第22話 『ふじ姫の山』(佐名葛 作)番外編

 あるところに『ふじ』という名のそれはそれは美しい姫がおりました。ふじ姫は父を知りません。ある日ふじ姫は母に尋ねました。


「私の父上様はどこにいるの?」


 母は答えました。


「遠くに見えるあの大きな山。この国で一番大きな山の神様があなたのお父上ですよ」


 それからふじ姫は毎日遠くに霞むその山を眺めました。

 でもいくら眺めてもお山は遠くにありすぎて良く見えません。

 ふじ姫はもっと間近で父上様を見たくなりお山を目指して旅立ちました。

 

 とうとう父上様のいる山の麓までたどり着いたふじ姫の耳に、人々が大勢集まり話し合う声が聞こえてきました。


「一刻も早く離れたほうが良い。もうすぐ噴火するぞ」


「ここら辺も火の海になるかも知れん」


「きっと山神様が守って下さるよ」


「山神様はあまりにも長い間この山を守ってきた。もはやそのお力が尽きようとしているようじゃ」


「そんな!じゃあどうすれば……」


「今の山神様がお山を治めてくれるようになるまでは、毎年若い娘を生け贄に捧げてお山の怒りを鎮めていたそうじゃが……」


「生け贄?!そんなもの、一体誰がなるというの!?」


 それを聞いたふじ姫は人々に声を掛けました。


「私が参りましょう」


 人々は驚いてふじ姫を見つめます。そんな人々にふじ姫は静かに告げました。


「私はふじ姫、不死ふしの姫。そして山神様の娘です。私が生け贄となり必ず噴火を鎮めてみせましょう」


 ふじ姫はそのままお山の頂上を目指し登り続けました。

 頂上にたどり着いたと同時にお山は大きな地響きとともに震え始めました。噴火口を覗くと今にも火が噴き出そうとしています。


「父上様。会いにきました。どうぞ私の命をお使い下さい」


 そう言ってふじ姫は両手を広げ噴火口へと身を投げました。

 一度だけ噴き出した炎はそれっきり、やがて静かに消えていきました。

 

 気がついた時にはふじ姫は父である山神に抱かれていました。

 山神は最後の力を振り絞りふじ姫に語りかけます。


「私はもはやこの山を鎮める力を失っていた。噴火で命を落とすことがないようにと産まれてすぐにそなたを私から遠ざけたのに……それでも父と慕いこうして会いに来てくれたのだな。礼を言う、愛しい私の娘、ふじ姫よ。

 この山はこれからはそなたの山となる。その名の如く永遠にそびえ続ける不死の山。そして美しく清らかなそなたのように、見る者すべての心の穢れを祓い清め続けておくれ」


 ふじ姫をもう一度ぎゅっと抱きしめると山神は消えていきます。

 ふじ姫は涙を拭い消えゆく父上様に微笑みながらしっかりと頷きました。

 

 


 こうして日本で一番大きな山、ふじ姫の山は、今でも人々の心を清め癒しながらその美しい姿のまま父上様との約束を果たし続けてくれているのです。

      



【天の原 富士のけぶりの 春の色の 霞になびく 曙の空  慈円】

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春花秋草 大和成生 @yamatonaruo

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