第4話

 家に帰ると母がキッチンで夕飯をつくっていた。水たまりに自分じゃない女の子が映ったことを言いたかったがどうせ信じてくれない。でも誰かに言わないと恐怖感で押しつぶされてしまいそうだった。

「今日は誰にも嫌がらせしなかった?」

「うん……」

 そう、と母の相好は崩れた。息子が粗相をして自分へ被害が降りかかることを避けられたような安堵感に包まれていた。

 夜に目が覚めた。自分の意志ではないのに身体がひょこひょこと部屋を出て行く。口が開かない。駿斗はドアの鍵を開けて外に出た。空は黒く塗りつぶされていて、アパートの光が頼りなく灯っている。五月といえど長袖長ズボンのパジャマ一枚だと寒気が走る。裸足のままアパートの階段を降りて道に出た。なんとか力を加えて家に戻ろうとするが、身体は対照的にアパートの階段を下っていく。

 どこに行っちゃうんだろう。駿斗は頼りない街灯が等間隔に並ぶ道を歩き続けた。裸足のはずなのに地面を踏んでいる感覚がしない。しばらくすると立ち止まった。それは帰り道にあった水たまりだった。そこだけが異様に街灯の光が強く、水たまりによって明るさが反射されている。

 覗き込むと駿斗ではなく少女の顔だった。黒目が異様に小さくて白目で睨みつけているようだった。

「かわってやるよ」

 ほとんど息を吐いただけで、わずかに幼さの残るような声がどこからか聞こえてきた。

「かわってやるよ」

 同じことを何度も聞くうちにそれが水たまりの中から聞こえてくることだとわかった。水たまりに映る女の子の顔が近づいてくる。しかしそれは駿斗自身が近づけていた。駿斗は抵抗を試みるが力が入らず、鼻の先が水たまりの表面を触った。その瞬間水たまりから真っ白な手が出てきて駿斗の顔を挟んだ。


 教室の後ろで自分の席をただただ見つめている。自分の席にはなぜか他の少女が座っている。僕の席だよ、と言っているのに脚が地面と接着しているかのように離れない。少女は当然のように隣の席や友達らしきクラスメイトと話している。誰も教室の後ろを振り向こうとしない。

 助けて――

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あの子だれ? 佐々井 サイジ @sasaisaiji

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