序章 -第2節- 地竜

 ツヴァイが指揮を取る西側の戦場にてワイバーンとの戦闘に入ったと中央のジルコに伝令が入ったと同時刻。ジルコの元へはもう一方の伝令が入る。


 王国軍兵「申し上げます!我が軍前方より敵軍の進攻を確認!!その数、数万!!!」


 ジルコ「いよいよ来たか。こちらは迎撃準備に入る!すぐにD-Slayer部隊に援軍を要請しろ!!!」


 王国軍兵「はっ!!!」


 こうして、王国軍より援軍要請を受けたログナ隊を抜いた全D-Slayer部隊は王国軍中央の本陣に集結していた。

本陣では王国軍の兵士たちは慌ただしくしている。それを見ていたユーリは、何かに気付いたのか、ギーツに駆け寄る。


 ギーツ「?どうした?」


 ユーリ「…ただの気のせい、であればいいんですが。先ほどから王国軍兵の中に、魔鉱石を持つ者がちらほら見受けられるのですが、まさか…。ですよね。」


 ギーツ「…。いや、そのまさかであってるだろうな。兵士の中に高位な神官クラスの魔導師が数十人いる。神滅魔法でも使う気かも知れねぇな。」


 ユーリ「!?それって…、仮にも私達が前線に加勢に加わることになったら…。」


 ギーツ「その事なんだがな。今回のこの王国軍の進攻…。完全に裏がありそうだから、クドゥとピノには真相を掴んで貰いに中央じゃなく北側の軍に潜り込んでもらった。そこでの動きを今は待つしかねぇ。」


 ユーリ「そんな裏工作もしてたんですね。はぁ…。まったくあなたは。意外にも頭も回るので、つくづく仲を違えて無くてよかったと思いますよ。」


 ギーツ「なんだそりゃ。なんでもいいが、お前も後でちょっと付き合え。ジルコに聞いておきたい事もあるからな。」


 王国軍の動きに対して、何か違和感を覚えていたギーツは誰にも気づかれない様に、D-Slayer部隊の中でも情報収集や密偵に特出しているピノとクドゥを北側にある王国軍部隊に密かに潜り込ませていたのである。

 そのため、中央の援軍には9部隊ではなく実質7部隊のみが加勢に来ていたのだ。


 そんなギーツの思惑がめぐっている中、眼前に迫る敵に対し王国軍は順次進軍の準備を進める。本陣周りの防衛網を厚くし、前線に向かうべくゴナを筆頭に攻撃部隊構築が始まり、あとはジルコの合図のみを待っている状態になった。


 その頃、王国軍総司令部テントでは。

 ジルコを含めた上層部が集まっていた。その中にはもちろん先のギーツとユーリの姿もある。


 ゴナ「攻撃部隊の準備は上々ですぞ!ジルコ殿、いつでも出撃可能ですぞ!!!」


 ジルコ「心強いな。だが、この戦いの先陣は出来る事なら、D-Slayer部隊に出てもらいたいのだ。」


 ゴナ「なんと、我ら王国軍ではなく。D-Slayer部隊が先陣ですか!?なぜそのような…。」


 ギーツ「俺もそれは聞いておきてぇなぁ。まぁ、相手が北方の息のかかったやつ等だからその判断でも納得は行くが…。それよりも、西側の援護にD-Slayerを回さなかった理由を知りてぇ。こっちは適当に理由を付けて他の隊を言いくるめてはきたが、全員がちゃんと納得している訳じゃねぇしな。」


 ユーリ「…。」


 ジルコはギーツの言葉に少し眉間を歪めたが、その後に何か決意をしたのかゆっくりと口を開いた。


 ジルコ「どこから話せば良いかは分からんし、今はそこまでの猶予もないのでな。簡潔に説明させてもらうが…、今回の王国軍侵攻はこの世界での協定に反するものでな。なのになぜ進攻に踏み切ったかと言えば、北方竜ゼーガロンが持つというエンシェント・ドラゴンの力を欲するという私利私欲によるものだ。」


 ギーツ・ユーリ「!?」


 D-Slayerの二人の反応だけではない。その場に居た全ての者が同じ反応であった。間を切り言葉を投げ出したのは、ユーリだった。

 

 ユーリ「だから、魔鉱石による神滅魔法の行使だというんですか!?神滅魔法がどれ程のものかご存じなのですか?あの魔法はっ!!!」


 いつになく冷静さを欠き、怒号の様な感情的な言葉をむき出しにするユーリに、それを右手で制しながらギーツは、


 ギーツ「落ち着けよ。お前の気持ちは分かる。けど、まだジルコの話が終わってねぇ。最後まで聞いて、それから判断しても遅くねぇだろ。」


 ユーリ「…。取り乱してしまい申し訳ありません。続きをお聞かせいただけますか。」


 罰が悪そうな感じは出していたが、ジルコはまた話出した。


 ジルコ「まさか、気付かれていたとは恐れ入る。その通り。神滅魔法…、いやわが国では神裁魔法しんさいまほうと呼んでいる。今回の進攻は国として絶対に負けられない。その為の戦術なのだ。すまぬ、理不尽なお願いだという事は重々承知している。だが、この神裁魔法発動の為の時間をD-Slayer部隊に任せたい。出来る限りこちらの被害も少なく済ませよとの王の命でもあってな。」


 ユーリ「そんなバカな!!!あなた方の私利私欲の為に、我らに命を懸けろと!!!神滅も神裁も呼び名が違うだけで、中身は一緒だろ!!!そんなふざけた魔法の為に、なんで俺たちが、

 

 ギーツにさえぎられるユーリ。


 ギーツ「…。俺もこいつを止める理由を探しはしたが見当たらねぇ。けど、俺らも王国民だ。国があってD-Slayerとしての職もある。だからこの戦いでの時間稼ぎはやってやる。ただし条件がある、その神裁魔法…。確実に成功させられる自信はあるんだろうな。てか、その魔法のデメリットも分かってて使おうとしてんだよな。だとしたら、絶対に失敗出来ない事はアンタが一番分かってるんだよな。そこの認識だけは絶対だ。もし、アンタの中に不安要素が少しでもあるんなら、王の為とか王国軍の威厳の為とかじゃねぇ。この世界の為に、使うのを諦めてくれ。それが俺らがその作戦の為の時間を稼いでやる条件だ。」


 ユーリは唇をかみしめ、肩を震わせていた。ギーツもさすがにここまで声を荒げたユーリを見るのは初めてだったが、なぜここまで感情をあらわにしたのかは理解していた。その為の条件出しであった。その内容に対し、ジルコは少し考えていたが、その重い口を開いた。


 ジルコ「この作戦に同意し、実際に立案した時点でなんの不安要素もない。それに、この魔法の全てを熟知している。必ず成功する。だからお前たちは余計な事は考えず、時間を稼いでくれ。大丈夫だ。必ず成功させる。」


 ギーツ「…。そうかよ。なら、俺らのやる事は一つだな。そこのドワーフ親父にはわりぃが、俺らが時間を稼いでる間は余計な手出しはなしで頼む。それと、言い切ったからにはその言葉を裏切るなよ。じゃあ、俺らは準備するから行くわ。この状況なら明日の朝一が作戦開始って感じだろうしな。それにコイツを落ち着かせなきゃいけねぇからよ。」


 ジルコ「…。そうだな。明日の朝、作戦を遂行する。他の者たちも今のうちに休んでおけ。では、本日はこれまでにする。解散!」


 ギーツたちが後にしたテント内では、


 ゴナ「…まさかアレを使うとは。よもや我らにすら隠されているとは。」


 ファルス「ジルコ殿、神裁魔法とはなんなのですか?D-Slayerの彼はなぜあそこまで感情的に…。」


 ゴナ「ファルス殿はまだ知らぬのですな。まぁ、まだ生まれる前の話ですからな。」


 ジルコ「…。神裁魔法、アルゴノーツ・レクイエム。別名:Purge of the Gods《神々の粛清》レイスグローリアは五大国家の中でも神を信仰し、その加護を受けている事で知られている。それらを力に変え敵を殲滅する。だが、その威力故に失うものも少なくはない。」


 ファルス「馬鹿な。そんな事は分かっているのになぜそのような危険な魔法を…。」


 ゴナ「相手が五大竜の中でも最強とされている、漆黒怨竜だから…、でしょうな。とは言え、五大竜を討伐する事自体が、五か国協定に反しておりますがな。」


 ジルコ「ファルス殿には申し訳ないが、これ以上は話すわけにはいかんのだ。我々の為、ひいてはそれがレイスグローリアの今後の為と思っておいてくれ。さて、少し話が長くなったな。明日は頼んだぞ。先に休ませてもらう。」


 神裁魔法とはなんなのか。また、王国は何を隠しているのか。ジルコやゴナは何かを知ってはいるようだが濁らせていた。そんなテント内の話など知らないD-Slayerのキャンプでは。


 ユーリ「…本当に失礼しました。自分でも感情の制御を出来なくて。」


 ギーツ「別に気にすんな。俺はあまり詳しい事は知らねぇし、むしろ知りてぇとも思わねぇ。俺はお前ほど冷静じゃねぇ。俺がお前を止める余裕があるうちに二度と同じ事を引き起こさせねぇ様に務めるだけだ。」


 ユーリ「ふふふ。ギーツさんは不器用ですよね。ははは。」


 ギーツ「あぁ?何笑ってやがるんだてめぇ!明日ははえぇんだ俺は寝るからな!ほかの部隊に話通しとけよ!チッ!」


 ユーリ「…本当に、その不器用さ。ありがとうございます。」


 ギーツ「?なんか言ったか?」


 ユーリ「いえいえ、他部隊へは伝達しておきますよ。おやすみなさい。」


 ギーツは小首を傾げながら自室へと戻っていった。

 いよいよ始まる北方での戦い、王国軍もD-Slayerも各々の想いを胸に夜が更けていく。サマルビア丘、吹き抜ける夜風はどちらの想いをも空高くへと散らしていく。そんな夜の王国軍キャンプ内に揺れる二つの影。


 影1「案外簡単に紛れ込むことができましたな。王国軍は必ずアレを行使するはずです。それだけは絶対に阻止せねばならぬのです。」


 影2「そうは言っても、なぜわらわまで…。」


 影1「この戦いは必ず貴女様もお力が必要になります。ですので、最後までお付き合いください。」


 影2「…仕方がないのう。だが、ずっとあそこにいるよりはマシだからな。致し方ない。」


 影1「ありがとうございます。ではお願い致します。」


 一人が地面に手をかざすと、地表が淡く光始める。それを皮切りに王国軍が準備した魔鉱石が共鳴を始める。物音もなければ淡い光もさほどの発光力を伴うわけでは無いので王国軍キャンプ内では何事もなく夜が更けていくだけだった。


 影2「ふぅ。こんなもので良かろう。お前の話が事実であればその愚行だけは阻止せねばならぬからな。」


 影1「ありがとうございます。こんな事でお手を煩わせることになって。」


 影2「…かつての。いや、貴様たっての願いだからな。構わぬ。さてそろそろ戻ろう。長居は無用であろう。」


 影1「そうですね。では参りましょう。」


 静かな夜、その闇夜に溶け込むかのように二つの影は姿を消した。そしてサマルビア丘の夜は更けていった。

 翌朝、サマルビア丘に陣を敷く中央本陣では既に行軍が始まっていた。もちろんその軍を率いる先頭にはD-Slayerの7部隊が付きそれぞれ神妙な面持ちのまま進軍していく。

 暫くしてギーツ隊は目視で敵を確認出来る位置まで到達し、後ろを行軍していた王国軍に手で合図を出す。

 

 ジルコ「…合図が出たな。よし、魔導隊。事前に話していた通りに陣をはれ。ゴナの部隊で魔導隊の護衛を頼む。ファルス殿、私と共にこちらで前線D-Slayer部隊の援護に回ってくれ。」


 全部隊がジルコの指示により各持ち場に向かう。神官魔導士達の周りを護衛するゴナの隊には、それぞれ大量の魔鉱石を持つ兵士が配備されている。魔鉱石は魔力強度を上げると同時に術者の魔力量を極限まで引き上げる。ただし、使用量を間違えれば術者は愚かその場で魔力暴走を引き起こすほどの危険な代物でもある。


 ゴナ「よし。そろそろですな。魔導部隊の方々はそれぞれ500人ずつの兵士をつれ各持ち場につき、詠唱を開始して頂けますかの。なぁに大丈夫。敵にはこの動きはバレておりませんし、今頃D-Slayerの若者たちが頑張っているころだろうからの!がははははは!」


 ゴナの指示と同時に30名の魔導士達がそれぞれの配置に向かうべく500人の兵士と共に散らばる。その面持ちは白い王国魔導部隊の制服についているフードによって隠れている為分らない。静かに持ち場へと向かっていく。

 持ち場につくとそれぞれが魔法陣を敷き、その真ん中に立ち杖を突きたてると詠唱を始める。その周囲には兵士が持ってきた魔鉱石をちりばめてある。

 詠唱がはじまると徐々に魔鉱石が発行を始め、魔法陣が神々しく輝き始める。全ての魔導士が魔法陣の上で詠唱を始めたころ、中央では。


 ギーツ「さて、覚悟決めろよお前ら。相手はリザードマンにハイリザードマン。それとワイバーン。想像以上の数だが…。ドラゴンそのものに比べりゃただのトカゲだ!行くぞッ!!!」


 ついに、D-Slayer部隊が敵軍と衝突し始める、相手も突っ込んでくるD-Slayer部隊に対し大きく口を開き咆哮しながら両手に持ったサーベル上の武器を振り上げながら屈強な脚を使い向かってくる。


 ギーツ隊の動きは後方からその行く末を見届けるジルコでさえも呆気にとられるほどの動きで敵を倒していく。その勢いにアレを使わずに済むのでは無いかと錯覚させらるほどに。だがその動きにも徐々に陰りが見え始めるのにも気が付き始めた。それもそのはず、D-Slayerは7部隊。人数にして35人しかいない。その人数で相対するのは数万を超える怪物達。それは後方で待機している王国軍の皆が思っている。なぜ彼らだけが戦っていて自分たちは待機なのか。徐々に兵士たちにその不信感の様なものが伝播し始める。動揺・焦り・困惑が徐々に王国軍全体に広がり始めようとしていたその時であった。


 ユーリ「ギーツさん!そろそろ!!!」


 ギーツ「…いよいよ、か。よーし、お前ら!王国軍に合流するぞ!後退しろ!!!」


 天を指さしながらユーリが二頭のハイリザードマンに剣を突き立てていたギーツに向かい声をかける。それを受けてギーツは空を確認し、全D-Slayer部隊に後方の王国軍の位置まで速やかに後退するように命じる。


 この激戦が始まり、天候も荒れる事なく穏やかな表情を見せていたサマルビア丘に異変とも呼べそうなほどの暗雲が立ち込め始めたかと思いきや、その空を大きく覆うように神々しく光り輝く魔法陣が展開された。

 その異様なまでの光景に、ワイバーンはその場で自分たちのいる空よりもさらに上を見上げる。地上でも同様にリザードマンやハイリザードマンも天を仰ぎ見る。まるでその光は天から何かを授けてくれるのではないかと思わせるくらいに神々しく光り輝いている。これだけ見れば神秘的と言っても過言ではないかもしれない。

 だが、その光は徐々に魔法陣と共に降下し始めるその光は光度を増しながら、上空で浮遊していたワイバーンの大群に徐々に近づき始める。一翼のワイバーンがその光に吸い込まれるかのように上空に飛翔していく、もうすぐ魔法陣に到達してしまう、そのくらいの距離まで接近したとき、一瞬の出来事でそれを見ていた全員が認識できたかどうかは分からないが、最接近したワイバーンはその場で姿形もなく消し飛んでしまった。


 ユーリ「…、なんて。なんて魔法を…。」


 ギーツ「もう後戻りはできねぇな。」


 ジルコ「覚悟の上だ。それに国王の意思は絶対だからな…。」


 ギーツ「そうかよ。あんたも大変だな…。同情はしねぇけどな。」


 地上から見ている者たちは何が起きているのか分からない者達ばかりだった。だが、誰もがその光景をただ見つめていただけだったがその時も直ぐに終わり落胆へと変わる瞬間が訪れる。

 大規模な魔法が発動し、今まさに地上の敵を殲滅しようとしている時だった。


 サマルビア丘の広大な大地が大きく揺れ始め、一部大きく隆起した地表部分から膨大な魔力量の光の柱が上空めがけて昇っていく。


 次の瞬間、徐々に下降を始めていた魔法陣が光の柱により破壊されていく。まるでガラスが砕けるかの様に割れた魔法陣はその破片を散らばせながら地上に降り注ぎ始めた。


 ギーツ「おい!こりゃ一体どういうことだ!絶対成功させるって言ってたよな!!!」


 ジルコ「い、いや!待ってくれこれは全くの想定外な事態で…。」


 ユーリ「まずいまずい、マズいですよ!この感じ、上空の壊れた魔法陣もそうですが、この大地の揺れと魔力量…。」


 ギーツ「クソが、こんな時に五大竜かよ!!!しかもここは北方だってのによ!!!誰でもいい!ログナにこの事態を伝えてこい!お前でいいや!!行けッ!!!」


 ジルコ「…そんな。神裁魔法が…、国が終わる…。」


 ギーツ「おい!しっかりしろ!今は兎に角この場を離れろ!出てくるぞ!!!地竜が!!!」


 ギーツの声に合わせたのかと思うくらいタイミングを同じくして、隆起した地面を大きく揺らしながらその巨体は地上に姿を現す。まるで目の前に新しい大地が生まれたのかと思うほどの大きさ。先ほどまで見えていた北方の山々をも覆い隠すほどのソレは地上に降り注ぎ始めていた魔法陣をその大きな背中から放たれた光の柱によって全てを消し飛ばされた。だが、その攻撃は空だけでなく同じく地上の至る所に被害を与えていた。


 ?「地脈に乱れがあったかと思えばこの様な、世界をも変えようとする禍々しい魔力を放つとは…。多少の被害は己の非を受け止める為の戒めだと思う事だ。主たちもこの辺りで根城に戻れ。もし、また大地の怒りに触れることがあればその時は…。その心にしかと刻んでおけ。」


 地鳴りのような大きな声はまるで神裁魔法を放った王国軍に向けて放たれた言葉のようにも北方のドラゴン族たちに投げかけられた様にも聞こえた。だが、ドラゴン族側の部隊はそのまま北方へと退いて行った。


 ギーツ「こんなの、もはや災害だろうが…。規格外だろ…。」


 ユーリ「…。今回は不覚にも助けられた…。という認識で良いのでしょうか。まさか五大竜に禁術の代償を拭われるとは…。」


 またしても大地が大きく揺れ動き始める、その動きはまるでその場の全てが何事も無かったかの様にその姿を大地に消し去って行った。サマルビア丘はいつもの穏やかな表情に戻った。ただ、神裁魔法を防いだ際の被害は僅かに、だが確実に影響を及ぼしていた。


 

 

ー時は少し戻り、西側の援軍から中央に向けて戻るログナ隊ー


 ログナ「中央の雲行きが怪しいな。」


 エルダ「珍しいねぇ、この地域は特に天候に変化が無い事で有名なんだけどね。五大竜と何か関係があるのかねぇ。」


 ゲイル「…どうした?顔色わりぃぞお前。大丈夫か?」


 ニア「…ものすご、…い、魔力を…、感じる…。嫌な感じ…する…。」


 パヌマ「なぁ、おいアレってなんだ?」


 中央へ向け馬を走らせるログナ隊。中央の空に魔法陣が展開された事に気付いたパヌマは空を指さしながらつぶやく。


 エルダ「ずいぶん大きい魔法陣だねぇ。…違う。あれはこんな悠長に構えていい魔法なんかじゃないさね!!!」


 ログナ「…なにを考えているんだ!王国軍は!!!お前ら急ぐぞ!!!」


 エルダの焦りの声に誰しもが疑問は持たず、兎に角真相を掴むためログナ隊の面々は馬を走らせることに注力する。そんなログナ隊は急ぐことに夢中になりすぎていた。眼前に降り注いでいる光の柱にいち早く気付いたのは、姉御肌で有名なエルダだった。


 エルダ「ログナ!危ない!!!」


 ログナ「!?うわッ!」


 エルダに身体を弾き飛ばされ馬から落ちるログナ。受け身を取りつつもその場を転がりながら、体制を立て直し顔を上げるとそこには見たくない光景が広がっていた。

 

 ログナ「…エル、ダ…?」


 ログナ隊が今まさに走っていた地点に大きくえぐれた地面がその衝撃を黒煙と焦げた匂いで露わにしていた。そこには確かにエルダ、ゲイル、ニア、パヌマが居たはずで、でも地面がえぐれてて、みんなの姿もなくて…。ログナの頭の中では混乱・動揺・不安・悲しみがすべて入り混じっていて上手く表現出来ずにその場に横たわりながら顔だけを上げて辺りを見回すだけしか出来ない。


 ニア「…ろ、ぐ…な。…ぶじ…、だっ…たんだ。…よか、った。」


 ログナ「グっ、…その声、ニア…か。無事なのか?どこにいる?」


 ログナの位置からは顔だけ動かしただけではニアを認識する事が出来ずにいた。懸命に身体を起こそうとするが、うつ伏せ状態の中で右腕に力を入れる事が出来ない、というより自分の右腕を感覚として捉える事が出来ない。どうにか左腕に神経を集中し上半身を無理やりに起こしてみる。近くにある木を利用しもたれかかる様に身を起こす。まずは自分の状態を確認する。


 ログナ「ふぅ、どうりで…、腕に感覚が無いわけだ…。ハァハァ。血が足りないな。止血だけはしておくか…。」


  ログナの右腕は二の腕より下が無くなっていた。傷口は焦げ付いている。エルダに弾かれて居なければこの程度では済まなかったのだろう。だが、止血をしながらログナはあたりを見回す。ニアもそばに居るはず。とにかく目を凝らす。

 

 しばらく周りを探していた時だった、何かが黒くなり転がっている。馬だろうか、人よりも多少大きいそれはおそらく馬だろう。その下に周りとは明らかに違う人の気配を感じる。ニアだ。倒れた馬に下敷きにされたのだろうその衝撃で体内に損傷を負ったのか、その小さい口から滴る鮮血はまだ液状を保っておりニア本人も呼吸をしている気配がある。それをみたログナはどうにか近づきたいが身体を上手く動かすことが出来ない。それに血を流しすぎた。意識が朦朧としていく。


 徐々に意識を失いつつあるその眼にニアを捉えていたが、最後に何かに覆われてしまった。瞼なのか、落ち葉なのか。薄れゆく意識はそのまま暗闇に飲まれていった。


 影1「…息がある。良かった。本当に良かった。」


 影2「こやつもまだ息をしておるな。どうするのだ?連れて行くか?」


 影1「そうですね。二人は知り合いのようですし、目が覚めた時に少しは安心できる要素になるでしょう。」


 影2「そうか。では貴様の自宅に運ぶとしよう。後始末を童にさせるとは、あの耄碌もうろくじいさんめ。」


 影1「まぁ、仕方ないですしこの程度の被害であれば上々でしょう。では引き上げましょう。」


  ログナ隊に起きた悲劇は、エルダ、ゲイル、パヌマの死と、ログナの右腕。そしてなんとか救われたニアは、下敷きになった時の衝撃で受けた後遺症により下半身の機能を失ってしまった。そしてこの被害はログナ隊だけでは収まらなかった。



  中央での出来事は、王国軍にも被害を出していた。神裁魔法を行使した際に、術者として配置した最高位の神官魔導士達は膨大な魔力量を消費しその場ですべてが息を引き取った。さらには魔導士達に連れ添ったゴナは地竜の放った光の柱によってその場から消滅、その後の王国軍の捜索でも見つける事は出来なかった。


 そんな王国軍とは別に、D-Slayer部隊ではログナ隊以外に被害報告を受けてはいなかったが、ログナ隊の被害自体もD-Slayer部隊にはまだ知らされていない。そんなD-Slayer部隊のギーツは今、命の危機を感じるほどの出来事に遭遇していた。


 王国軍が陣を敷いている中央司令部テント前。前線を後退させて、王国軍もD-Slayer部隊も集結していた。そこに今までにあった事もないほどの圧を放つ者がジルコに迫っていたのだ。


 アデル「お前ら、王国の人間だな。さっきの膨大な魔力兵器は一体なんだ?」


 ジルコ「待て、貴様は一体どこの部隊の誰だ?」


 アデル「俺の質問に答えろ。」


 アデルはその言葉の後に殺意を籠めた圧力をかける。その殺気は、その場にいた兵士たちが立っていられない程の圧力を放っている。ギーツはすぐにD-Slayer部隊に対し目で合図を出す。


 ギーツ「誰だが知らねぇが、流石に相手は王国軍筆頭隊長さんだぜ?名前くらい名乗れよ?」


 アデル「お前に言われなくてもこいつがジルコ・マルクレアなのは調べがついてる。それにお前がギーツ・ローバーか。噂は聞いてる。有名なD-Slayer部隊の隊長なんだろ?」


 ギーツ「…。なるほど、こっちは全部知られてるってわけね。ただもんじゃねぇなお前。ただ、ここは今お前が来るような所じゃねぇはずだ。事と次第によっちゃこっちもそれなりの対処を…


 ギーツの言葉を遮る様にアデルは距離を詰めると、


 アデル「お前らごときD-Slayerが俺に指図するな。そもそもお前らが引き起こした今回の騒動で、こっちは大切なものを半壊させられてるんだ。十分に被害被こうむってるんだよ。それだけで関与する理由になるだろうが。ジルコに用があるんだ。お前は少し黙ってろ。」


 アデルの動きはギーツでも全く追う事が出来なかった。少なくともその場にいた全員がアデルの動きには追い付いていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

D-BROKEN 雲雀 @Hibari_0318

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画