受胎
朝、目が覚める。
……痛い。
痛い、どこが?
どこがって、いつも通り腹辺り……違う。
胸の内側が、いつもと違う痛みを発している。
幸い、痛み止めが効いていてなんとかなってはいるが……隣りにいる看護師に助けを求めるほどの体力すらない。
目の前に何があるかもよくわからない。
そして、意識が遠のいて……
◇
「癌が両方の肺に転移しています。手術で治すのは絶望的でしょうし、何より言乃葉さん自身が手術を拒否していらっしゃる。前に2ヶ月保てばいい方と言いましたが、これでは1週間も保たないでしょう」
「……そうですか」
無慈悲な宣告に、僕は痛みをこらえながら現実の重みを受け止める。
早く書き終えなければならない。
◇
意識が朦朧とする中、一心不乱に書き続ける。
どれだけ時間が経っているのかもわからない。
「大丈夫ですか、海輝さん?」
返事をする余裕も気力も私にはない。
この激痛に耐えながら文章を書くというだけで、精一杯なのでなのである。
そもそも、呼吸すらままならないのだが……
「けっこう進んでいますね」
そうして……やっと。
どのくらい時間が経ったのかもわからない。
やっと私は、書き終えた。
莉子さんが病室に入ってくる。
「莉……さん、これ……校正……」
うまく言葉が出ない。
「わかりました! 安心して待っていてください!」
安心?
そんなこと、できない。
目を瞑ったら二度と起きられないような気がするのに、私は眠気に包まれているから。
◇
どれだけの時間が経っただろうか。
起きられているということは、数時間程度か……?
そんなくだらないことを考えて莉子さんを待つ。
病室の扉が開く。
「校正できました! 最高の出来ですよ!」
……励ますための嘘、だろうな。
それなら僕も少しだけ元気なふりで応じよう。
「ありがとうございます。では、最期のお願いを聞いてはくれませんか?」
「いくらでも」
「莉子さん、どうか。どうか……私という怪異を、私の怪奇を。孕んでは、くれませんか?」
ああ、取り繕えていない。
きっと僕はひどい顔色で、今にも死にそうな……いや、死ぬのだが。
それでも僕は生まれなおすんだ、気を確かに、前を向いて。
そう、それでいい。
「はは……気持ち悪い言い方ですね。もちろん、やってみせますよ。広めて、広めまくって。人類が滅ぶまで海輝さんを残してみせますよ」
ああ、これで……安心して眠れる。
目を閉じる。
今から、僕は、怪異として。
この世界に生まれなおすんだ。
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