胎内怪奇

 ……これは、海輝さんが怪異として生まれなおす物語ではありません。

 なぜって、私は先程の怪談を……怪談として投稿していないのですから。


 さて、ここから先は私のわがままと告白になります。

 言わば……心理士人生の中で看取ったうちの1人、ただそれだけである彼を、私のエゴで歪めたことへの懺悔でございます。


 肝臓がんの患者である彼を看取ることになった時、私は……「この人は、何も見つけられないまま未練すらなく死んでゆくんだろうな」などと、漠然としていて失礼な想像を抱いておりました。

 だから、「やりたいことを見つけました」などと言われた時には腰を抜かすほど驚いたものです。


 ええ、私の理想としてあるのは、『幸せな死』

 言い方は悪いですが、彼にやりきって死んでもらうために協力するのは当然です。

 皆様知っての通り、もちろん私は力を――といっても、文章の校正など些細なものですが――貸させて頂きました。


 彼は、私には使う機会がないであろう、怪談を書くノウハウを教えてくれました。

 それはきっと、私の心を豊かにしたことでしょう。


 そして、3日目。

 出会ってからたったの3日で、彼の癌は転移しました。

 しかも肺。

 彼が手術を拒否していなくても、生きるのは絶望的な状況でした。


 4日目、5日目……私と話すほどの体力もないまま、それでも彼は書き続けました。


 そして、6日目。

 呼吸をするのも辛かったでしょうに……彼は、「校正をお願いします」と私に言葉をかけました。

 私は必死で、誤字だらけの文を修正しました。

 そして、感想を聞かれた私には……この怪談が素晴らしいものにしか見えなかったのです。


 私は今でも、あの時に最高などと言ってしまったことを後悔しております。

 彼を残すには、足りないかもしれないのに。

 私は……


 そして、彼は死にました。


 ……いえ、彼を死なせないためにこうしたとも言えます。

 あの怪談だけでは足りなかったのです。


 歪めた、と私は言いました。

 そう、彼の視点からの文章も含めて、怪談以外の全てが、私が書いたもの。

 私の視点から見た彼しか書けなかったのです。

 

 彼の真意も痛みもわからないけれど、それでも彼を覚えていてもらうために、私は書きました。

 彼を理解するために勝手な設定もつけました――彼自身が病院に提出した資料に家族などの情報が少なすぎたり、彼が私以外の人間に興味関心を示さなかったりしたのです――が、それでも会話は記憶のまま、忠実に書きました。

 彼を覚えていてほしい、その一心でこのような文を公開しているのでございます。


 しかし、私は怪談を、怪談として公開していません。

 つまり、彼は怪異として生まれなおすことができない。

 怪異としての彼は、世に出ていない。

 

 ですから、私は……今でも、彼の怪奇を孕んでいるのです。

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胎内怪奇 文字を打つ軟体動物 @Nantaianimal5170

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