04 ︎︎ドントライ
「?」
効果音が聞こえそうな程、急に現れポーズを取る紙袋の少女。
その勢いと圧倒的な非日常感にシオンの頭は思考を停止した。
「ね、ねぇ聞こえてる?」
「・・・ん、あぁ聞こえてる」
一度は呆けてしまったシオンだがすぐさま平静を取り戻し、まるで何事も無かったかのような声色と口調で言い返す。
シオンから反応が返ってきて、目の前にいる少女はコロコロと笑った。
「うんうん!やはり私の目に狂い無しぃ」
少女はクラフト紙で作られた濃い茶色の紙袋で頭をすっぽりと覆っているが、目元に空けられた二つの穴から瞳がひょっこりと覗いている。
首から下は何の変哲もない女子生徒と姿形だが臀部の発育が同年代とは比べ物にならない、大きさでは神代と同程度に思えた。
紙袋の少女は自信満々に腕を組み、そのたわわな胸を強調している。
情婦でもめったに見られない大きさにシオンは目を逸らして抵抗した。
「ふーー......よし!」
気合いを入れ直すように深呼吸を挟み勢いよく歩み寄る、仕草は半端無く元気な人だとシオンは思った。
身長差も相まって余裕で上目遣いなのだが目に映るは紙袋のみ、夕焼け射す放課後シチュが台無しである。ただ少女から漂う芳醇な柑橘系の匂いは、反応してはいけない部分を反応させてしまう。
「
「部分的にそう」
「今バイト探してるよね?」
「どちらとも言えない」
「実は人と接するの好きだよね?」
「部分的にそう」
「アンケートじゃないんだよぉ?!」
「やっぱり元気だね」
悠長にツッコミを入れながら喋り出した少女に面食らいつつ、あくまで冗談の延長おふざけの範囲内でシオンは受け答える。
そんなシオンの態度を意に返さず、紙袋の少女はまた一歩距離を詰め、シオンはまた一歩距離を置いた。
「えっと、とにかくね!楠くんが良かったらカフェ店員やってみない?」
「保留で」
「接客未経験でもOKだから!コーチ付くからしっかり研修でも給料出るから!」
「保留で」
「お願い!知り合いのカフェなんだけど経営キツくて破産寸前なの!お願い力になってー!」
「本心漏れてるって」
「お願いっ!一生のお願いじゃないけど見ず知らずの女の子の言う事聞け!」
「命令かよ」
手を前に突き出して拝まれる。
三流漫才みたいなトークに元気溢れる仕草や態度、受け手に回ってのらりくらりとしてはいるが以前として向こうの意思は固い。
正直面倒なのでサッと断って解散.....したいのだが如何せん無視出来ない理由を抱えている。
「あっ!......友達出来るかも!」
「躊躇無いね」
バイト、しかもカフェバイト。
友達0人を本日も継続中のシオンにとっては確変突入またと無い
そして彼女からは聞き逃せない部分が少々聞き取れる、シオンはそこから解決すると同時に話のリードを握ろうと考えた。
「俺に友達いないってよく知ってるね」
「今日もずっと一人だったから」
「ん、同じクラス?」
「い、いやぁ違うけどぉぉ?!」
瞳が激しく動き、慌てふためくように後ずさった。
想定以上の反応に思わず口をあんぐり開けるシオン。
(嘘下手か)
人は感情や思考を身体から切り離すことが出来ない、その心内は目線、態度、仕草、瞬きの回数等として身体を通じ信号として出力されている。それに対して人は意識的又は無意識に構えたアンテナでキャッチし、理解して行動に移す。
思考感情を相手に伝える送信機と相手の思考感情を受け取り理解する受信機。
上で欠けてはいけない要素である。
「ババ抜きとか弱そう」
「え!分かるの?!」
「はー」
シオンは思わず顔を手で覆った。
指の隙間からは不満そうに地団駄を踏みながら上下に揺れる紙袋の少女が見える、不釣り合いにもアンバランスな尻桃が連動して動いているが本人は気にも止めない様子。
己に無頓着なのか?
はたまた自分を引き込む策なのか?
少し言葉を溜めてからシオンは話を再開させる。
「まぁ友達くらいすぐ作れるよ、部活動だって控えてるし林間学校も体育祭もある」
「難しいと思うよ」
「はは、こう見えて社交性には自信があるから。決めつけるのは早い」
「いやーだって――」
「さっきから失礼だね」
そう言いかけた所で
彼女は壁まで押しやられる
「い、痛っ」
まだ自分を認知して数日、学校にいる時間は数十時間にも満たない、彼女とは今に至るまで会話した事も無いから関係性も何も無い。そんな人間にここまで言われるとは心外である、煽りと受け取らず何と言う?
「名も知らない、姿も見せない、秘密ばっかのキミが俺を語るなよ。お願いしてくるわりには随分と上から見下した態度だが人に頼む時は先に言う事があるだろ?」
「なに?お願いしますって言えばやってくれるの?」
「その程度の教養すら欠けてるのか?哀れだな」
「はぁッ?私を怒らせる気?」
「それが素か?あっさり見せるなぁ」
「なっ!……ぬぬ」
お金に困っている訳では無いし友達を作る手段としてバイトを選択するには時期早々な気がする。だが友達作りの最終手段として検討の余地は十分にある、持ち帰るだけ持ち帰るのが安定だろう。
「まぁそんな事は置いておいて、バイトの件だ」
「何がそんな事よ………で、返答は?」
「一旦持ち帰っていいか?」
「えぇぇ!即決じゃないの?!」
「どこから来るその自信」
前のめりになった少女から離れる、両手を前に突き出して抵抗の形を取る。
「一旦、一旦ね」
「まぁ、早い内にすぐ来てよね、分かった?」
そう言ってノートの切れ端のような紙切れを取り出して掌にねじ込んだ。
雑に折り曲げられており、薄い黒鉛で文字が書かれていた。
「今度空いてる時にここ来て、学校からは結構近いから・・・って!?」
シオンは走り去ろうとする紙袋の少女の腕を掴み、引き留めた。
少女の仕草は分かりやすく不満を示しており、茶色のクラフト紙に開けられた二つ穴からは人でも殺しそうな程、鋭い眼光がこちらを覗いていた。
流石にやりすぎたかとシオンは思い、担いでいる鞄の外側に供えられたポケットに手を差し込む。
「さっき突き飛ばして悪かった、打ち身になってるかもしれないから一応渡しておく」
「あ・・・ありがと」
シオンが少女へ手渡したのは、掌を覆うくらいの肌に貼り付けるタイプの湿布。決して派手ではないが、地味でもない絶妙な柄の湿布だった。
彼女は目の前の彼が少なからず強引な手を使った事について申し訳なく思っている事に気づいた。そして彼の意外な対応に少し驚く。
「さっきは言い過ぎた、ごめんなさい」
「いや、クラスの人気者の可愛らしい一面が見えて面白かったよ」
少女の肩が面白いように弾み、よろよろと後ずさる。
「ん……なっ、何の事か分からないぃ~!」
そしてシオンから逃げるように、その場から走り去った。
叫ぶ声が聞こえなくなり、また静寂が戻ってきた所で
「あー疲れた」
ようやく、シオンは帰路に着く。
気だるさはこの数日で一番に大きかったし、最後に面倒な約束を交わされたシオンだったが不思議と口角は上がっていた。
関わる予定はサラサラ無かったが、向こうから関わってくるなら別に他の生徒達に遠慮する必要は無い。
今日は早く帰って食事を作る予定だが、明日は特に予定が無い。
出来るだけ早くと彼女を言っていたのをシオンは思い出す。
「ま、明日にでも出向いてみるか」
夕焼けに照らされたシオンは
形容しがたい笑みを浮かべていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ここまで来れば――」
人気の無い別棟の空き教室。
有り合わせで作ったクラフト紙の覆面を脱ぎ捨て、ゴミ箱へ捨てる。
無理やり詰め込んで乱れてしまった美しい蜜柑色の髪を再度ハーフアップに整えていく。
「来てくれるかな」
紙袋の少女こと――神代夏。
昨日の昼休み、彼女は大波に攫われた人間ではあった。しかし、食堂に行く直前でスマートフォンを忘れた事に気づいたことで、一度教室に戻ってきていた。
教室にいたのは、ボソボソと会話を続けている数人のグループと、スマホを持ち寄って盛り上がっている三人の男子生徒だけ。
(戻るの面倒だなぁ)
女子群はカーストの構築に必死で、より奇跡の世代に取り入る事が最上位ならずとも上位に君臨する為の必須条件の考えていた。
神代と千野の元には、それはそれは見た事の無い長打の列が出来上がっており自己紹介から明日明後日の誘いが絶え間なく浴びせられていた。
食堂の代金など正直周辺の生徒が払ってくれる可能性すらあるが、スマホを取りに行くという口実と印象操作の為に彼女は一人で教室に戻ってきていた。
そんな中、彼女の視界に引っかかる生徒が一人。
「あれ、誰だっけ」
漆黒に近い黒髪を耳辺りで切り揃え、長い前髪で顔半分を覆い隠す男の子。
無邪気な笑いを見せながら、スマホゲームに勤しんでいる。
クラス内データによると、名前は楠シオン。
最近この辺に引っ越してきたばかりの外部生。
そんな人間が何故、浮いて見えるのか。
彼女はその理由を深く観察するように彼を見定めた。
暫く見て、その理由に彼女は気づく。
「きれい」
彼は美しかった。
椅子を引く所作だったり、座った時の姿勢だったり、細かい仕草だったり、まるで一流のマナー講師に長年躾けられてきたかのように気品に満ち溢れた行動の数々。
15歳にしては、あまりにも違いすぎる。
良い意味で、彼はそこで浮いて見えた。
その時、神代夏は楠シオンに興味を抱いた。
決して恋愛感情は発生せず日常の中で一瞬にも満たない時間の出来事ではあったが、確かにこの時神代夏の興味をシオンは強く惹いてしまった。
これは誤算であり、彼も彼女も想定するはずの無い出来事。
シオンらにとっては到底知る由もないコトだ。
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