君は僕に振り向かない

あかまおりお

きっと好き

 たぶん、福本は隣にいるのが僕じゃなくてもいいのだろう。それが僕だったのは本当に偶然が重なったからで、そこにいるのはクラスの中心にいるような明るい人でも、先輩でも、後輩でも、果てやインターネットで知り合った人だって良かったはずだ。


 それでも、とりあえずのところそこの立ち位置には僕が収まっている。

 お互いに嫌いではないだろう、どちらかと言えば好きなはずだ。けれど、それが恋愛的な好きなのかと尋ねられると首を捻る。僕はその疑問に幾許か悩んだ後に首を横に振るが、福本は刹那も悩まずに否定の言葉で答えるに違いない。


 ーーお互いが暇な時に連絡をする


 そう約束した通りに僕らは連絡を取りあっている。もう少し正確にするのであれば、今は取り合っているが正しい。今みたいに一週間以上毎日連絡をやりとりが続くことも少なくはないけれど、一週間全く音沙汰がないこともある。僕から連絡することもあれば、福本から連絡してくることもある。比率的には7:3がいいとこだけれど。


 福本はきっと、この関係が消えたとしても普段と変わることなく過ごせる人間だ。一方で僕はどうだろうか。少なからず引きずる気がするけれど、意外にもきっぱり忘れ去って福本と同じように普段通りに過ごせるかもしれない。多分それは、どれだけ考えてもその時にならないとわからないんだと思う。

 どうにも僕は、福本以上にこの関係を気に入っているらしい。




 「待ってたんだ? 先に行けば良かったのに」

 心底意外そうに、福本は改札の前に立つ僕を見かけるとそんなことを言った。

 ゴールデンウィークを過ぎるとセーターを着る生徒の数は減り始めるが、肌寒いのか福本はまだそれを着ていた。あるいは、ただ単にシャツでいるのが嫌なだけかもしれない。いつだったか、骨格がシャツに合わないとぼやいていたのを思い出す。


 「僕が誘ったのに先に行ってたら相当ヤバいやつだろ。一体なんだと思ってるんだ」


 うっすらとしているメイクは教師に目をつけられない程度で、よく見ると瞳の色に近いカラーコンタクトをしているのがわかる。スクールカースト上位なのは伊達じゃないらしく、オシャレの努力は枚挙にいとまがない。


 それもそっかと小さく頷くと福本はいつも通りの笑顔を向ける。

 「お待たせしました」

 「いや、ちょうど今来たところだった」

 「それなら良かった」


 福本は世渡りが上手い。化粧も、明るく染められた茶髪も校則違反なのに指導を食らっているのを見たことがない。それどころか教師からの覚えも良かった。成績がよく、運動神経も悪くなく、更にはノリまで良い。教師だけじゃなく、人から好かれやすいタイプだ。


 そんなわけだから、当然モテる。

 何度か告白されているという話を聞いたが、上手く立ち回っているのか、彼女に対する悪い話は意外にも聞いたことがなかった。


 「今日の一時間目小テストだけど勉強した?」

 「してない。一時間目なんだっけ」

 「英語、やりなよー?」


 改札を抜けるとすぐホームに出る。朝の出勤、通学と時間が被っているというのにそこに人は少なかった。近いうちに廃線になるんじゃないかという話が僕が生まれた時には出ていたらしい。そこから16、そろそろ17年。いまだに噂だけしか出回ってないところを見るにもう少ししぶとく生き延びるんだろう。


 いつも通り人が少ないホームの中央付近まで進むと、これまたいつも通りに福本の左手を手に取る。手の繋ぎ方は日によって区々だ。普通に繋ぐこともあれば、恋人繋ぎの時もあるし、指先だけ繋ぐ時もある。変わらないのは、僕が手を取ると福本が握り返してくれるということ。


 「英語勉強しなくて良いの?」

 ジトっとした目で福本は左手をあげて手を繋いでるのを見せてくる。


 「多分平気」

 「えぇほんとー?」

 「一回授業でやってる範囲なら忘れない」

 「うわ、流石だね」


 基本的には福本に及ばない僕でも成績だけは少し良い。どうにも僕は人より少し物覚え良いのではないかと自覚したのはつい最近だった。成績は贔屓目を抜いても良い方で、運動神経は並、コミュ力もないわけではない。スクールカーストでいうなら僕はちょうど真ん中くらいだろう。

 福本と二人で歩いているのを見られても何も思われない、付き合っていると邪推されることはなく、ただ来る途中で会ったんだろうと思われる程度の位置なんだと思う。


 「DM返して良い?」

 携帯を見ていた福本が手を出して問いかけるそれに、手を放すことで答える。


 「ありがと」

 数秒で打ち終えると、離した手を福本から繋いでくる。

 ああ、これは良くない。僕の中で何かが崩れるような感覚に陥る。


 これさえなければ僕にとって福本は数多くいるクラスメイトの一人に過ぎなかったに違いない。手を繋いでくることに価値を感じているわけではない。他の誰と同じことをしたってここまで心が揺れ動くことはない。


 僕から繋いだ時だって何も感じない。けれど、福本から手を握られた時だけは何かが違う。言葉に表せない何かが僕の平穏を奪っていく。


 「根本黒くなり始めたな」

 気がついたらもう片方の手が福本の頭にあった。撫でるとサラサラとした、自分のそれとは明らかに違う柔らかい髪が指の間を抜けていく。

 福本の頭がおもむろに倒れて僕の肩で止まった。


 「そろそろ染めなおさないと」


 ホームに滑り込んでくる電車を見ながら福本は毛先を弄る。

 扉が開くと寄りかかっていた頭が突然起き上がり、足を進めた。


 電車の中にも人は多くない。最低限椅子は全部埋まっていてまばらに扉付近に立っている人がいるくらいだった。通勤、通学の時間ドンピシャでこの人数。多いよりは助かるけれど本当にこの路線大丈夫なんだろうか。


 恋人繋ぎから指先だけの繋ぎ方に変わった手は、それでも離れることはない。共通の話題が特にない僕らはよく会話が途切れる。福本はどう思っているかは知らないが、僕はその時間もそんなに嫌いじゃなかった。

 何駅か過ぎたところで携帯から目を離すと綺麗な栗色の髪の毛が目に入る。少しばかり染めてみたい気持ちはないでもない。


 「僕も染めようかな」

 「やめなよ、そのままがいいって」


 怒られちゃうよと彼女は小さく笑いながら言う。福本は手を伸ばすと僕の頭を撫でた。


 「おぉ、身長高いね」

 「普通くらいだと思うけど」

 「私からしたらその普通が高いんだよ」


 たしか福本は150なかったはずだ。僕が170弱だから少しだけ福本が見上げる姿勢になる。


 「髪、黒色に染め直したりしないの?」

 「私は黒似合わないからね」


 思い返すと記憶の中にいる彼女は全部茶髪で、黒髪は見たことがない。入学式の時から多分茶髪だった気がする。まさか初日から染めてきてたのか、中々パンクだな。

 もう一度さらりと髪に触れる。肩口より少し長く伸びた髪は凡そ少し明るい茶色に統一されているものの、やはり根本が少しだけ黒い。


 「頭撫でられても身長縮まないよね?」

 「縮むかも」

 「はーい、お時間でーす」


 ていっと声を出して撫でていた手を振り払われ、ジッと福本を見る。


 今まで一度も気にしたことなんかなかったが、人の考えていることがわからないのはどうにも不便で仕方がない。いつも通りの何を考えているかわからない笑みで学校の最寄駅に着いた電車から福本は僕の手を引いて降りる。


 パッと手が離される。学校の最寄駅に着くまでというどちらが決めたわけでもないルールに従っていつものようにそれが行われる。


 それは、なんとなくだった。

 意識して行ったわけでもなかった。

 何を考えているかわからない。好かれているのか嫌われているのかもわからない彼女の気持ちを知りたかったのかもしれない。


 僕は初めてそこで彼女の手をもう一度取った。

 少し先を歩いていた福本が驚いたような、困惑したような顔で僕を見る。


 「どうしたの?」

 「あ……いやなんとなく」


 まいっかと笑って手を繋いだまま進む彼女にまた心が揺れ動く。

 

 嫌われてないだろうと思いたくなる。好かれているんじゃないかって勘違いしたくなる。でも多分これは、僕が告白をしたら一瞬で瓦解するという確信めいた何かが僕の中で渦巻いている。


 福本は僕のことを好きじゃない。でも、だとしたらこれを誰とでもやるのか?

 多分、願望半分くらい混ざっているがそれの答えはノーだ。


 本当に、人の考えていることがわからないのは不便で仕方がない。あと一歩踏み込むことにとんでもない恐怖心を抱く。これは、踏み込んでは行けないものだと僕の全てが警鐘を鳴らす。

 だから、僕はその全てに蓋をする。ただ彼女の隣にいる今ができる限り続くように願うしかない。もし、本当に彼女の隣に立てればどんなにいいだろう。


 そう願わずにはいられない。


 けれど、彼女は決して僕に振り向かない。

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