▼27・相克
▼27・相克
浮田。分家の末席にして、当主を一度は打ち破った者。
彼は偵察塔を目指して、本家の集団を片っ端から撃砕する。
トラスティーズの建前も置き去りにし、隠すべき妖術の戒めをいまばかりは解いて。
【風の弾よ打ち砕け!】
戦意に満ちた彼の指先から、密度の高い妖術が放出される。
「ぐえっ!」
「浮田瞬一? どういうことだ!」
浮田家は、瞬一という予想外の人間から奇襲を受け、混乱のさなかにあった。
「なぜ、やつがここにいる!」
「トラスティーズについたのか?」
問答無用で彼は、本家のお偉方どもを吹き飛ばす。
風の弾が乱舞する。
「げふっ!」
「事情はあとだ、戦うぞ!」
浮田本家勢が体勢を立て直し始めたあたりで、瞬一の両眼は偵察塔からあの人物が近づいてくるのを捉えた。
「浮田瞬一、またしてもお前か」
「眼龍!」
瞬一は宿敵の名を呼ぶ。
「トラスティーズに寝返った……わけではなさそうだな。潜入しておったのか」
「答える義理はない。眼龍、尋常に勝負だ」
瞬一がいきり立つが、眼龍はあくまで冷静に。
「まあ瞬一、落ち着け。……わしらの仲間にならんか」
「ふざけたことを、その口を――」
「決してふざけてはおらん。落ち着け。その証にわしは妖力を解いている」
走査。確かに眼龍は妖力の準備を解いている。
そうまでされたら、とりあえず話は聞かなければならない。これは眼龍への憐憫などではなく、戦場における礼儀作法である。
瞬一は、自分の妖力は練ったまま、とりあえず眼龍の言葉を待った。
「瞬一、まず聞きたい。お前は本当に本家分家の関係を壊そうと思っているのか」
「当たり前だ。生まれで序列が決まるなんて、僕には許しがたい不条理だ」
「なるほど」
眼龍はうなずく。
「だがその動機は結局、ほかでもない、自分自身が不遇だったからではないか。それともお前は、同じ分家とはいえ『他人』の無念すら背負っていると?」
「そうだ」
「そうではないだろう。……よく言われている言葉に『環境を変えるのではなく、自分を変えたほうが早い』というものがあるな」
「何が言いたい!」
眼龍はニヤリと笑う。
「本家をうらやむよりも、自分が本家同等の重鎮になったほうが早い。そうは思わないか」
「寝言を!」
「寝言ではない。金持ちの社長をうらやむなら、自分が金持ちの社長になるために頑張る。友人がよくできた嫁をもらったなら、自分もそうなるように努力する。世間では普通に行われていることだ」
「知るか!」
「ならば本家分家の関係を破壊するより、自分が成り上がるほうが建設的だ。そうではないかな?」
しかし瞬一は一顧だにしない。
「僕は本家と分家の構造をぶっ壊す。なぜならその目標に、手が届きかけているからだ。――金持ちや嫁をうらやんでも仕方がないのは、うらやむだけでは何も変わらないからだ」
「だったら」
「しかし浮田本家は壊れかけている、分家差別を打ち壊すその領域に、僕はもう少しで達することができるんだ!」
浮田眼龍はただ「むむ」とうなる。
「建設的なのは、ここでお前を倒すことのほうだ。行くぞ眼龍!」
瞬一は術行使のため、指先を眼龍に向けた。
鶴巻は、偵察塔の方向から大きな衝撃が来るのを感じた。
「始まったな」
「なーにが『始まったな』よ」
アンチウィザード銃を撃ちながら、器用にも海野は鶴巻をからかう。
「まったく野郎どもの暑苦しい友情といったら、もう」
「いや実際、友人としては最大限、浮田の意思を尊重すべきだろう」
「そこじゃないんだよ。その暑苦しさを私にも向けてください」
「何言ってんだ」
鶴巻は戦場にもかかわらず、こめかみを押さえる。
「私もその暑苦しい感情に包まれたいです」
「あのな……俺はお前も精一杯尊重しているつもりだぞ。確かに戦いの世界に、結果的に引きずり込んでしまったことはいまも後悔しているけども、その中でもお前は大事に扱っているつもりだ」
「それは分かるけど……」
海野は言葉にならない感情を抱えているようだ。
しかし鶴巻としては、それ以上に説得のしようがない。
「分かったら戦闘続行だ。ほら敵がいるぞ」
「鶴巻くんのいけずぅ。……私は守られるばかりのお姫様じゃないんだからね!」
海野は「鶴巻くんはホントアレなんだから!」といいつつ、不満と銃弾を敵にぶつけていた。
所長、智奈子、諜報班長の三名は、リモートで通信し、戦況を共有していた。
「偵察塔のほうから激しい戦闘の気配を感じます」
「浮田くんが決戦をしているのか?」
「まだ諜報員が立ち入れていないので断言はできませんが、力の性質からして、おそらくは」
諜報班長が報告する。
「ヨシは?」
「鶴巻さんはそちらには参加していないようです」
「そのようだね。鶴巻くんから連絡が入った。浮田瞬一くんの援護は機を見て向かうと」
つまり、現在はまだ向かっていないということだ。
「そう。……全体の戦況は?」
「トラスティーズ側が有利です。エイドス側の潜入者たちは、エイドス術師をかく乱しつつ徐々に退却しています」
「被害を少しでも広げているわけね。この機にトラスティーズ側の潜入者たちも……」
「智奈子さん」
所長は制止する。
「あなたは息子さんが心配なのではありませんか?」
「……そりゃあ心配だけども」
ではなぜ、息子を戦場へ送るのに、見送りにも来なかったのですか。
所長は言いかけて、しかし口には出さなかった。ここでそれをなじっても仕方がない。
それに、智奈子は今回の戦況管理が所掌ではないにもかかわらず、さりげなく息子を気にかけている。
きっと見送りに来なかったのは、それだけの事情があるのだろう。
所長は妖術師連盟のそこそこ上のほうであるだけに、余計にその事情が理解できる。
だから、彼は代わりの言葉を述べた。
「智奈子さん、あなたの息子さんは立派な人物です。力、妖術師としての倫理、勤勉さ、いずれをとっても並の妖術師をはるかにしのぐ。私が保証します」
「そう?」
「そうです。ですから思い悩まず、あなたはあなたの仕事に専心してください」
所長は遠回しに「自分の仕事をしろ」と述べた。
「……そうね。私も忙しい身だし、通信はこれで失礼するわ」
「出過ぎたことを申し上げてすみません」
「いえ、正しいことでした。では、これで」
智奈子の通信が切れると同時に、所長は「意外と不器用なんだな」という感想を心の中にとどめた。
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