Day31 またね

 またね、と言った穏やかな声が、どんなおとぎ話を語っていたか。今ではもう思い出せない。

 缶詰をクラッカーですくいながら、空っぽになった家で食べる。明日の朝は食事を抜くことにしていた。船酔いしやすいので吐くものがなければ周りに迷惑をかけない。

 小さい頃、またねは明日の約束だった。けれど、いつからか別れの言葉に変わった。はっきりとそれを認識したのは父の時である。

 夢を追うような人だった。勿論、娘の私のために父親としての務めは果たすが、それと自分の夢を同じ順位で扱う。父の夢は小説家で、自分の考えた話を私によく聞かせてくれた。嫌気のさした母は家を出ていき、それでも、子供っぽい父のことが私は大好きだった。

 またね、と調査団の船に乗ることを決めるまでは。

 皆のためだ、なによりも娘のお前がこれから生きるためにと何度も説得されたが私は行かないでと泣いた。調査団は父たちで三代目、それより前の船が結果を持って帰ってきたことはない。

 かつては青い星と謳われた私たちの星に生物の住む余地はない。海は干上がり、大地は割れ、ほそぼそと生き残った人類は地下深くへと逃げた。しかし星の再生を待てるほど、地下の資源は豊かではない。今ある資源をかき集めて宇宙に新たな星を見つけ、そこで再生を待つ。それが調査団発足の経緯である。

 そして、今にいたるまで彼らは帰ってきたことがない。父も同じ道を辿り、そして私たちは絶滅するのだ。

──はるかに彼方からの信号は、嘘のようだった。確かな強さでここへと呼んでいる。遅れてやってきた情報は確度の高いもので、そこに父の声もあった。

 それが、いったいいつの『父』なのかは考えないようにした。

 だが、平行線にあった父の夢と私が彼方の星で交差しようとしている。不安と希望を積んで船に乗り込み、私はああ、父もこういう気持ちだったのかと小さく息を吐いた。

 耳の奥では父が聞かせてくれたおとぎ話が次々と蘇っている。どんな話だったっけ、とペンとノートを取り出し、思い出しながら書き綴った。

 船が飛び立つ。ペンを置き、小さくなりゆく地球を眺め、私は明日の約束をした。

「またね」

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文月の、種多く かんな @langsame

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