第17話 夏、それは怠慢の終わり


季節は巡り、八月。




涼しい青空の匂い、茜に縁どられた地平線の向こう側から姿を現す夏の象徴。一面に咲き誇る向日葵、その黄色い声援と視線を釘付けにする太陽がぎらぎらと輝く時節。




死んだ真夏の熱帯魚のような気持で、汗の染みついた薄っぺらなシーツから手を放す。どうやら寝苦しい夜を乗り越えたらしい。涙で糊付けされた睫毛、未だ上手く開かない瞳を開ける意志は漠然としている。下唇を伸ばし、不格好な嘴の片割れを緩慢な動きで引きずるように湿らせた。見知った天井に天高く祈りを捧げ、脱力する。重なった掌が零れる花弁のようにはらり舞い、布団からはみ出して板張りの床に落ちる。第二関節のその下、指の付け根の突起が固い床に直撃し、鈍い痛みに五感が強制的に叩き起こされる。




僕が無能であり続けてから、疾うに半年が過ぎようとしていた。




「おはやいます……」




自分事ながら、相も変わらず情けのない起床の独白を紡ぐ。水分不足で麻痺した思考と肉体のおかげか、悶絶による強制的な二度寝には陥らなかった。関節にマチバリが針山のように突き刺さる感覚に漠然とした意識の中で襲われながら、真っ赤になった手の甲をさする。




(ううむ、恥ずかしい)




二人きりの六畳一間、同居人の返答を待つ。




「………?」




しかし、時計の秒針が五回ほど四季を経験したにも関わらず、朝の挨拶は一向に帰ってこなかった。普段であれば、さながら阿吽の呼吸の如く、アコーディオンカーテン越しの「おはよう」が飛び出してくるはずなのだが。




粉を拭いた瞼の上、寝ぼけた眼を擦る。明瞭になった視界、痛い位に差し込んだ外からの陽光が、窓を介して僅かに歪んだまま、それに気が付くこともなく影を作る。




「ミカミちゃん?」




皺枯れ、しゃがれた声で鳴く蝉の群れ。母星に根を張る分厚い幹、身が焦げ燻るような焦げ茶の木目が夏の風物詩と同化している。


青い縦縞のタオルケットに微かな温もりを残し、這いずるようにして布団から身体を捻り出す。昨夜から稼働しっぱなしのクーラーの吐き出した風がカーテンを揺らしていた。人影は無かった。




「あれま、誰もいない。花でも摘みに行ったかね」




割とデリカシーに欠ける発言だが、今更である。一方的にではあるが長い年月を共に過ごしたのだ、少しばかり許してくれるであろう。そんなことを思いつつ、空気の入れ替えのためにベランダの窓に近づく。防犯対策等、一切の痕跡がないすっぴんの窓際に立ち、鍵の取手部分をくるりと半回転させて力づくに左手へと引っ張る。口を開けた窓は大きく深呼吸し、部屋が孕んだ熱気を吐き出し、土用東風をするすると飲み込んでいく。




「………あれ」




ついでとばかりに覗き込んだ彼女のパーソナルスペース。部屋のサイズに見合わない巨大な勉強机のその上に、裏返しになった花丸満点のテスト用紙が一枚、ぽつんと置かれていた。手を伸ばし、切り忘れた爪で引っ掻くようにして真っ白の机からそのA4用紙を摺り取る。




『先生へ』




どうやら、僕に向けられた書き置きらしい。余計な思考を挟みながら、削ったばかりなのであろう鉛筆で書いた達筆な字を両の肉眼で舐めまわしていく。




「ええと、ナニナニ……」




『朝食は冷蔵庫に入れておきました。学校で待っています』




三上沙耶。その書き置きの言わんとするところを理解した途端、僕の首は百八十度ねじ切れるくらいの勢いで回転する。寝起きに世話になった時計、泣く泣く裏面にフックを付けたそれを再び見つめる。長針と短針は既に頂点へと差し掛かっており、その姿はただ一つの受け入れがたい真実を示していた。




オイオイ嘘ダロフ。




マサカマサカ。




アッチへウロウロ、コッチヘウロウロ。




ギョロギョロメンタマ。




見事、十二時。




「ああ本気かよ、遅刻だァ……」




人の悪意を煮詰めた闇鍋のような顔を覆い隠し、その残酷なまでの現実に打ちひしがれる。僕のことを起こそうとしてくれたのであろう、定位置から蹴飛ばされ、奮闘の痕跡がありありと残るアラームを視認する。学生時代から、真面目な人間としての市場価値を高めてきた僕にとって、耐えがたいほどの絶望。ましてや遅刻など、人生で初めての経験であった。




「なんてこった……」




はやる心臓、高鳴る鼓動。無論、恋のトキメキなどではなく動悸である。




畳まれた衣服を乱雑に手に取り、バニーガールですら恐れ戦く、瞬きの間のストリップショーを開催する。下着からシャツ、スーツ、靴下に至るまでの過程を振り切り、トレードマーク兼アイデンティティである白衣を羽織る。




ポケットに手を突っ込み、足早に玄関へと向かう。一度失った信頼を取り戻すのは、死者を蘇生するのと同じくらいには難しいことなのだ。自業自得は勘弁である。刻一刻と、積み上げてきた信用という名の牙城が音を立てて崩れていく感覚。悍ましい量のブツブツが、脂汗と共に背中を走っている。




纏った白衣を翻し、外の世界へと足を踏み入れる。腐食し切ったシリンダーに蜥蜴のキーホルダーのついた鍵を突っ込み、後ろ手に扉を閉め、確認する暇もないまま自宅である二○三号室を飛び出す。鼻緒が切れたサンダルを蹴飛ばし、むき出しのうら寂しい鉄骨を降りる。一階に設置した薄荷色の自転車、そのサドルに飛び乗った。




職場への連絡も忘れ、教室に一人きりであろう彼女の下に向かうため、恥を忍んで足場のペダルを漕ぎだした。












夏休み、サマーシーズンへの突入。




体育祭とテストを終えた生徒たちにとって、絶対的な幸福感を齎す怠惰に始まる、七つの大罪を自身と親の責任の範囲内で犯し放題の一か月。夏の魔物は人間の欲望を大胆に解放する。誰も彼も心と体が浮きたち、居ても立っても居られない心地で日々を過ごすのだ。




しかし、全ての事象には例外が存在する。そしてそれは規則のように、例外が圧倒的な数量を誇っている。




そしてその例外の中、人生の夏休みを無駄遣いし続けた僕という人間。その心は今現在、自宅を飛び出した時から打って変わって、鉛を落とし込んだ曇天模様の空のように沈んでいた。そんなちっぽけな心象世界と打って変わって、腹の裏側の隅々に至るまで清々しい藍が、空の外枠をパズルのピースのように埋め尽くしていた。




圧倒的な違和と異和が、僕の世界を侵略していた。




(……暑いし、熱い)




茹だりかけた脳味噌からの情報によると、本日は午前中で終わる授業のため、生徒達は給食もなく直帰の予定であった。自転車を適当な茂みの中に乗り捨て、締め切られた校門を乗り越える。冷房のガムガム効いているであろう職員室を目指して、傾斜の激しい坂道をズムズム跳ねのけていく。道中は誰ともすれ違わなかった。




そして、遂に辿り着いた目的地。




「遅れました……失礼します」




未だ授業中なのであろう、職員室には誰もいなかった。涼しい。期待通りである。何より、人間の発する微粒子のような熱気が無いのが素晴らしい。空調の眼前に仁王立ちし、冷気を余す所なく全身に浴びる。無骨な椅子に腰を掛け一息つくと、くるりとその場で一回転。置かれた状況を俯瞰すると、顔も名前も知らない同僚の上着が皺になりながらも椅子に掛け置かれ、湯気だったコーヒーがコースターを陣取っていることに気が付いた。暑さで散漫になった意識で周囲を見渡すと持っていくのを忘れたのか、夏休みの過ごし方に関してのプリントが束になって職員用の机に置かれていた。




キュルルルル。




「んあ」




本棚を挟んだ、向かい側の席から耳障りな物音。一定のリズムを刻む機械音、導入されたばかりの新型コピー機が紙詰まりを起こして空回りしていた。椅子ごと体を近づけ、切り忘れて伸びっぱなしの爪はそのまま、中途半端に筋肉質な人差し指と中指を機械に突っ込む。適当に中身を取り出してやり、再度挿入。正常に動き出した機械の口からは、不足分の課題が飛び出していた。




(……主任のクラスのやつだな、これ)




マーカーペンで雑に記入された名前の記入欄を見て確信する。引き抜いたそれを、ついでとばかりに小脇に挟む。昨日までの自分に押し付けてきた努力の結晶、自作の夏課題を纏めたファイルを自身の机から引っこ抜いて手に取った。一周回って冷静になった脳内、碌に内容も確認していないオンデマンド授業のテスト課題に期限半日前で気が付いた大学生のような気持ちである。根拠のない自信と余裕を持って職員室を後にする。起伏の激しい感情に、朝から動悸が止まらなかった。




「もう昼じゃんけ」




震えは止まった。












やけに高低差の激しい階段を上る。絶望の雄叫びを上げる腿を酷使しながら、掃除の行き届いていない埃まみれの段上をホップ・ステップ・ジャンプアップ。限りなく普段通りの光景に安心感すら覚える。




(妙だなァ、どうにもこうにも)




しかし、拭えない疑念が教会の蔓のように纏わりつくのも、また事実であった。大掃除の時間は疾うに終わっているはずだが、代わり映えのしない聖杯の泥のような廊下に戦慄すら覚える。まさか時制を間違えたのであろうか。不安からスーツの内ポケットの中に収納したスマホを何度確認しても、終業式当日であるという事実に変わりはなかった。同居人が趣味で設定したバリケードテープまみれのホーム画面、電源を押すと即座にブラックアウトする携帯。教室に向かうまでの短い時間に、夏の暑さで溶け出した思考がグワングワン回る。果たして、何が起こっているのだろうか。




『黙れ、騒ぐんじゃあねえ。お前らは人質なんだよ』




『やだ、つまんなそうだシ』




『………なんだこれ』




『状況飲み込んだ上でこの発言なの噓でしょ?』




中学生が現実と異世界の狭間で揺れた結果生み出された、教室が野良のテロに巻き込まれるような事態にでも陥っているのであろうか。




『異世界の勇者たちよ、よくぞ召喚に応えてくれた』




『僕、応じた覚え無いんですけどねぇ……』




『断固拒否します、委員長なので』




『ええ、困るぅ……』




もしくは、理不尽に理不尽を塗りたくったような、強制徴収型かつ学校単位での異世界転移でも体験しているのだろうか。




思春期特有の現実世界と大きく乖離した誇大妄想。それを馬鹿らしい、と一蹴するのは至極簡単な話である。




―――いや、しかし、やはりというか。




「それだったら、どれほど嬉しいもんかね」




額に垂れる汗を袖で拭きとりながら、絶え間なく上を目指して歩いていく。イマイチ実感の湧かないまま非現実を曖昧に生きている身としては、例え机上の空論であろうと縋らずにはいられない。




直視すれば失明を免れない残酷な現実を前にして、ありもしない浅はかな希望を願うのは、傲慢な人間の特権である。それ故、その権利を行使するのを誰が止められようか。陰気臭い現実があるからこそ、存在しない虚像、幻像、有象無象が絶えぬ光で輝くのである。自覚はあったが、思いの外、心がやられているらしい。




(疲れた、ああ疲れたとも)




とぼとぼと、しかし有象無象の生徒の前に素を晒す訳にもいかず、気丈に振る舞いを正す。最上階、階段を上がった先、端っこの教室が主任のクラスであった。せめて快調を装おうと、頬の皮膚が裂けんばかりの覚悟で口角を上げる。この後に起こるであろう、こっぴどいお叱りによる被害を少しでも軽減しなければならなかった。




「お届け物でェす、主任―――」




静かな廊下からノックは欠かさず、教師としての面の皮を厚くして入場。圧倒的質量による視線の雨にさらされる覚悟は出来ていた。遅刻したという言い逃れようのない事実から来る気まずさから、目を瞑っていた。












だからこそ、現状への理解が、数瞬遅れた。




「―――――へ」




絶句、した。




教室の鍵は開いていた。




教室には、誰もいなかった。




机は後ろ半分に集約しており、教科書類が摩天楼のように積み上げられている。ばたばたと、台風になぎ倒された南国の木のように、ちぢれた毛の生えた箒もあちらこちらに散乱していた。ワックスをかけるために磨き上げられたであろう板張りは中途半端な作業箇所で終わっており、バケツの中にはヘドロと見間違うような、襤褸雑巾の搾りかすであろう、粘動的で流動的なクロズミが溢れていた。




「―――――」




無造作に半ば開け放たれた窓枠、乾いた水の跡で歪んだ空を眺める。いつの間にやら、


ぽつりぽつり、ざあざあと、晴れ間を突き抜けるような雨が降り出していた。




―――先程まで本当に、この場所に人間がいたような形跡が残っていた。より具体的に言い換えるならば、喪失感。




(まるで、まるで―――)




まるで、常識が書き換えられているような、そんな感覚。




そして、その現象への圧倒的な既視感。日頃慣れ親しんだモーニングルーティーンのような、生易しいものでは断じてない。職員室での光景がフラッシュバックする。




手元に握りしめていた書類の束が床に落ち、それらを拾う間も無く一人きりの教室を飛び出した。クラウチングスタートの要領を無視して、ひたすらひたむきに、不格好なスキップを前傾姿勢で披露しながら学校中を駆け回る。階段を飛び降り、体育館、図書室、保健室から屋上に至るまで。




廊下では、誰ともすれ違うことは無かった。




―――今思えば、異常であった。




連絡のひとつも寄越さない職場に始まり、活気のない教室、起動したはずなのに鳴らないアラーム。そして何より、三上沙耶の書き置き。彼女はそんな殊勝なことをするような人間では無かった。彼女は僕が寝過ごしそうになる時には、例えどんな過程を得たとしても必ず起こしてくれるのだ。そういう性質なのだ。甘ったれた考えだと批判されるかもしれないが、そういう関係性なのだ。しかし、数刻前の僕はそんな違和にも気付かない程、無意識のうち、初めての現象に参ってしまっていたらしい。枯れた声で嘆くクマゼミ、そんな種族違いの求愛に耳を傾ける暇もないほど、僕の精神はどうかしてしまっていたのだ。












自身の教室を目の前に、一歩を踏み出す。




崩れた呼吸を整え、ネクタイを締め直す。老人の猫背と大差のない筈の扉はやけに大きく見えた。銀の荒んだ取手を横に引く。しかしピクリとも動かない。内側から鍵がかかっているらしかった。首元に下げた鍵を引っ掴んで、力任せに鍵穴に差し込む。くるりと一回転したシリンダーを肌の感覚だけで確認し、建付けの悪い扉をこじ開ける。




「………おはようございます」




昼間だというのに薄暗い教室。接触が悪いのか、いくら押しても電灯のスイッチは反応しなかった。狐につままれるような天気の中、照り輝く太陽だけが、一条の青い光と共に部屋の中へ差し込んでいた。




そしてそんな空間の中心で、彼女は机にうつ伏せて、くうくう、すやすや、眠っていた。




足首まで伸びた白髪、手前の横髪は三つ編みで、やや赤みがかった毛先に特徴的な外ハネ。それから、成長期がネグレクトを決め込んだのかと勘違いを引き起こしそうになる位に小柄な体型。見慣れた、さながら放課後に閉じ込められているような佇まいであった。




「待っていたぞ、先生とやら」




今も尚、僕を捉えて離さない、金剛石の瞳が濁っていることを除いて。




大口を開け、目の前の彼女が限りなく尊大な態度で唇を震わせる。




「く、かかか」




普段の彼女からは想像も出来ないような、尊大な笑い声が空気の籠った教室に響く。声帯に王を放し飼いにでもしているような、静かで悪辣な音色であった。




「そう警戒するでない、たかが知れるぞ」




威圧感。額に皺を作り、必死になって睨みつけているのは僕のはずである。しかし、どちらが蛙でどちらが蛇なのか、その境界線は既に曖昧になっていた。




「―――貴方は、誰だ」




「ほほ、ここで敬意を払えるのかや。中々おらんじゃろうて。余程の修羅場が身に染みていると見受ける」




絞りだした声。一息置いて、意図の分からない称賛を受ける。ヒトの形をした、得体のしれない何かが、三上沙耶の肉体で喋っていた。ただ、それだけの至極単純な事実だけがあった。




「質問に質問で返すな」




「おお、怖い恐い。思わずちびってしまいそうじゃの」




「―――これ以上、その姿で下世話な発言をするんじゃあない」




「――おお、恐い恐い。ほんの戯れじゃよ、許せ」




そう言ってそれが瞬きをすると、張り詰めた糸のような緊張感が籠った空気に溶けて消えていく。




「ミカミちゃんを何処へやった」




外行きの口調も忘れ、恥も外聞もへったくれもなく、目の前の存在に歩み寄る。胸ぐらを掴もうとして即座に手を引っ込めた。




「けひ、初心なんじゃの」




「――――質問に答えろ」




「聞こえとる聞こえとる、そう何度も繰り返すでない。耳が聞き飽きて腐ってしまう」




どうやら真っ当に問答をする気はないらしい。ならば切り込み口を変えるまで。トライアンドエラーが人間の本質である。




「―――僕は真島だ。真島悟。教師で、歳は二十五」




「―――ほう」




「次は、貴方が名乗る番、です」




目には目を、歯には歯を、それならば義には義を。目の前の正体不明に通じるかは分からないが、敬意を払った言動をお気に召しているらしい。どれだけ支離滅裂だろうと、対話の糸口を失うわけにはいかなかった。




「利口、利口。その小癪さに免じて、ひとつ。いや、ふたつばかりお前の問いに答えてやろう」




「ありがとう、ございます」




「うむ、よろしい」




三上沙耶を騙ったナニカは、所作の一つ一つに繊細さを含みつつも、それら全てを不遜さで塗り替えるように息を吐いた。いつか見た、歳に見合わない程の蠱惑的な微笑みがくすんだ瞳に映える。そして何でもないことのように、僕の求めていた答えを提示した。




「儂は、三上沙耶。紛れもない本人じゃよ」




「―――――」




「そして貴様の、三上沙耶を何処にやったか、という問い。それに大した意味は無い。儂はここにおるからの」




「―――――は」




「それ故、ノーカンというやつじゃ。もひとつばかり問うがよい」




紛れもなく、本人。見たまま、切り取ったまま、そのまま。納得と理解が思考に追いつかなかった。




「ああ、言い忘れていたことがある。ちと耳を貸せ」




澄ますだけでいいぞ、と言う三上沙耶。放心に近い状態のまま、飛び込んでくる聞き馴染んだ亜麻色の声帯。そこから発されるのは、突発的な、されど確かな核心であった。




「儂が元凶じゃよ、小童」




「何が、ですか」




謎が謎を呼ぶように、次々と押し付けられる理不尽な事実。オーバーフローしそうな脳味噌で、何とか手の震えを隠す。




「この世界を繰り返しているのは、儂―――もとい三上沙耶、本人の意志じゃ」




唐突に告げられた、意味不明なひとつの真実。終わりのない終わりに、さらなる不条理が叩きつけられる。




暑さで歪んだ視界の中、五月蠅い蝉の声だけが僕の鼓膜を揺らしていた。


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抗え!ティーチャー やすり屋 @yasuriya

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