▼30・鋼鉄の鬼神【最終】


▼30・鋼鉄の鬼神【最終】


 数日後。

 部屋で昼飯のチャーハンを作った鶴巻は、食べようとした瞬間、スマホがメール着信で振動したのを認識した。

「おや」

 鶴巻はスマホを見る。

「ヒャー、チャーハンだぜ!」

 海野が若干行儀悪くチャーハンにがっついているのを尻目に、鶴巻は文面を何度も繰り返し読む。

「鶴巻くん、食事の時にスマホをするのはマナー違反だって聞いたよ」

「いや……これは緊急事態だ」

 彼は素早く外套と、最低限の装備をして海野を促す。

「悪い、一緒に来てくれ。戦いに行く」

「ほへ? 分かった」

 言われるがままに、海野も用意を素早く整える。

「以前、スチールフォースとかいうロボットを見ただろう」

「……まさか」

「そのまさかだ。何者かが盗んで搭乗、街中で暴れている」

「エェ!」

 海野は仰天する。

「もうすぐ研究所からの迎えが来る。そのあと速攻で現場に向かう」

 言いつつ、彼は「ほら早く」と彼女を促した。


 一時間前。

 四ツ谷は我慢の限界だった。

 鶴巻が負傷したのは、拝み屋界隈で何かあるからだ。あの変なロボットといい、研究所といい、彼の業界には何か計り知れないものがあるはずだ。

 許せない。小さい頃からの付き合いである鶴巻を、オカルトは傷つけている。

 それがいかなる理由なのかは知らない。しかし、オカルトの怪しげな連中に思い知らせ、鶴巻にも反省を促さなくてはならない。

 あのロボットを奪って、武力で鶴巻とオカルトとの縁を断ってみせる。

 それが鶴巻のためでもあるから。少なくとも彼女はそう考える。

「鶴巻を返せ……!」

 彼女はスチールフォースの操縦席で、マニュアルを見ながら、その聡明な頭脳で操縦方法を覚え、それを起動させた。


 鶴巻らが現場に来てみると、すでに妖術師たちが戦っていて、大半が負傷していた。

 それだけではない。エイドス術師やトラスティーズと思しき者たちも、戦って消耗していた。

「これは……どういうことだ」

 思わず声をもらすと、そばにいたエイドス術師――負傷した別府が説明をした。

「あのロボット、術があまり効きません。トラスティーズの兵器も満足には通らないようです」

「術防御か」

「物理的なものに対してもかなり硬い。もう終わりかもしれません」

「むむ」

 鶴巻が辺りを見回すと、浮田の姿を見かけた。

「浮田、大丈夫か!」

 つらそうに、ガレキにもたれている。

「命にはたぶん別条はない。妖術で止血もしたし、骨折箇所には簡単な添え木もしている。日頃から戦闘衛生の講習を受けていたおかげだね」

「つらそうだな。あまりしゃべるな。救助をしようにも目の前にデカブツがいるから、さっさと片付けてから衛生班を呼ぶ」

「あのスチールフォース、かなり強いよ。心したほうがいい」

「分かった。まずは止めてみせる」

 彼は浮田のもとを離れ、スチールフォースに相対した。


 スチールフォースからスピーカーで音声が聞こえる。

「鶴巻……どうして拝み屋……もとい変なオカルトをやめないの」

「なぜといわれても」

 きっと、いまの四ツ谷は妖術師、エイドス術師、トラスティーズなどのことをある程度把握しているのだろう。

 だから彼は、知っている前提で答えた。

「力のある人間は、正義のために力を使うべきだ」

 飾りも何もなく、それは鶴巻の、まさに本音であった。

 妖術の素質があるなら、並の妖術師より上手く術を使えるのなら、それは自分の納得できる正しさのために使うべきだ。

 それは妖術師仲間を守るべきときだったり、公の正義を信じてあまねく皆を助けるべきときだったり、具体的には色々状況があるだろうが、ともかく正しさのために、鶴巻は自分の力を使うべきだと考えていた。

「いくらオカルトといわれようとも、俺の意思は変わらない。お前こそそのロボットを捨てて投降しろ。いまなら刑を軽くするのに協力する」

「誰がそんなことを!」

 スピーカーから怒りの声が響く。

「そうか、あんたの隣にいる女がたぶらかしているのね!」

「それは違う! 海野はそんな邪悪な女子じゃない!」

 鶴巻は否定するも、四ツ谷の勢いは止まらず。

「女の色気に汚染されて……もういい、その女もあんたも叩き潰す!」

「やる気か……まあ今更だな。海野、お前は後ろで防御と回避に徹しろ」

「私も戦う!」

「駄目だ。どうせ操縦席にお前のサイキックは届かないだろう。あの装甲、きっとサイキックも防ぐ。それぐらいは俺でも分析できる」

「うぅ」

 引き下がる海野を尻目に、彼は構える。

「さて……だったら俺も全力を出させてもらう!」

 鶴巻は妖力を素早く練り上げた。


 彼は持ち前の体術を活かし、四方八方に飛んでは妖術を撃って弱点を探る。

【紫電よ、奔れ!】

 電流が彼の指からほとばしり、スチールフォースに叩きつけられる。

 だが、どこをやっても弱点らしい弱点は見当たらない。

 マンガなどなら、こういうときに先発の仲間が与えたわずかな破損がカギとなるのだろう。

 実際、鶴巻の雷電の妖術なら、わずかな装甲の破損さえあれば、機構の内部に電気が侵入し、情報系を中心に敵を破壊できるのだろう。

 また、もし破損が操縦席の近くなら、電気で内部の操縦者……四ツ谷にダメージを与えてスチールフォースの機能停止を実現できるかもしれない。

 しかし現実はそうではなかった。スチールフォースは全く少しも破損しておらず、ゆえに完全な装甲で鶴巻の雷電攻撃を寄せ付けない。

 彼の得意分野でかつ機械に効きやすいはずの電気でさえ通じないのだから、彼の使う他の系統の術でも、きっと有効打には全くならないだろう。

 鶴巻は雷電妖術だけの術師ではないが、かといってこの状況をたやすく打破する方法は浮かばない。

「くそっ!」

「死んじゃえ!」

 スチールフォースの機関銃が炸裂する。

 彼は避けつつ、同時に防壁も張る。

【電磁の壁よ、主を守れ!】

 しかし、機関銃は新型のアンチウィザード式らしく、かすっただけで壁が壊れる。

「くっ……!」

 このままではジリ貧である。

 ――そもそも、弱点を突いて敵をどうにかするという発想自体が、この相手には適さないのではないか。

 その思考は突如として鶴巻の内側に浮かんだ。いや、これはきっと鶴巻の実戦経験が彼の心に手がかりを生み出したのだろう。

 スチールフォースに弱点がないのなら、高い火力で装甲の硬さを上回る打撃をするしかないのではないか。

 では、その甚大な火力を生み出す方法は何か。

「魂の力か」

 鶴巻はつぶやく。

 危険な賭けである。まかり間違えば自分が命を落とす。それ自体で尽き果てなかったとしても、消耗し戦うこともできない状態で機関銃や砲撃を受ければ、やはり死へと向かう。

 しかし、彼の脳裏には、それ以外の答えが浮かばない。

 ……それしかないのなら、たとえ危険な選択肢であっても、やるしかない。

 全ては正義と仲間のため!

 彼は深く息をして、急速に妖力を練り上げた。

 そして放たれる詠唱。

【聖なる稲妻よ、気高き雷神よ、その鉄槌を束ねて打ち下ろせ!】

 一瞬の間の後、轟音と閃光が辺りに走った。


 鶴巻が次に見たのは、ボロアパートの自分の部屋だった。

「あ、起きた!」

 海野が駆け寄る。

「俺は……」

「起きてくれた……鶴巻くん、鶴巻くん!」

 ベッドから半分起きた鶴巻は、彼女に抱き着かれる。

「本当に良かった。何日も起きなくて、死んじゃうんじゃないかって思って!」

「どうどう。俺は生きているぞ」

 どうやら魂の力を使って、死なずに済んだらしい。

 もっとも、あの戦いで魂の力を使ったのは一回だけであるし、死なないようにギリギリの力配分もした。

 彼が生きているのは、単なる偶然ではない。彼自身の加減によるところである。

 だが、それをここで言うのは野暮のような気がした。

「ただいま、海野」

「おかえり、鶴巻くん」

 彼女が微笑んだ。


 後から聞いた話。

 スチールフォース暴走事件は、各勢力の諜報班が奔走し、なんとかもみ消したという。

 犯人である四ツ谷は、妖術師連盟が確保した。彼女が「ヨシ」の幼馴染であることを知っている智奈子は、その赦免に向けて奔走しており、連盟としても動機などの面から寛恕する風向きになりつつある。赦免された場合、妖術師などの世界を知ってしまった四ツ谷は、今後連盟が半ば致し方なく、抱え込むこととなるだろう。

 なお浮田も、負傷しながらも生き延びており、自宅で療養しているとのこと。妖術師連盟の傘下の病院に行くような深手でもないようだ。

 さらに余談だが、浮田眼龍は妖術師連盟が厳重に身柄拘束している。

 とりあえずは、諸々の問題に一区切りがついた。

「俺の体調もすっかり治ったな」

「大丈夫?」

「大丈夫。予定通り今日は研究所へ行くぞ。所長と母さんに報告だ」

 言うと、彼は外套を羽織って外へ出た。

 空は雲もなく、能天気なまでにからりと晴れていた。



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 ここまでお読みくださりありがとうございます。

 この話をもって最終話とさせていただきます。

 少しでも「この作品はよかったな」とお思いになりましたら、お気軽に星評価やブックマークをお付けください。

 以前も申しましたが、これが本当に作者のモチベーションになります。なにとぞよろしくお願いいたします。


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妖術師とサイキック◆突然転移してきた美少女が、組織の都合で居候に。ウザいし大飯食らいだしでつまみ出したいが、仕方ないから守るか 牛盛空蔵 @ngenzou

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