Day30 色相

 神様の仕事は多岐に渡る。とりわけ新神に任されるのが世界の色相の調整だった。この歴史にはこの色相、この状況にはこれ、と人の目に映る決定的な瞬間の色相を神様が調整する。そうすることで人々は目にしたものを描き、語り、心に世界は根付き、歴史となり、紡がれて神様という存在を盤石にする。人々の信仰なしに神様は成り立たず、それを補完する大事な役目だが新神に任されやすい。色相調整は失敗してもそれを立て直すことで異質のものの存在をより強めるからだ。だから、ベテラン勢からは失敗を促されることもあるのでストレスが半端ない。そういう時は人間へ目を向ける。

「ああ、婚約を申し込むのか」

 薄曇りの空では色が霞む。太陽の光を思わせる黄色を微かに強め、下映えの草の瑞々しさが美しく風景を彩るように部分的な色相を細かくいじる。あまり手を出すと気候の神に怒られるが、ここはストレス発散だ。雲を少し手で避けて天使の階段を作った。吹き寄せる風からは雑多な色を取り除き、跪く男を見下ろす女には男がより魅力的に見えるよう、顔のくすみが見えないような補正もかける。

 舞台は整った。男は変わりゆく風景に成功を確信して顔を輝かせた。後は女が顎を引くだけ、と思って見つめていたが、女は頭を振って立ち去ってしまう。美しく整えられた風景が男の孤独を際立たせていた。

 溜息をついて風景にかけた色相調整を解く。途端、雲がたれこめ光は遠のき、風景の全てがくすみ始め、しまいには雨まで降り始めた。色相調整をしなければ男も成功を確信などしなかったかも、と罪悪感が新神の胸をつく。

 と、項垂れる男の元へ別の女が傘を持って駆け付けた。先程の女とは違って素朴な容貌の女である。彼女は何事かを語り掛け、男は項垂れた頭を持ち上げて苦く笑った。なるほど、彼女に対して笑いかける気遣いは残っている。なかなかいい男じゃないか。それにあの子も頬を赤くしている。

 では、とくすんだままの風景に桃色が薄く滲むようにした。参考にしたのは近くのリラの花の色である。

 あとはそのまま、どんな色相でこの風景を彩るかは彼らにまかせよう。

 ここは神の降臨しない思い出なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る