受胎

 朝、目が覚める。


 ……痛い。


 痛い、どこが?


 どこがって、いつも通り腹辺り……違う。

 胸の内側が、いつもと違う痛みを発している。

 幸い、痛み止めが効いていてなんとかなってはいるが……隣りにいる看護師に助けを求めるほどの体力すらない。


 目の前に何があるかもよくわからない。

 そして、意識が遠のいて……





「癌が両方の肺に転移しています。手術で治すのは絶望的でしょうし、何より言乃葉さん自身が手術を拒否していらっしゃる。前に2ヶ月保てばいい方と言いましたが、これでは1週間も保たないでしょう」


「……そうですか」


 無慈悲な宣告に、僕は痛みをこらえながら現実の重みを受け止める。

 早く書き終えなければならない。





 意識が朦朧とする中、一心不乱に書き続ける。

 どれだけ時間が経っているのかもわからない。


「大丈夫ですか、海輝さん?」


 返事をする余裕も気力も私にはない。

 この激痛に耐えながら文章を書くというだけで、精一杯なのでなのである。

 そもそも、呼吸すらままならないのだが……

 

「けっこう進んでいますね」


 そうして……やっと。

 どのくらい時間が経ったのかもわからない。

 やっと私は、書き終えた。

 莉子さんが病室に入ってくる。


「莉……さん、これ……校正……」


 うまく言葉が出ない。


「わかりました! 安心して待っていてください!」


 安心?

 そんなこと、できない。

 目を瞑ったら二度と起きられないような気がするのに、私は眠気に包まれているから。





 どれだけの時間が経っただろうか。

 起きられているということは、数時間程度か……?

 そんなくだらないことを考えて莉子さんを待つ。

 病室の扉が開く。


「校正できました! 最高の出来ですよ!」


 ……励ますための嘘、だろうな。

 それなら僕も少しだけ元気なふりで応じよう。


「ありがとうございます。では、最期のお願いを聞いてはくれませんか?」


「いくらでも」


「莉子さん、どうか。どうか……私という怪異を、私の怪奇を。孕んでは、くれませんか?」


 ああ、取り繕えていない。

 きっと僕はひどい顔色で、今にも死にそうな……いや、死ぬのだが。

 それでも僕は生まれなおすんだ、気を確かに、前を向いて。

 そう、それでいい。


「はは……気持ち悪い言い方ですね。もちろん、やってみせますよ。広めて、広めまくって。人類が滅ぶまで海輝さんを残してみせますよ」


 ああ、これで……安心して眠れる。


 目を閉じる。


 今から、僕は、怪異として。

 この世界に生まれなおすんだ。

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