モン・モン・モモモン・モモン・モモン

@Kotatu-Hyoul

プロローグ

世界とは、希望もなく残酷だ。


生まれた場所を選べずに、運が悪いと死に場所をも選べない。


誰も助けなど差し伸べず、己が自身で身を守るしかない。


力による理不尽を受け入れるしかなく、力無き者は沙汰される。


そこに笑顔など何処にもなく、ただ辛さと悲しみで心が締め付けられてしまう。


ああ、本当に……。


世界は、残酷に満ちている……。



森の中、空は月が出ていない真っ暗闇。手探りで木々の間を抜けていく、二人の女性の影があった。

前が見えない中でも光を付けず、ただひたすら進む。

「はぁ……っ。はぁ……っ!」

何かを踏んだ。靴越しに足裏から感じる、生ぬるい感覚。小動物の腐乱死体だ。鼻に刺激が走り、臭いのせいで息が更に荒くなる。

嫌なものを踏んだ嫌悪感と、それでも進み続けなきゃとの気持ちで情緒がぐちゃぐちゃになりながら少女、ミラは足を動かし続けた。

(どうして、っ! どうして、村に山賊が……っ⁉)

彼女の友、ラッシーと共に手を繋ぎながら逃走劇を続ける。後ろを見れば微かに光が見え、荒々しい声が響き渡る。

「何処に行ったんだぁ? 楽しもうよぉ?」

「探せ探せ! オタノシミを一人残らず楽しみ尽くすぞ‼」

下種な言葉が耳に届く。

確実に彼女たちの方へと向かいつつある光に、急いで離れようと足を速め始めた。

始まりは、数時間前だ。

そこは、ごく一般的な村だ。数十件の家々が立ち並び、近くに畑や牧場などがあり、畜産業で生計を立てている。

ミラはその村の村長の孫娘だ。

彼女は生まれも育ち、この歳になるまでずっとこの村と共だった。

学術を祖父である村長から習い、王都にある学園に通うまで、何も知らない村娘のままでいる。

友であるラッシーと、男友達であるマーラの三人で入学し、この村の知名度を上げる。その筈だった。

しかし、この悲劇は突然起こった。

この付近で山賊の被害が出ているとの話があり、特に若い女性であるミラとラッシーは村長の家に集合させられていた。

村の若いのは王都で兵をやっているか、村で採れた作物を近隣の町まで売りに行っているかのどれかだ。今日みたいな日に限り、戦える人材は全て出払っている最中だった。

そんな時である。突然村長の家の近くから、火の手が上がったのは。

見れば村中の建築物が燃えていた。更に奥から、火の玉が集団で近付きつつある光景を目の当たりにした。

いや、アレは火の玉ではない。松明に付いた火だ。

複数人の盗賊達が村長の家を目指して、集団で近付きつつあるのだ。

その光景を見た村長は黙って目を閉じると、彼女達を呼び出した。

行った先は、家の地下にある収納庫だ。村長は比較的大きい箱を横へずらし、一点を注視する。

そこにあったのは、人が一人通れるだけの穴だった。ミラは何かを察して村長に目を合わせたが、村長は何も言わない。

……っと、地上の扉が荒々しく叩かれる。既に山賊の団体がそこまで来ており、少なくともここで逃げなければどんな目に遭わされるか解からない。

ミラは歯を噛みしめ、何も言わずに穴へと入る。ラッシーも戸惑いの顔を見せながらも、通るしかない道を進むのであった……。

それから、今に至る。

盗賊達があの村で何をしたのかは分からないが、生存者が居るかどうかは不明だ。無論、父親や母親が無事であるとの保証は何処にもない。

それでも、逃げなければ。逃げなければ、凌辱の限りを尽くされた上で殺される。

この国……。いや、この国々ではおかしな話ではない。魔王と言う得体の知れない人物によって世界が混乱したその日から、世界はおかしくなったのだ。

魔族と呼ばれる者達により、一国の兵が滅ぼされたのを皮切りに兵士はたちまち逃げ出した。

逃げ出した兵士が行き着く先。それこそが、盗賊集団だった。

こうした原因もあり、ここ数年で山賊や海賊による略奪、そして虐殺の被害が増強。元兵士による犯行ともあり、素人では太刀打ち出来ない状況へと成っているのであった。

(ほんっとうに、何で、こうも世界は理不尽なの……っ⁉)

ミラは切り傷で血まみれになった足を我武者羅に動かしながら嫌気を差し始める。

何も悪い事などしていない。ただ村を良くする為に勉強し、村の名を王都で広めようと努力してきた。

その結果を出す前に、こんな仕打ちだ。

村長である祖父を置いて逃げた時から、既に涙は枯れている。だが、残っていた涙が今になって頬を濡らしてしまうのだ。

「……ごめん、ミラ」

突然手を振りほどかれる。振り向くと、ラッシーが笑いながら、それでも肩を震わせその頬にミラ以上の涙を浮かべながら、ミラを見つめていた。

「もう、これ以上は……無理みたい。私が足を引っ張って互いに死ぬよりも……ミラだけでも生きて……」

ミラは目を丸くする。声を上げようと口を開けたが、近くから聞こええる男達の声。

「……っ‼」

ミラには分かる。魔王と言う絶望が生まれて数年、希望と言う光が見えない中で生きていくのが疲れたのだと。

だからこれ以上、足を引っ張るなどと生き恥を晒す前に、せめて自分が引き付けて誰かの記憶の中で在り続けたいのだと。

ミラはかつてラッシーに言った。

『例え目の前が真っ暗でも、いつか光が来るのを信じているから』

だから自分が生きて貰いたいのだと。だから死ぬような恐怖を心から感じようとも、笑って送り出そうとしている。

ミラは真面目だ。だからその気持ちを無下に出来ない。それとは別に助けたいとの思いもあるが、現状況どうしようも出来ないと言うのが現実だ。

だからミラは、そのまま走り出した。友人すらも助けられない己の弱さを噛みしめながら、傷だらけの足を無理にでも動かして前へ進むしかないのだ。

(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさ……)

後悔と謝罪の念が頭の中に渦巻く。だけど自分ではどうしようも出来ない。

……っと、そんな時だ。走っている森の奥で、光が見えたのは。

「あ……れ……っ、は!」

誰かが設置している宿泊用のテント。もしかしたら商人が夜を明かす為に設置している可能性がある。もしくは放浪している傭兵が、休憩の為に焚火をしているかも知れない。

もし、かも、であって欲しい。でなければ、山賊の仲間が待ち構えていないとも言えない。

ミラは可能性にかけた。もしも山賊の仲間だった場合は、正真正銘この世に希望なんて無いと思いながら死ぬ事になる。

だけど助かる可能性があるのなら、それは一筋の光がまだ消え去っていないとの確認にも成りうる。

山賊共の声が更に近付いてくる。一か八かを決める時間は無い。

ミラは光の方向へと一心不乱に走り出した。

草木を掻き分け、木の根っこに足を引っかけて転びそうになりながら……。

ついに……辿り着いた。

気が抜けて転んでしまう。顔を上げて見れば、そこは小さな広場だ。恐らく商人や旅人が作ったであろう、小休憩の場である。

その真ん中で……。

「ふーろふろふろお買い得ぅ♪ 雨の日風の日全てがドラム風呂ぉ♪ 血の雨が降ろうともぉ♪ 何でも洗うよ、ドラム風呂ぉ♪」

変な歌を歌いながら、青い長円形の物体に入ってご機嫌な顔を見せる男が……居た。

「……は?」

疑念の声が漏れる。希望か絶望かの問いを自分の中で自問自答した、その結果がコレである。

よく見ると長円形の下で火を起こしながら、筒状の何かで火に息を吹きかける緑色の肌の生物が、長円形の物体に入っている男に話しかける。

「ヘイ旦那ぁ! 今日のお湯加減は如何でござんすかね‼」

ミラは止まっていた思考を動かし、少なくとも緑肌の生物の正体に気付く。

(え? アレって、ゴブリン⁉ でもちょっと、普通のゴブリンよりも小さいような……)

疑問に疑問が重なる。そうしている中で、男は歌いながらゴブリン的な何かに顔を向け……。

「あぁ、そうだなぁ♪」

一見すると満足そうに見える表情。しかし一瞬の内にこめかみに血管を浮かべながらいつの間にか上から垂れ下がっているロープを握りしめると、問答無用で引いた。

「ぬるいんじゃボケェ‼」

「ゲボラァ‼」

ゴブリンの上から鉄で出来たと思われる平たい桶が頭上へと降り注ぎ、甲高い音を立てながらゴブリンの頭に直撃した。

倒れるゴブリン。そして裸のまま出てきた男はゴブリンの前に立つと、その頭を鷲掴みにする。

「ったくよぉ。召喚獣如きが、召喚士様の御希望に添えねぇとはどんな精神してんだ駄ゴブリンが! 使えねぇ奴なら捨てるぞテメェ‼」

ガラの悪いチンピラかと思う程に怒鳴り散らかすと、ゴブリンは涙目に訴えかけてきた。

「ひっ、かかかか、堪忍してくだせぇ旦那ぁ。召喚獣ノルマ達成出来なきゃアッシ首になっちまいますぅ! 明日行くカジノ代すらなくなりまっせ!」

いやそこかよ。ミラは思ってしまう。

仕事を首にするとの脅し自体は、商人の会話の中で何度も聞いた事がある。大体は家族の為だとか、明日の糧の為だとかで言い訳する連中が殆どだ。

しかしこのゴブリンはどうだ。賭け事の為に稼いでいると言わんばかりの情けなさっぷりだ。

(いや、そもそも召喚獣って……)

ミラが知っている範囲では……

召喚獣とは上位魔術師の中で一握りの者が持つ、特殊な魔術だ。古代の竜や古の英雄の思念体と契約して呼び出す魔術である。

その為、下位魔獣であるゴブリンは呼び出せない筈。

「うるせぇカジカスが! 風呂すら満足に焚けねぇカジカスだから昨日のノルマ代すら息子にカツアゲされんだろうが‼」

更に情けない事情を聴かされるミラ。一周回ってこのゴブリン、実は情けなさ的な意味で上位種なのでは……。と考えてしまった。

「……はっ⁉ こんなところで固まっている暇じゃ……っ‼」

コントもどきで足止めしている内に、聞こえてくる背後から迫る足音。

腰を抜かしながら下がると、森の奥から来る、山賊達。

「へっへっへっ、追いついたぞ小娘。大人しく俺達に……」

下種な声が止まる。ミラの背後に居る全裸の男に視線が行ったようだ。

全裸の男も山賊の男達に気が付いた。すると胸元を隠し、腰を抜かしながら尻もちをついた。

「きゃー、変態だぁ! アタシの裸体が目的なのね! でもアタシは簡単に体を許すような尻軽男じゃないわよ‼」

そのせいで見たくもないブツが山賊達の目に留まる。何人かは吐きながら、そしていの一番に姿を現した山賊の男はそのブツを指しながら叫びだした。

「胸を隠すな股間を隠せ馬鹿が! 誰がテメェの汚ねぇ股間見せられなきゃいけぇんだ糞野郎が‼」

ミラは呆気にとられるが、どうしてだろう。すっごく背後を見たくないとの思いに駆られる。

全裸で出てきた時にチラッと見えはしたが、あのキレ方は更に酷い事になっているのであろう。

すると今度は全裸の男がキレ始めた。

「あぁん? 誰のチ〇コがビックダディだって! 褒めるなよ恥ずかしい‼」

「耳糞詰まってんのかカスが! その辺の枯れ木程度しか価値ねぇに決まってんだろ! いいからさっさと隠せ馬鹿が! さっきからブラブラブラブラ揺らしやがって!」

嫌と言う程に状況が耳に伝わる。

冗談じゃないと思いながらも、希望も無ければ絶望しか無いこの世界を恨むのであった……。

この出会いが後に、世界にとっての希望となれば、傍迷惑な馬鹿野郎との出会いとして記憶に刻まれるとは、思いもしなかった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る