▼29・真の戦いは
▼29・真の戦いは
妖術の撃ち合いは、十分ほど続いている。
【紫電よ、ほとばしれ!】
鶴巻の指先から電光がひらめく。
【風の壁よ、我を守れ!】
眼龍が防壁を構える。
本来、風で電気を止められるはずはない。しかしこれは妖術であり、妖力の壁でもあるから、鶴巻の術は風の壁によって阻まれる。
海野のサイキックも同様。
「鶴巻くん、岩をサイコキネシスで飛ばしたけど効かないよぅ」
ほへ……と落胆をあらわにする。
しかし。
「あの風の壁は無敵ではない。攻撃を続ければ必ず破れる。あきらめずに撃ち続けるぞ」
鶴巻は壁が絶対ではないことを、彼の妖術師としての見聞から知っていた。
「よく知っているな。馬の骨の一つ覚えというものか」
「余裕ぶっていられるのも今のうちだ。【雷光よ打ち据えろ!】」
鶴巻が詠唱すると、空から耳を震わす轟音と、視界をかき消さんばかりの閃光。
稲妻が眼龍を撃つ。
「くっ……!」
眼龍の風の壁が、一時的にはがれる。
そこへ海野のサイキック。
「これで……それっ!」
岩をサイコキネシスで飛ばし、眼龍に叩きつける。
「ぐわっ!」
岩を叩きつけられた眼龍は、妖術の中枢をやられたようで、術の気配が消えた。
「勝負あったな。……二度と悪さをできないようにしてやろう。【鍵よ、術を戒めよ】」
鶴巻が封印の術を口にすると、妖力が概念上の鎖と化し、眼龍の妖術を封じ込める。
「ぐぐ……鶴巻の馬の骨め」
「負け犬はただほえればよい。俺たちの勝ちだ。浮田、帰ろう」
鶴巻が声をかけると、浮田も呼吸をすっかり整えたようだ。
「僕からも眼龍の術を封印するよ。【鍵よ、術を幾重にも戒めよ】」
唱えると、浮田の妖力も眼龍の封印を強化した。
「私も私も!」
「お前はサイキックだろ。そういう超能力があるのか?」
「ないけど」
「一瞬でも期待した俺が馬鹿だったな。……眼龍の取り巻きに告ぐ。眼龍の力は封印された。このままおとなしく妖術師連盟に降伏してくれれば深追いはしない」
鶴巻が言うと、取り巻きたちはすごすごと逃げ散っていく。
「眼龍、あなたも降伏しなさい。どうせ術を封印されたら、術師としては何もできないだろう」
「ぬう……」
眼龍は苦々しい表情を浮かべつつ、両手を頭の後ろに組んだ。
「とどめを刺さなくていいの?」
「これ以上は何もできない。殺してしまったら逆に大事だ。俺たちはできることをすべてやった」
「ほへ」
「もうトラスティーズに寄る必要もない。帰って戦果を報告するぞ」
鶴巻が疲れた様子で言った。
真壁主任にあいさつもなく、鶴巻たちは戦場を離れ、研究所へ向かった。
所長が言う。
「まずは無事に戻ってきてくれてよかった。三人とも、よく頑張ったね」
にこやかに述べるが、鶴巻は返す。
「頑張ったのは浮田と海野のほうです。浮田は眼龍との戦いの大部分を担当しましたし、海野は本来平和のうちに暮らすべき人です」
「ほへへ。……いや、鶴巻くん、私は守られてばかりのお姫様じゃないよ」
「分かっている。けど海野は元の世界では苛酷な状況だったんだろう。正直、お前からみて新たな戦いに巻き込んで、本当にすまないと思っている」
鶴巻は珍しく、海野に素直に頭を下げた。
「ほへ」
「うぅん思いやりは美しきかな。ともかく、ゆっくりすればいい。特に鶴巻くんは多少の手傷を負っているようだからね」
脇腹に目をやる所長。
「この程度、大したことはありませんよ」
「そうはいっても鶴巻くん、きみが傷を負うというのは結構な大事だよ。きみは普段、怪我をしないぐらい強いじゃないか」
と、通信画面の向こうで智奈子が。
「ヨシ、怪我したの? 母さん心配だわ」
「母さんまで。この程度の傷、妖術師にとっては日常的じゃないか。俺がめったにやられない人間だってだけで、他の妖術師はこれぐらい普通だろ」
「僕は鶴巻が心配だけどね」
「浮田、お前も怪我しないことで有名だろ」
「ふふん。なんせあの、術だけはできるクズ眼龍と互角に戦っていたからね」
「浮田まで海野あたりの影響を受けてるのか、なんかウザイな」
所長と画面の向こうの智奈子が笑った。
その後、報告を一通り終えた鶴巻たちは、各々の家に帰った。
海野は買い物があるらしく、道中で鶴巻と一時的に離れた。
「コロッケ買わなきゃ」
「そういえば今日の食事当番は海野だな。頼んだ」
海野は「じゃーねー」と手を振る。
彼女に手を振り返しながら、鶴巻は家に帰った。
すると。
「鶴巻、怪我したって所長さんから聞いた、大丈夫?」
先に四ツ谷が扉の前にいた。
めんどくさい人間が来た、と鶴巻は思った。
「まあ仕事の最中にちょっと作業に巻き込まれてな」
鶴巻はすらすらと嘘を言える自分に若干驚きつつも、それでも隠さなければいけないことを隠す。
「鶴巻」
四ツ谷が真剣な表情で。
「もうオカルト……拝み屋なんていう商売やめなよ。理由は分からないけど怪我をしてまでやる仕事?」
「まあ落ち着け。怪我は仕方がない事情があるんだよ。お客さんとの約束でちょっと言えないけど」
「むむむ」
四ツ谷はしばらくうなったのち。
「分かった。自重してよね」
「ありがとう。すまないな、心配をかけて」
鶴巻は頭を下げた。
「べ、べつに心配じゃないし。怪我人を気遣うのは普通だし」
「そうだな。そうだった」
「まあいい。……私は帰るわね」
海野が居候していることが知れたら、何を言われるか分からないので「部屋に上がっていけ」とは言えなかった。
「ありがとうな。送ろうか」
「大丈夫。ここからなら普通に帰れる」
「そうか。気をつけて帰れよ」
言って、彼は帰る彼女を見送った。
これから何が起こるかを知らずに。
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