最終話 私はこの温かいお嬢様へ恩を返して生きていきます

 それは、お嬢様が15歳になった年に起こった。


 お屋敷の主人である旦那様が事業で失敗をしてしまい、多くの物を失う事態になる。お屋敷もその一つだ。

 小さくなった家に引っ越しても、奥様のご厚意で母と私も一緒に住まわせて頂けることになった。多少貧しくなっても笑顔の絶えない明るい家庭で、皆は変わらずに優しくしてくれる。この恩に報いる為にも私は冒険者になりたかったのだが、未だに登録は許されていなかった。


 泣きっ面に蜂、なんていう言葉もあるように、悪い事は続いて起こるというのも良く聞く話である。今のお嬢様が正にそれだろう。旦那様と奥様が馬車の事故により、帰らぬ人となってしまったのだ。

 親類縁者は遠く離れており、落ち目だったこともあって周りからは人が離れていっていたので葬儀はひっそりと行われた。


 少しの財産が残されていたが、当面の生活費などには困ることはない程度である。これから先を安心して生きていけるとはいえない。

 それ故にお嬢様は職探しを始めたのだが、元お金持ちのお嬢さんに出来る仕事は少なく、中々雇って貰えなかった。


『ねえ、ウナセア。貴女はもう15歳なのだから、冒険者になれば良いのよ』

「はぁ、あなたは呑気で良いわね。私はお父様とお母様に甘え過ぎていたのかしら。家事も碌に出来ない私を雇おうなんてもの好きは、娼館の店主位しかいないわね。でもそれだけは、死んでも無理だわ。お父様とお母様に顔向け出来なくなってしまいますから」

 ウナセアは日に日に元気が無くなっている。私はいつも冒険者を勧めていたのだけれど、彼女は困ったように微笑むだけだ。


「ど、どうしましょう。今日の面接もダメだったわ。もう、残るは娼館か……冒険者くらいね。冒険者……私に務まるとは思えないですけれども」

 ウナセアは相当に追い詰められていた。この町のほぼ全ての求人に応募したのではないかと思う程に、面接をしては落ちるを繰り返していたのだから仕方も無い。

 ここまで来て、漸くウナセアの頭に冒険者という選択肢が入って来た。元お嬢様としては、冒険者になると考えることでさえ物凄くハードルが高いのであろう。


『そうよ。冒険者をやりましょう。私の年齢じゃなれないけど、一緒に付いて行くくらいは可能な筈。私の魔法が有れば大丈夫よ。実際に見せてあげる』

「えっ、何、どうしたの? 分かった、付いて行くから、ね、服を引っ張らないで」

 私はウナセアを庭へと連れ出す。彼女の気分と打って変わって、澄み渡る青空が広がっていた。


『絶好の魔法日和ね』

 陽気と魔法には何の因果関係も無いが、そう呟いて庭の端の一本の木へと魔法を放つ。

『ドォゴン』

 爆音と共に木は粉々に砕け散った。


「きゃっ! えっ、今のは、ミルがやったの? うそっ、あなた魔法を使えるの」

『だから、何度も言っているじゃない。これで、冒険者になれるでしょ』

 根本だけしか残っていない木を見つめて、ウナセアは何か思案している様子だ。


「ねえ、それって、私の言う通りに使うことなんて、流石に出来たりはしないわよね」

『最初からそのつもりよ』

 私は笑顔で答える。


「次は、あの木を」

『は~い』

『ドォゴォン』

 流石に庭の木を全滅させる訳にはいかないので、私達は近くの森へとやって来た。そこで、ウナセアの指示に従って魔法を放っている所だ。


「ミル! 凄いわ、本当に凄いわよ。全部、指示通り。完璧よ」

『こんなのは朝飯前よ』

『グゥゥゥ』

 私の腹の虫が騒ぎ出した。夕飯前だと。


「ふふふっ。ミルったら、お腹がすいたのね。じゃあ、家へ帰ってご飯にしましょう」

 久しぶりに見るウナセアの心からの笑顔を見て、やっぱり私は笑っているウナセアが一番好きだと再認識した。そして、私はこの笑顔を何が何でも守ると決意した。


「ウナセア嬢、本当に討伐依頼を受けるのですか。初級ですからそこまで危険ではありませんが、それでも魔物と戦わなくてはいけないのですよ」

「ええ、それで、ミルが攻撃しても構わないのよね」

 翌日、冒険者登録をしたウナセアは比較的安全な採集依頼ではなく、稼ぎの良い討伐依頼を受けることにした。それに驚いたのは受付嬢のエクテークだ。


「はい。冒険者登録外のものでも問題はありません。遣い魔や召喚獣などと同じ扱いとなりますから」

 エクテークは説明をしながらも、心配そうにウナセアを見つめていた。

『大丈夫。私の魔法でいちころよ』

「ミルは魔法を使えるから」

「えっ! それは、本当ですか。でしたら、今後それを吹聴することは自重して下さい。ウナセア嬢もですがミー子も変な奴に目を付けられて危険になり兼ねませんから。ギルドとしても出来得る限りのことはしますけれど、それにも限界がありますから」

 私が魔法を使えるということは、どうやら特別らしい。まあ、確かにこれは異世界転生の恩恵で使えるようになったものだから、そういうものなのかもと思う。


「こ、こんなにお金が貰えた。見て、ミル。私が初めて自分で稼いだお金よ。あっ、ミルのお陰だから、私達の初めてね」

『こんなものは、はした金よ。受けた恩の分だけ、もっともっと沢山稼がせてあげるわ』

 その日の夕飯が、いつもより豪華な物となったのは言うまでもない。


▽▼▽


 それから数年が経った。私とウナセアは立派に冒険者家業を続けている。今や、中堅の冒険者として名を馳せている位だ。黒猫のウナセア。それが、ウナセアの二つ名である。

 黒髪で小柄のウナセアと、いつもその肩にへばりついている私。私達を良く表している良い二つ名だと思う。


「ミル! あの魔物へ」

「ニャー」

 今日も私達は魔物を狩る。

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人々もしている異世界転生というものを私もすることになりました ふもと かかし @humoto_kakashi

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