その後
「傷、少し残っちゃったね」
「このくらいで済んでよかったですわ。そのうち薄くなるとエリオットも言っていましたし」
痕とも言えないわずかな色素沈着をなぞったテオバルトの指先がくすぐったく、アデルは服で肌を隠した。
テオバルトの裁判が終わった日から、それに関わった人間はとにかく忙しくなった。
裁判に提出されたアデルの報告書により、アデルが悪女だという噂は一気に消えた。アランとベルナールはこの機会を逃すまいと、すべての貴族へ宣言。
「今まで心優しいアデルは、悪意すら受け入れようとしていた。貴族は多くの者の上に立つのだから、クレール家が動けば民への影響が大きいと。だがそれもここまでだ。すべての貴族から借金を返してもらう。支払い期限を延長してほしければ、アデルへしたことを認めてそれを広く知らしめ、アデルへ心から謝罪をするように」
貴族たちは慌てて「借りたお金は返さずに他の利益で補填する」という暗黙の了解を主張したが、アランは取り合わなかった。
ほかで補填されたこともなく、ただクレール家から借金をしているだけの家が多いのだ。アデルも以前のように自分が我慢すればいいという考えは捨てていた。
嘆願する手紙には返事をせず、直接訪ねてくる者は門前払いし、しばらくはゆっくりと過ごした。
借金をしているくせに、暗黙の了解を盾に長年アデルを虐げてきたのだ。
クレール家にした借金は返さなくていいし、アデルをいじめて憂さ晴らしをしてもクレール家は逆らえないと貴族たちは信じ込んでいた。口だけの謝罪で許してもらおうという考えが間違っているのだ。
多くの貴族が没落寸前となり、アデルが危惧したように貴族間のバランスが大きく崩れた。今ではアデルのことを悪く言う者はいない。
ずっとアデルへの悪意を静観していた王族が動こうとしたが、アランがうまく収めたようだった。
「カミーユ殿下に免じて許しましょう」
と発言したので、次の王はカミーユに決定したも同然となった。
騎士団にいたジェラルド、マキシム、セルジュは退団し、クレール家の護衛になりたいと志願してきた。
アデルの心を傷つけたせめてものお詫びということだったが、3人の行動の裏にテオバルトがいることはアデルは知らないままだ。
「騎士たる者が噂に踊らされて、守るべきレディーを罵倒するとはどういうことだ?」
と、テオバルト自らが3人を指導。クレール家の護衛たちもアデルを罵られた屈辱を忘れておらず、毎日厳しい訓練をさせた。
アデルは3人がそのうち騎士団へ戻ると思っていたのだが、そうはならなかった。
3人はアデルの優しい性格を知り、今までの辛い過去を知った。自分たちの行動を心底後悔してアデルへ忠誠を誓った。
クレール家が3人を信用するまで長い時間がかかると思われたが、3人は予想外に活躍した。
ゲームでアデルが死ぬ花祭りの日に、アデルが矢で撃たれたのだ。
花祭りに出かけたい、でもどうしても死が頭をよぎる。
そんなアデルの気持ちを汲み、アランはたくさんの護衛をアデルにつかせた。ジェラルドたち3人もそのうちに含まれており、アデルを狙った複数の犯人のうち一人を捕らえた。
アデルが狙われた瞬間、テオバルトは殺気を察知しアデルを矢から庇った。
だが、違う方向から撃たれた矢がスチルのようにアデルの胸に突き刺さったのだ。
アデルが死ななかったのは、鎧のようなコルセットをつけていたおかげだった。
アデルを狙った者はすべて捕らえられ、アデルの暗殺を依頼したのはクレイグ・レノーの妻だと判明した。
(ゲームにはクレイグ・レノーもその妻も出てこなかったから油断していたけれど、夫人が私を恨んでもおかしくないわ……)
裁判中だったクレイグには速やかに有罪だと判決が出て、レノー家は貴族籍を剥奪されてレノーの名は消えることとなった。
アデルはテオバルトや家族と話し合い、シリル・レノーをクレール家で保護することにした。
クレール家の養子にして再び騎士団に入団することもできるが、非常につらい思いをするだろう。シリルを呼び出して保護のことを話すと、シリルは迷いのない目で答えた。
「保護してくださるというご提案は、非常に嬉しく思います。ですが私はレノー家の者。私のためにクレール家を責める理由を作ってはいけません」
シリルは心の優しい、真っすぐすぎる青年だった。クレイグの息子とは思えない好青年に、アデルはシリルを犯人だと決めつけていた自分を恥じた。
シリルも交えて全員で話し合った結果、シリルはクレール家で文官の仕事をすることになった。
シリルは元は文官になりたかったが、レノー家に生まれた者の義務として騎士の道を歩んでいた。シリルは恐縮して辞退しようとしたが、全員で引き止めた。
レノー家の犠牲となった好青年のシリルを、全員が気に入ったからだ。
「ありがとうございます……! このご恩は決して忘れません!」
思わず男泣きをするシリルを抱きしめたテオバルトの目も、わずかに光っていた。
ベルナールはヒロインのレティシアと結婚した。ベルナールはレティシアが王族の傍系だったことを発表し、レティシアをめぐる策略をすべて全力でつぶした。
ヒロインらしい波乱万丈な人生だが、ベルナールと仲睦まじく幸せそうだ。アデルも義姉という名の友人を得て、毎日がとても楽しい。
エリオットはアデルとよき友でいてくれ、ルーシーも頻繁にクレール家へやってきた。
ルーシーの所属する新聞社は今回の裁判を大々的に扱った。アデルやテオバルトの独占インタビューなどを載せ、大手の新聞社へと成長していっている。
ちなみに、裁判で提出されたアデルのことだけを書いた新聞は、飛ぶように売れた。
テオバルトは騎士団長へと復帰した。
毎日夢だった騎士として働き、婚約者のアデルへ溺れるほどの愛を注いでいる。忙しいだろうに、一日の終わりにアデルに会いに来ることも愛の言葉も欠かしたことはない。
毎日テオバルトに抱きしめられて愛をささやかれたアデルは、幸せでたまらないとばかりに微笑むのだった。
私、モブのはずでは?〜嫌われ悪女なのに推しが溺愛してくる〜 皿うどん @mtck
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます