第4話 日常
「おかえり」
急いで3枚の茶色い便箋をまとめた。
「今日、早かったね」
この人と付き合ってもう何年経っただろう。
この人と住み始めてもう何年経っただろう。
彼からは、私と同じ柔軟剤の匂いがする。
私はこの人と家族なんだと感じる。
3枚の茶色い便箋を私は仕事用の鞄の中にしまった。
読まれてはいけない、読まれたくないと思った。
◇◇◇
今の彼とは、公平さんと別れたちょうど1年後くらいに友人の紹介で初めて会った。
彼とは、最初からすごく話が盛り上がったのを覚えている。
彼とはこの出会いから今までずっと付き合っているし、倦怠期や別れの危機みたいなものも今まで特になかった。
先月の私の誕生日、
「結婚しよう。」
二人の家で、デパ地下で買ったお惣菜とスパークリングワインが広がるテーブルを囲みながら、指輪が入った箱とともに、彼は私にプロポーズをした。
断るわけがなかった。
その日の夜、寝る直前、私は夢の中で、
「私、結婚するよ。」
公平さんに報告した。夢の中で公平さんを思い出しながら。
私の元カレは公平さんだけじゃない。
他にも3、4人いるはず。
でも、思い出すのは公平さんだけ。
何が原因なのか、私にもわからない。
公平さんとはすごく長く付き合っていたわけではない。
ひどい別れ方をしたわけでもない。
私たちは色々なことが合わなかっただけだ。
ただそれだけのありきたりな理由で私たちは別れた。
それでも、彼に手紙を書こうと考えてしまうくらい、私は、
彼を、忘れられない。
◇◇◇
「ご飯、今から作る」
いつも通りキッチンに向かう。
公平さんに私の手作りご飯なんて作ったことあったっけ?
冷蔵庫を開けながら、ふと思った。
公平さんとうまくいかなかったのは、私のせいじゃない。
そんなことを昔は思っていた。
でも今の彼と付き合っていくうちに、考えが変わっていった。
公平さんのために何かしてあげた?
公平さんの話、ちゃんと聞いてた?
彼は仕事が忙しいってこと、理解してた?
自分にも非があったんだ。
今の彼はいつも私を正しい方向に導いてくれる。
そんなの関係ないって他人には言われるかもだが、
もし公平さんと出会っていなければ、今の彼とはこんなに長く続いていなかったかもしれないと私は思っている。
公平さんという過去があるから、今の彼の暖かさや優しさが身に染みる。
公平さんという失敗があるから、今の彼を今まで以上に大切にできる。
◇◇◇
「失敗、とか言ってごめんね」
冷凍のブロッコリーを水で解凍しながら、独り言。
「失敗?なんかあった?」
彼がキッチンに心配そうな顔をしながら入ってくる。
「うんん、ごめん独り言」
私は彼の心配そうな顔が好きだ。
私は彼に大切にされているんだと、その顔を見て実感できるから。
「よかったー。玉ねぎ切る?」
狭いキッチンで、肩がぶつかりそうになりながら二人で晩御飯を作る。
これが私の日常で、未来なんだと思う。
「引っ越しあるから、食材使い切らないとね」
彼が幸せそうに笑う。
「たしかに、そうだね」
公平さんへの手紙の続きは、また明日書こう。
一旦、この人との日常に戻ろう。
あと一つ、公平さんに伝えたいことがある。
一番伝えたいこと、あの頃伝えたかったこと。
公平さんは今日、何食べるのかな。
あの頃みたいに、冷凍のからあげ、食べてるの?
拝啓 忘れられないあなたへ たなかたんそ @tansos
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