▼28・俺たちの雷使い


▼28・俺たちの雷使い


 そのころ。

「眼龍! 【風の弾よ、微塵に打ち砕け!】」

「分家の小僧が! 【あまねき力場よ、へし潰せ!】」

 瞬一と眼龍の一騎討ちは、砂嵐と殺意の舞う渦となり、その中心に強力な術のぶつかり合いをすえた。

 一騎討ち。周りの術師は何をしているのか?

 近寄れないのだ。

 両者ともに全力かつ高度な撃ち合いを繰り広げているため、力量の劣る取り巻きたちは、介入することすらできない。

 できるとすれば、雷術というたぐいまれな術を使いこなす鶴巻や、サイキックという異次元の術を駆使する海野であろう。

 そして、その二人はじきにここへ来るはず。少なくとも浮田瞬一の認識では、いずれ救援に来るととらえている。

「この前よりは成長したようだね、いまいましい限りだ眼龍!」

「先日は少し調子が悪かっただけだ。それに奇襲などという卑劣な戦法を採られたからな!」

「負け惜しみは晩節を汚すぞ、無能当主め!」

「減らず口を! 【風の弾よ、打ち砕け!】」

【風の壁よ、我を守れ!】

 眼龍の射出した、とても基本妖術とは思えない、轟と荒れ狂う風の弾丸は、しかし瞬一に届く前に風の防壁にかき消された。

「むむ、妖術の力だけは本家同等だな、分家の身を弁えよ!」

「この程度で感心するのか、まったく本家は軟弱者の集まりだね!」

 罵り合いが、熟練の術師同士の戦いを彩る。

 本家が軟弱なのか、瞬一が規格外なのか。はたまた、一般的な術師が思っているほど分家は弱くないのか。

 きっと最初以外はどちらも当たりなのだろう。

 浮田瞬一は才能と鍛錬の機会に恵まれた人間である。また、本家はリソースが多いとはいえ、最終的には妖術の程度は家でも血統でもなく、個人の素質に基づいている。

 瞬一は、本家と分家の区別のない世界を願っているというより、本家と分家に顕著な差がないことを、ただ教えたいだけなのかもしれない。

「報われない分家に栄光を! 【あまねき力場よ、へし潰せ!】」

 当主と、当主にも匹敵する力量の分家。戦いはひたすらに続く。


 偵察塔のほうで激戦が行われているようだ、という状況は、いまや敵味方ともほとんどが認識していた。

「何が始まったんだ!」

 真壁主任が注視しながら、鶴巻と海野に尋ねる。

「そういえば瞬一がいないな」

「私たちで様子を見に行きます、偵察塔に近づきますので援護をお願いできますか」

「よし、鶴巻と海野を送ろう。全員、弾幕を張れ、二人は隙をついて現状を把握しに行け!」

 鶴巻の機略で、二人は「現状把握」、もとい実際には「救援」へと向かうことになった。


 銃弾とエイドス術が飛び交う中、二人は仲間の救援に急ぐ。

 火薬の匂い。叫び声。やかましいまでの術発動の気配。

 生と死の狭間は、いま、二人と隣り合わせになっている。

「海野、ついてこれるか」

「もちろん。いまついてこれてるじゃん」

 海野がすぐそばで答える。

 このサイキック女子、どうやら体力まで鍛えた男子並みのようだ。

 彼女が元の世界でどれほど鍛えられたか――どれほどの苛酷な目に遭ったか、まるで手に取るように想像できる。

「鶴巻くんこそ、途中で心折れないでね!」

「ふ、減らず口を叩く余裕はあるみたいだな!」

 駆け抜ける。

 術をかいくぐり、射線を避け、しかし一歩も退くことなく前進を続ける。

 と。

【光の矢のエイドスよ!】

 敵が放った、一筋の術。

「ぐっ……!」

 それが、鶴巻の脇腹をかすめた。

「鶴巻くん!」

「いや、大丈夫だ。戦闘を続けられる、というか、かすめただけだ」

「でも」

「進もう。早く浮田と合流して、眼龍を叩くぞ!」

 鶴巻は小さな火の妖術で傷を焼き固めると、再び海野とともに走り出した。


 本家と分家の戦いは、双方消耗しつつも、なお続いていた。

「げほっ、がはっ、はあ、はあ」

「ふう、ふーっ」

 眼龍も瞬一も、互いに肩で息をしている。

「眼龍様、助太刀を」

「いらん。お前たちではいまの瞬一にも蹴散らされる」

 眼龍は苦しそうにしつつも制止する。

「利口な判断だね。その通りだよ」

「……まだ挑発をするか。根性だけはあるようだな」

「なければこの場にいない」

 返す瞬一だが、しかし。

「無理するな瞬一、助けに来たぞ!」

 その姿は、瞬一の無二の親友。雷の妖術の使い手。サイキックを引き連れた若き勇者。

「……鶴巻……!」

 瞬一はゆっくり息をついた。

「大丈夫か、怪我していないか、止血ぐらいなら」

「怪我はしていない。見なよ。どこも悪くないだろう?」

 瞬一は静かに笑う。

「本当か、眼龍相手に負傷していないとか」

「ただまあ、疲れてはいるかな。交代させてもらうよ」

「よく頑張ったな、あとは俺たちに任せろ」

 鶴巻は眼龍に向き直る。

「というわけで、待たせたな。俺たちにとっても再戦だ」

「決闘の邪魔をするとは無粋な、鶴巻の馬の骨は礼儀作法すら知らんのか」

「決闘?」

 鶴巻はへらっと笑った。

「この戦場で何を悠長に。騎士にでもなったつもりか。あなたはここがどういう状況にあるかを考え直した方がよさそうだな」

「どこであろうと礼を尽くして戦う、それこそが気品というもの」

「老いて害をなし始めたな。あなたは戦場を理解していない時点で永遠に勝てはしない」

 鶴巻は妖力を練り始めた。

「いくぞ眼龍、いまからは俺たちが相手だ!」

「家の根も分からぬ馬の骨風情が、挽き肉にしてくれる!」

 力が激しくぶつかり始めた。

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