03 ︎︎波動コマンド
「は?」
ベッドに全力スローイングしたスマートフォンを拾い直し、再度文章に目を通す。
確かにアカウントBANのメールだった、見間違いではない。
「昨日と今日なのに?」
垢BANそれも永久凍結という理不尽過ぎる仕打ちに思わず悪態が漏れる。
普通ならば初回は注意メールだったり七日間、十四日間程度の利用停止の宣告が先に届く。永久凍結など1発アウトな処分を下すのは審判としてはどうなのかと疑問が生じるのは当然だろう。
しかも昨日今日であまりにも運営の対処が早すぎる、趣味にも満たない空き時間にちょこっとデイリークリアするくらいのプレイ頻度なのにも関わらず、だ。
「度が付くほどじこちゅー運営だな」
シオンはSNSのアプリを一つも入れていないので、昨日投稿されたあるプレイヤーの視点動画を知らなかった。
タイトルは『ソルルナ 五対一 チーター視点』
相手の太陽陣営は環境のムーブスポイラ編成、『ムーブド』の移動能力と『スポイラ』の継続ダメージ継続回復を援護に『バーニン』の炎熱能力と『スプリングズ』の遠隔操作、『ソード』の近接フル特化で殴る。
対して視点主は一人、使用キャラはリップス能力は『自他共に回復無効』
このキャラクターは奇襲を主軸とした立ち回りが主な役目だ。装備出来る武器も少なく身体能力も低い為、一対一の状況にもっていかれるとほぼ確で負ける。この対面性能の低さを以て回復の無効化という能力と釣り合いを保っている。
ただその対面性能を補うことが出来るかもしれないネタが一つ存在していた。
後方空中攻撃全体32fの内、発生直後の僅か4fだけ自身の当たり判定が十分の一程度になる瞬間がある。
この仕様を利用すれば回復無効の攻撃をノーリスクで与えることが出来るなどと机上の空論が成立する訳もない。
感覚目押し運ゲーと世間は叫んだ。
人間には不可能とそう結論づけた。
しかしこの視点主は違う。
4f回避を一度もミスすること無く環境構築の編成に完勝、驚くべきは回避精度よりPSの高さにある。
五対一にも関わらず画面外の敵の位置をマップを使って把握し、完璧なキャラコンを以て確実に相手を仕留める。4f回避は緊急回避手段として用い、攻撃持続が長い攻撃に対しては巧みな位置取りとアイテムでカバーする。
初期衣装のキャラクターが重課金者の輝かしいキャラで構成されたフルパを粉砕するのは美麗で清々しいモノではあるのだが
『チート過ぎるだろこれwww』
『確信犯で草』
『報告一択』
『つまんな』
チート視点と注略があること、プレイが異次元過ぎることもありコメント欄は視点主の誹謗中傷の苗床になる。またその悪意によって動画は拡散に拡散される事になり、運営が試合のログを見返す所まで辿り着いてしまった。
そこで問題が発生する、ハッキングの痕跡が見当たらなかったのだ。
可能性として考えられるのは1つ。
限りなく精密で相手によって適応可能な操作を行うことが出来る外部機器の可能性、恐らくはAIを通じた機械操作。
ハッキング無しにキャラ性能の理論値を引き出す極めて悪質なハードチート。
運営の判断は迅速で、動画が公開されてから三時間後に視点主と所属クランに対しての厳格な処置を下した。
その結果シオンは永久垢BAN、乾、塩竿は一ヶ月間の利用停止処分を食らう。
――とここまでが昨晩の出来事の話。
シオンは教室に入ってすぐに今日登校してしまった事を後悔した。
「お、おはよう」
入ってくるや否や、教室の視線が全て同じ方向を向いた。いつ以来の緊張感、ゴクリと生唾を飲み込み窓際後ろから二番目の席に座る。
不自然に長い前髪を振るって、隙間から前の方に座っているだろう彼等を探す。分かりやすく塩竿がこちらを睨んでいるのが見えた、だがその視線はすぐさま別の方向へ向けられる。
「おいおい、塩竿なぁしゃーないって」
「塩竿君元気出せよ!いい機会じゃないか!」
「この際だ、インドアは卒業しろ」
シオンは大きく息を吸い、上昇していく体温を抑えるよう全力を努めた。
彼等の周り立つ生徒の会話から、事態を読み取った上での判断だ。
(売られたか)
ゲームは浅くとも幅広い世代、幅広い種類の人間に親しまれている。もはやそれが昨今では定番となったFPSとなれば話は早々に片が付く。
彼らは、昨日の件をクラスに取り入るネタとして捉え、燃えやすい話題を供給した。ヒエラルキーのトップ層、つまり陽に分類される集団にシオンを生贄にして取り入ったのだ。
「んー酷いっちゃーに酷いけど......ほんとにチートなのか、あれ」
乾はなんとも言えない浮かばれない表情を浮かべており、罪悪感はしっかり抱えているのが分かる。
だがそんな乾を牽引するように話は明るく面白く、自分達と比べて人を小馬鹿にしたような内容に移り変わっていく。
「お、おれはおかしいと思ったんだ!」
塩竿は一人称まで偽って陽キャ集団に媚を振りまいていた。着火剤を適宜放って話題の中心となれるよう、必死に会話入り込んでいた。
「はぁ」
顔に出ていたかもしれない、シオンの傍を通りかかった女子生徒は逃げる様にそこを離れる。事実、彼の表情は前髪で隠れていたのが幸いと思う程に険しかった。
容赦なく浴びせられる視線から逃げるように硝子一面隔てた向こう側を見る。
百を超える高さの高層ビルが立ち並び常にドローンが空を飛び交うこの日本国は、少なくとも故郷よりずっと美麗で人間味の溢れた景色を見せてくれていた。
だが今はどうだ?
シオンは再度教室に目を通し、出来上がってしまった国家を俯瞰する。
親鳥と雛鳥のように席に群がってもみくちゃに会話を続ける神代と千野。
教室の廊下側前方でチラチラと教室を見ては内緒話を大声で話す女子生徒。
窓側前方で陽キャ集団に囲まれた乾とキャラ変更で必死の塩竿。
中央は隣同士仲良くなった系で楽しそうに話を展開する男子生徒や女子生徒。
私立東藁蘂高等学校入学二日目
独立国シオンが建国された瞬間だった。
「これからどーしよ」
スタートダッシュ失敗したのは良い、悪いけど良い。ここからどう巻き返すかが一番重要で一番頑張らなければならないことだ。
ひとまず目標は友達一人。
使えそうなのは今度提出する部活動希望調査だろう。そこでいい感じの部活を探して入部して上手く友達を作ればいいのだ。
危惧すべきはマイナスな噂を垂れ流される可能性がある事、流石に無いと思いたいが可能性としてゼロではない。あの塩竿の野心に飢えた目をシオンは昔見た事があった、経験から来る嫌な予感は今も頭の中で蠢いている。
それを振り払うように
シオンは机に突っ伏した。
「......」
その様子を後ろ斜め右の席で眺める少女が一人、初日から独立国家を築く彼女は小説を横目に彼の様子をじっと見ていた。
名を独立国マッシーナと呼ぶ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
放課後、今日は一人で教室から出た。
もしかしたら当分一人かもしれないけどね、”今日は”一人だから、今日だけだ。
初めて学食に行ってみた、図書館も行ってみた、部活動見学もしてきた。
そう一人でもやれる事はある、案ずることは無い......けどやっぱり
「一人はな」
単独任務で他国を訪れた時は一年以上一人ぼっちだったが、あの時の俺は耐えられた、贖罪を完遂するという目標があったから耐えられた。
でも今は違う、今はただ苦しい。
後悔が湧いてくる、目も熱い。
「なにしてんだろう、俺」
口から漏れた言葉は俺心から出た心の錆、どこまで自分を騙し通せるのか。
一層元気がなくなった俺は、もう帰りたいと帰路につく。
「――うぇ?」
突然の出来事
素っ頓狂な声を上げてしまい、さっきまでの鬱具合が吹き飛ぶ程の衝撃を受けた。見間違いかと三度程見て逸らしてを繰り返したが、意味は成さなかった。
この日、俺は人気のない廊下で
「カ......カフェの店員とか興味ない?」
頭に紙袋を被った少女と出会った。
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