第1話「激突! リンボーダンスは命より重い」

森の中にある広場。

ここは元々、商人や旅人がテントを張る為に作られた場所である。

近くに村がある事もあり、数週間に一度のペースではあるが使う人が宿泊するらしい。ただ周りが森と言うだけあって獣も多く、更にここ数年で魔物と呼ばれる獣よりも狂暴で確実に殺しに来る奴も出るとの噂だ。

その為、特に商人は身の安全を守る為に傭兵を雇いながら宿泊する。別に此処の場に限った話ではない。

世界各地に、この様な場所はある。その内の一つがここだと言うだけの話だ。

だから誰か居るかは確実に運次第だ。特に今回のように、命がけで逃げている中で誰かが居るとの保証はまずない。その上、商人にも様々な人柄が居る。中には身の安全を引き換えにとんでもない要求をするような連中も……。

「……そんな連中なら、まだマシだった気もしますね」

死んだ目で呟くミラ。現実逃避の時間を続けたいが、そうも言ってられない。

腰を抜かしていたが、どうにか恐怖心も収まりつつあり立とうと思えば立てる。だが、それ以上に諦めの心も存在しているのだ。

自身の前方には複数の山賊の男達。だが背後には、全裸の男が立っている。その事は、現在進行形で言い合っている内容から察せてしまう。

「だ・か・ら! 何でテメェはイチモツよりも乳首を隠してんだクソ馬鹿が‼ 誰がテメェの汚ぇ乳首なんぞ見たいと思うか馬鹿‼」

「うえっぷ、兄貴ぃ、俺近くの茂みで吐いていいか? あそこまで汚い乳首、初めて見た」

未だに全裸で居るようだ。ただ服を着る時間を与えてしまえばその隙に殺される可能性は十分にある訳で、別に責められるべき問題ではない。

ただ、山賊達の反応を見るにとても汚いらしい。そんな情報は知りたくもなかった。

故に、背後を見れない。一瞬目の当たりにしたと思われるが、記憶が拒絶反応を起こし、思い出せずにいる。

っと、今まで背後の全裸男に目を向けていた山賊の一人がミラに視線を落とす。

目元をヒクヒクさせているのを見るに、恐ろしく怒りを溜めているようだ。追っていた時の下品な笑みは微塵も感じられない。

「おい野郎共、この女を見張っておけ。先にこの糞をぶっ殺してやる」

腰に差してある中型のナイフを抜く。相手が無防備であるのを見てか、話し合いの余地すらなく殺そうとしているようだ。

ただ全裸男はただ巻き込まれただけ。正真正銘巻き込まれただけ。

流石にミラは良しとはしない。確かによく分かんないゴブリンに湯を沸かせたり全裸で立っているなんて事をしているが、彼は巻き込まれただけだ。そもそも戦える術を持っているように見えない。

「っ……逃げ……っ!」

伝えようとうっかり背後を見てしまう。

絶体絶命のピンチな割に、焦ってはいるが……。

「死ねぇ‼」

山賊の男が切りかかる。が、全裸の男は反り返ってそれを回避した。

誰もがその反射神経に唖然とする。特に切りかかった山賊の男は、全裸の男が入っていた円柱の形をした金属の塊を余波で切り落としただけに、本当に仕留めたかった人物を仕留めきれなかった事に愕然としていた。

「くっ……。よく解かんないがいきなりのピンチ。手ぶらで抵抗手段がない……。こんな時は……」

反り返りから戻り、全裸の男は空へ向けて手を上げると……。

「風呂上りのリンボーダンスで対抗するぅ!」

突拍子に意味不明な事を言い出した。

「……は?」

皆が言葉を漏らす。特にミラは、見たくもないイチモツがその視界に入りやがったせいで、更に思考が停止してしまう。

が、それは突然起こった。

全裸男の目の前に、四角い何かが浮かび上がる。全裸男は浮かび上がったそれに手を置き、叫ぶが如く、呪文を唱えた。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ‼ モン・モン・モモモン・モモン・モモン!」

瞬間、光が辺りを支配する。突然の閃光に皆の視界が遮られ、ミラもタダでさえ停止している思考が混乱を起こした。

「な、何が起こっているのです⁉」

光はすぐに一か所に収束しだし、何かの塊を作る。

ソレは頭が大きく、体と手足が極端に小さい……人のような生き物だった。

身長は小さく、若干丸みを帯びている。それでいて手元に大きな棒のようなモノを持っていた。

毛の生えていない頭に胸の辺りにあるフリル。極め付けは短いスカートだ。

見た感じはまるで人形。それでいて妙に生々しい体付きをしている。その為、小さい割には決して可愛いとは思えない見た目をしているのだ。

すると突然、その人形が動き出す。

「リンボーリンボー、うーっ、リンボー‼」

掛け声とともに地面から何処からともなく二本の棒が生えだすと、人形は持っていた棒を途中の引っかけに置いた。

その後、スカートに手を突っ込むと自分の背丈よりも長い棒を取り出した。

「リンボーリンボー! ポールに当たるな、腰を踏ん張れ! うーっ、リンボー‼」

急に踊りだしながら、二本の棒の傍を動き回る。全裸の男は人形の歌に合わせて棒と地面の間に腰を通しながら、まるで棒に当たらないように進み始めた。

進む向きは、山賊の方。もちろん山賊達はモロ〇ンがハッキリとブラブラする様子が見られる特等席に居る訳だ。

が、誰も喜ばない。むしろ殺気立っていた。

「テメェ……。相当殺されたいようだな……」

武器片手に命を取ろうとしている相手に向けてこの態度。自分の恥部を自分達に晒し、見たくもないブツを見せられて山賊達の怒りは次第に沸き立っている。

なおミラはブラブラしているブツをハッキリと見てしまい、思考を止めて固まっている最中だ。

山賊達はそのリンボーとか訳の分からない行動をしている愚者を殺そうとナイフを握りしめ、一斉に襲い掛かる……。

が、その瞬間だった。踊っていた人形が急に飛び上がり、持っていた棒を思いっきり振りかざしたのは。

「リンボーデストロイ!」

直撃した連中は当然の如く吹き飛ばされ、その余波を受けた連中も何故か吹き飛ばされた。

恐ろしい勢いで振りかざしたのだ。ただ、多少の流血を見せてはいるが、死んでいる様子は見られない。余波で人を吹き飛ばしたのに、だ。

訳の分からない現象に起き上がれた山賊達は茫然とし、何が起こったのかと辺りを見渡しだした。

ただ、これだけでは終わらない。

振りかざした棒を地面に向けて突き刺すと、勢いよく飛び上がる。そして重力の許すがままに落下しだすと、そのリンボーとやらをしている全裸男の胸元目掛けて足を向け……。

「ついでにテメェも、何だその腰は! 舐めてんのか‼」

奇麗な飛び蹴りを食らわせた。

声にもならない叫び声を上げながら、倒れる全裸男。するとその頭部を踏みつけながら、人形が鬼の形相で全裸男を睨み付けた。

「おい若造。ワシはな、神聖なリンボーダンスに命ぁかけてんだ。舐めたリンボーダンスするようならその腰へし折るぞ‼」

長い棒を肩にトントンと叩き、唾を吐きつける人形。その様子に慌てて一度立ち上がると膝を折り、頭を地べたに擦り付けながら土下座を見せつけた。

「ひぃぃぃぃぃっ! すいません師匠‼」

許しを得ようとしている。この辺りからミラは正気に戻り始めた。

「すみませんだろうが! 舐めたリンボーダンスするから舐めた口になるんだよ。分かったか‼」

怒鳴りその頭に蹴りを入れる人形。その様子に、ミラはただただ唖然とするしかない。

そもそも召喚士は召喚獣となる獣と共生関係、または主従関係。力付くで従えている上下関係で成り立っている。

召喚獣が召喚士を攻撃する時、それは召喚獣に利用価値が無いと感じられた時、または召喚士が自分より弱いと感じた時だ。

しかしこの光景を見るに、どっちも違うと思える。純粋に召喚獣の方が上の立場に居るのだろう。

ただ、どう見ても獣には見えない。人の亜種に思えるが、この様な三等身生物は目撃例がないのだ。

そしてナチュラルに喋っているのも疑問の余地がある。と言うか疑問しか残らない。

「あとな……」

今まで頭を蹴っていた人形が動きを止め、持っていた棒を背後目掛けて振りかざした。

「リンボーダンスなしに不意打ちとか五億年早ぇんだよ‼」

振りかざした棒に、山賊数人が巻き込まれ、地面に叩き付けられる。その中の一人が顔を上げると、今まさに思った感情を口にした。

「な、何だコイツは‼」

スッと、口を出した山賊の頬に棒が当たる。低い悲鳴を上げ、この場から逃げようとするも、既に遅かった。

「コイツじゃねぇ……」

人形が棒を肩まで回すと、思いっ切り……山賊の頬目掛けて振りかざした。

「リンボー師匠だガキが‼」

耳に届いたのかは別として、遠くへと飛ばされる山賊。叫び声が森にこだましながら、小さくなるまで夜空を見上げた。

暫くして何かが勢いよく落下する音が響く。

「強くなりたいなら、リンボーダンスを知ることだな」

恐ろしい程に低い声。目の間にある理不尽の塊とよく分かんない物体への恐怖でギリギリ気を失わずに済んでいた一部の山賊達が一斉に気を失った。

そして意外と近くで落下していた、吹き飛ばされ山賊がクレーターの真ん中で情けない顔を見せながら、残った体力で……。

「い……いや。リンボーダンスって……、そもそも何だ……よ」

それだけを言い放ち、意識を手放した。手足がピクピクと動いているので、死んではいないようだ。

それと同時に、全裸男の頭が設置してあった棒を通り過ぎる。

「ふう。やったか」

全裸男がそう言うと、リンボー師匠と名乗った人形はサムズアップしながら、最初に姿を見せた時のように光と化すと、そのまま消え去った。

「……??????」

凌辱の鬼ごっこから始まり、よく分かんないゴタゴタで助かりはした。しかし、脳が理解を拒絶しだす。

全裸男は満足げに笑う。何もしていないにも関わらず、まるで自分の手柄のような態度に少しイラっとするミラ。

「お、近くの村の娘か。こんにちはオッパイ大きいですね」

全裸男が話しかけた。余計な一言で更に距離を離す。

「うわっ、下心丸出しの挨拶なんて初めて。気持ち悪っ」

素直な罵倒だが、ミラは悪くない。助けて貰った云々があるだろうが、そもそも助けてくれたのはリンボー師匠と名乗った人形だし、この全裸男はただ遊んでいただけだ。何なら一緒に制裁を食らわされていたまである。

「と言うかとりあえず……」

ワナワナと肩を震わせ、ミラは未だに全裸男と命名するしかないこの男の格好に、ようやくツッコミを入れた。

「服を着て下さいっ‼」

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モン・モン・モモモン・モモン・モモン @Kotatu-Hyoul

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