含めた陽キャ集団も勿論含まれている…勿論とは言ったものの、乾と塩竿は大分遅れて参加表明を出していた。



 本来こういった眩しい場所は

 彼等の様なインドア派の人間は合わない。



 自分を変えたいという一心と、偶然手の中に転がり込んできた好機を逃したくないという思いから悩んだ末、陽キャ集団の末席に加わる事に決めた。



「おい、アイツらもう何人か引っ掛けてるけど……お前はどうすんの」



「え、あぁ……僕は、いや俺も誰かを」



 坊主頭に剃り込みの入った乾は置いておいて、伸ばしっぱの眉毛におおよそ清潔感を持つ見た目ではない塩竿は、いまいちノリにノリきれない。


 左手にオレンジジュース、右手にポテチの袋

 彼の装備品は、それだけであった。



「はぁ……後で楠に謝っとけよ」



 乾はそう言って塩竿とは反対方向に歩いていき、生徒達が群がっているカラオケ機器の列に加わった。もうその視線は、次歌うだろう生徒に注がれていた。


 塩竿は小さく舌を打ち、今の自分を見せない様に片手で顔の下半分を覆い隠した。



 その後は、意識があるのか無いのか

 夢うつつの状態でホールで歩いていた。



「お~~いたいた!塩竿!」



 無意識に空になったポテチの袋を捨てようとしていた塩竿は、突然聞こえてきた声にハッと意識を取り戻す。そして声の下方へ振り向いた。

 何処のクラスか分からないが女子生徒を片手に歩き飲みをしている、陽キャ集団の主格の生徒がそこに立っていた。彼はいじらしくも悪巧みを思いついた幼子のような顔をしており、塩竿は背中からひんやりとした汗が滴る感覚を覚えた。




「なぁ、今一発芸やってくれる人探してるんだけどさ!確か塩竿って面白い一発芸持ってるって言ってたよな!?」




 塩竿の顔面が青白くなっていく。


 意味不明だった。そんな事言った覚えもないし、適当に相槌とかネットで調べた単語とかを繰り返していただけだったのに……一発芸など知る訳ない。



「へー塩竿君…だっけ?そんな面白いんだ」



「ああ、ここだけの話。多分一番意外性があると思うぜ」



 塩竿の顔面が死んだ魚のように青白くなっていく。

 断りたい、正直塩竿の選択肢は断る以外には無い。


 だが断れない。


 首を突っ込んでしまった以上、この無茶ぶりに応えられなければ行きつく先は死である。せっかく内部生のまま、表立たずカースト下位を保っていたのに一歩間違えれば最下層へと堕ちかねない分岐点がすぐそこまで迫っていたなど、そんなの



「あんまりだ」



 成り行きのまま彼は壇上に上げられた。


 多くの生徒の視線が、スポットライトにて照らされた彼を射抜く。何をするのか、何を魅せてくれるのか、どこまで盛り上げてくれるのか。



「「「「「「……」」」」」」



 白けるようなネタはいらない。

 早く見せろ、さっさと躍れ。


 息が詰まる感覚、これ以上ない人生で初めての緊張感に倒れそうになる塩竿。だがここで輝かずにどこで輝く?否、ここしか無いのならば、今輝くしかない。


 塩竿は覚悟を決めた。



「一発芸……いきます」



 ゴクリと唾を飲みこむ音が、どこからか聞こえた。

 そしてゆっくりと塩竿はその口を開く。



「アジサイ食べたら味最高!

 モナカを買いに行ったらもうなかった!

 抹茶がたくさん、あまっちゃった!

 腐ったホットケーキは、ほっとけい!

 ニラがこっちをにらんだ!

 アナコンダの穴、混んだ!

 猿が躍る、サル・ウィ・ダンス!

 先生が花火している!せんこうはなび!

 近くで話しても、トーク!

 ミッキーマウスを見に、イッキーマウス!



 つくし とても 美しい!!!!」






「「「「「「……」」」」」」



 共感性羞恥で思わず目を背ける生徒、あまりにも酷い内容に天を仰ぐ生徒、何も無かったかのようにジュースに手を掛ける生徒、驚きのあまり固まる生徒、キョロキョロと周りを見回す生徒。


 多種多様な反応を見せる中、一言感想を言うのであれば


 なにを見せられた?


 オヤジギャグをこの壇上で繰り出すのは、確かに意外性がある。

 だが、生徒達のツボに対しては場外、ガーター、死球である。


 塩竿は、この時夢の終わりを感じた。





 

 「あは、ははッ……ふふっ、ふふふっ」






 可愛らしい声で、ツボる声を抑える女子生徒がそこにはいた。

 何故か、このホールで、彼女だけが笑いに悶えていた。



「つくし、うつくしいってっ……ふっうふふっ!!」



 このオヤジギャグで、ツボる彼女。

 だが決して馬鹿には出来ない、何故ならば



 「はー、ふふっ面白いですね、塩竿君」



 彼女の名前は千野クルミ。

 1-Aにて絶対的男子人気を誇る美少女。


 まさかの奇跡の世代の反応に、千野の面子を守るように多くの男子生徒が見せかけの笑いを見せ、ホールは瞬く間に生徒達の笑い声で埋め尽くされた。

 塩竿を出汁に使おうとしていた陽キャ集団の主格は、この想定外すぎる反応に驚きはしたものの逆に塩竿の利用価値を再認識した。



「……千野、さん」



 そしてどこ吹く風で壇上に立ち伏す彼は

 思わぬ女神の救いに心奪われる。



 それは事実上、彼の初恋だった。









「さて――こんにちは千野さん」



「あら……こんにちはさん」




 そんな彼を横目に奇跡の世代と称する

 彼女達はひっそりと会合を果たす。

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