コトノハカイキ.txt
これは、私が子宮がんで入院していた時に経験した出来事です。
入院生活に慣れていない私は、看護師さんや他の患者の方に助けてもらいながら闘病を続けていました。
ある時、新聞などが売っている場所で患者のおばあさんと話していた時。
思い出したように、そのおばあさんは言いました。
「ああ……言うのを忘れていたねぇ。この病院では、手を振られたら、振り返してはいけないよ」
追及しても、知らなくていいことだ、と言われ、わけがわからないまま私は病室に戻りました。
その次の日の夜です。
ナースコールを押すのもなんだか申し訳なくて、私は一人でトイレに向かっていました。
灯りに照らされた真っ白な廊下が、私の目には嫌に不気味に思えたことを、はっきりと覚えています。
何事もなく用を足して、病室に戻る途中。
廊下の向こうに、ソレはいたのです。
いえ、何もおかしいことはありませんでした。
そこにいた患者と思わしき男性は、ただ笑顔でこちらに手を振っていただけなのです。
それだけ、それだけなのに。
……怖いんですよ。
ソレが、とてつもなく怖いのです。
恐怖に手が震え、体は動きませんでした。
ただただ恐怖していた私は、どこか他のところを見ようと目を泳がせ……気付いたんです。
ピカピカの床に反射した廊下に、ソレが映っていないことに。
「大丈夫ですか?」
突然声をかけられ、緊張がほぐれたせいで私は膝から崩れ落ちました。
もう一度廊下の向こうを見ても、そこには誰もいません。
きっと、精神的に参っていただけなのだろう。
そう思って、私は病室に戻りました。
次の日、前のおばあさんにその話をしたら、こう言われました。
「ああ、それはコトノハカイキだねぇ。手を振り返したりしてないだろうね?」
私はまぁ、事実を話しているだけなので答えは決まっているわけですが。
「そんなこと、怖くてできませんでしたよ。そのコトノハカイキっていうのは何なんですか?」
「それがねぇ、わからないんだよ。手を振り返してはいけない、っていうのも別の噂だからねぇ」
「じゃあ、なんでコトノハカイキなんていう言葉が、すぐに出てきたんですか?」
「それがわからないのさ」
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