必ず最後のひとつをGETできるサブスク

ちびまるフォイ

ラストワン・スタンディング

「すみません、予定販売枚数に達したんです」


「えっ!? そんな……せっかくダッシュしてきたのに……」


大好きなバンドのコンサートも売り切れ。

いつもこういう貧乏くじを引かされる。

いつも自分は運が悪く、売り切れの四文字に絶望させられる。


「はあ……世の中の幸運な人がうらやましい……」


帰りの電車に乗りながらスマホを見ていると、

その広告に思わず目が止まってしまう。


紹介されていたサブスクに勢いで登録したのも、

魔が差したとしか言いようがなかった。


翌日から自分の人生は大きく好転する。


「いらっしゃいませーー。数量限定のケーキです!」


店の前には大量の行列。

誰もが見ただけで絶対にもらえないと諦める長さ。


ダメ元で並び、レジの前に到着したときだった。


「これが最後の1個です。

 お客さん運が良いですね」


「うそ!? まだ残ってたんですか!」


「偶然、前のお客さんが別の商品ばかり注文したんですよ」


「やったーー! ラストワン・サブスクって本当なんだ!!」


念願の季節限定スイーツを手に入れた。

その味はなによりも美味しいものだった。


そしてサブスク登録をしてよかったと思った。


ラストワン・サブスクリプションでは、

自分が関わるすべての最後の1つを手に入れることができる。


試しに、昨日自分が取れなかったコンサートへと再度挑戦する。


「あ! きゃ、キャンセルが出てる!!」


偶然にも自分が画面を見たタイミングで、

最後の1枚だけキャンセルが出ていた。


こんな幸運があっていいのかと、キャンセルを拾った。


「最後の1枚が手に入るなんて……! 最高だ!!」


昨日の絶望のどん底から一転。

今日にかぎっては本当に人生最良の日だろう。


サブスクの恩恵に肩までどっぷり浸かった生活。

もうこれなしでは生きていけないと確信した頃。


「ふぅ、熱いなぁ……。ちょっとカフェにでも寄ろうかな」


外は猛暑で汗が止まらない。

逃げるようにカフェに向かった。


自分のすぐ後ろには同じことを考えた家族連れがやってきた。

子供は今にも倒れそうな顔をしている。


「いらっしゃいませ。カフェをご利用ですね。何名ですか?」

「1名です」


「でしたらすぐにご案内できます。最後の1テーブルですから」


サブスクの効果でラスワンを当然のように手に入れる。


でもふと後ろを見た。

子連れの家族が青ざめた顔で立ち尽くしている。


「あの、僕は別の店探すので、後ろの方を優先してもらえますか?」


「ええ……かまいませんけど」


するとそのやり取りを聞いた母親は慌てて否定した。


「あ! いえ! いいんです! 私達があとなので!」


「でも……」


「さぁ、いくよ! ほら立って! すみませんごめんなさい」


母親は子供を引きずるように去っていった。

一応カフェには入って自分は涼むことができたが、居心地はよくなかった。


「なんか……悪いことしたみたいだな……」


自分が常に最後の1つを手に入れる。

逆をいえば、自分のすぐ後ろはあぶれた人になるということ。


自分がゆずればそれまでだが、

だいたいがゆずっても受け取ってはくれない。


日本人だからなのか。

誰かの不幸を踏み台に自分が幸福になることの罪悪感なのか。


「気にすることない……。だって自分はただ幸運なだけなんだから……」


暗示のように言い聞かせたが、一度気にしちゃうともうダメだった。

人気テーマパークに行ったときも同じことがおきた。


「えーーん! えーーん! 乗りたかったぁ~~!!」

「がまんしなさい。あのお兄ちゃんで最後だったんだから」

「せっかくはやおきしたのに~~!!」


アトラクションを待つ列の最後に自分がいたことで、

後ろの家族はもう乗れないとグズってしまった。


「あ、あの。よかったら僕の代わりに乗ってください。

 えっと……。きゅ、急に用事ができちゃって」


「本当ですか?」

「やったぁ!」


後ろの家族がうれしそうな顔をした。

よかったと思った瞬間に、周りの奴らの目の色が変わった。


「ちょっと! なんでその家族なのよ!」

「うちだって待ってたんだ!」

「こっちは昨日から待機してたんだぞ!」

「なんでそいつなんだよ!!」


「いやそれは子供がいるし……」


「こっちだって子供がいる!」

「子連れなら偉いのか!」

「ずるいぞ!!!」


やいのやいの言われ続け、家族も気まずそうな顔をする。


「や、やっぱりこれ……お返しします……っ」


家族は周りにおされて逃げてしまった。

返したあとも自分への糾弾は止まらなかった。納得がいかない。


「なんで最後のひとつを手に入れて、

 それを誰かのために使っただけで文句を言われるんだ……」


最後のひとつを手に入れたというだけでヘイトがあるのに、

それをゆずってもゆずらなくても文句を言われる。


最後のひとつを手に入れられるサブスクは、

実は幸運のサブスクなんじゃなくて不幸のサブスクなんじゃないか。


ラスワンを手に入れられる人生に慣れていたので、

サブスクを解約するのには勇気が必要だった。

それでもこの先ずっと何をするでも文句言われるのは耐えられなかった。


『サブスクご解約でよろしいですね?』


「はい」


『解約しました。またのご利用をお待ちしております』


「はあ……これで何もかも終わった……」



『なお、お支払済みの3ヶ月先までは

 解約後もサブスクは適用されるのでご安心ください』



「え゛っ」


終わりじゃなかった。

サブスクは解約後も余熱のようなインターバルが残っていた。


相変わらず効果はてきめんで、

外に一歩出ればラスワンの恩恵を押し付けられる。


満員電車なのに、偶然にも自分の目の前だけに座席が空く。


「……」


近くには足の悪そうなおばあさん。

座ってください、と言っても断られるのもテンプレだろう。


かといって自分が座らないのも問題。

他の客からは『さっさと座って立ちスペース空けろ』と言われる。


視線に負けて自分が座るしかなかった。

目の前には脂汗をながしたおばあさんを見ながら。


「うう……なんで悪いことしたみたいな気分になるんだ……」


もうラスワンを手に入れるのはこりごりだ。

それでも買い物ひとつするだけでサブスク効果は発揮される。


「よし、このトマトは大量にあるし最後の1つじゃないだろう」


野菜売り場に平積みされている大量のトマトのひとつを手に取った。

どう見ても最後のひとつではない。


はずだった。


そのすぐあとに別の客がトマト売り場で大絶叫。


「ちょっと! ここのトマト全部傷んでるじゃない!」

「申し訳ございません。すぐに片付けます!」


自分のトマトを見る。

自分のトマトだけは幸運にも傷んでいない最後のひとつだった。


「またか! もういい加減にしてくれ!」


サブスクの効果は避けて通れない。

もう最後のひとつを手に入れたムカつくラッキボーイはこりごりだ。


耐えられなくなり、自室の地下室にもぐった。


3ヶ月を乗り切れるだけの食料を運び込み、

あらゆる人との関係をたち自分が影響しないようにした。


「サブスクの効果があと3ヶ月で切れるんだ!

 もう誰にも迷惑かけないぞ!!」


最後のひとつを手にとって妬まれるのが辛い。

外に出たときは普通の生活をしたかった。


それはあまりに長すぎる冬眠だった。

あらゆる情報から隔離した地下室での3ヶ月後。


外の風景も忘れた頃、ついに地下室から出た。


「ようし、サブスクの効果はもうない。

 これでやっと気兼ねせずに自分の生活を……あれ?」


いくら外の風景を忘れたといっても、

地下室の外があまりに変わり果てていることくらいは気付いた。


周りはガレキばかりのだだっ広い荒野になっている。


「いったいなにが……?」


いくら歩いても同じような風景が続いていた。


「おおーい! だれかーー! いないのかーー!!」


砂嵐の向こう側に大声をはりあげても声はしない。

人の気配がまったくしない。


すると、バサバサと風に飛ばされた新聞が足元に引っかかった。


日付は今日から2ヶ月前。

隕石が地球に迫ってきているという見出しだった。


数日後に衝突する見込みの隕石は、

地球環境を人が住めない状態にまで変えるという。


そして今はすでに1ヶ月を過ぎていた。



「まさか、僕が人類最後のラスワンなのか……?」



もう最後のひとつを妬む人間は誰もいなくなっていた。

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